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『青森――札幌行き特急乙斗星青森到着です。お降りの方はお忘れ物のないようご注意下さい。青森――青森――』
車内アナウンスが青森着を知らせる中、葉は未だ起きていない。
*****
「あぶねえ……オイラ寝過ごして北海道寸前だったぞ」
『夕べは葉さん遅くまで語らいましたから』
アナウンスが流れてマタムネに起こして貰い、何とか目的の駅で降りれた。急いで出る支度をした為か少々息が切れる。
辿り着いたは青森。
イタコの祖母が住む地。 冬である為雪が降り積もり町はほぼ白一色に染まっていた。
「さあみい――っ、さすが青森。寒さがハンパじゃねえな。しかし雪!!すげえなマタムネ雪だ!雪が積もってる!!」
『ここは青森で冬ですから』
マタムネは駅のベンチに座り相変わらず煙管をくわえて本を読む。感動する葉を他所に静かに返す。 ノリの悪いマタムネに葉は不満気に呟く。 葉が生まれ育った出雲では雪やなど本当に珍しい事だったのだ。思わずはしゃいでしまっても仕方ないではないか。
「ちょっ、なんだよ感動のねえ奴だなー。せっかく来たのに本ばっか読みやがって」
『小生雪を見ること約1000度目なれば』
「そ……そうか、そういやお前1000年も霊やってんだよな。さすがに飽きるか」
『まあ……』
「じゃああれか。って事は青森も何度か来た事あるのか。世界中旅してたんだろ?」
『これで9度目』
「多いのか少ないのかよくわからん数字だな。じゃあもちろんこれから行く恐山ってとこも初めてじゃないわけだ」
クワッ、と顔を強張わせるマタムネだが恐山は行ったことは無いと答えた。 1000年も旅をしていたんだからてっきり行ったことがあるのかと思ったのに。世界中を旅していたから仕方が無いのか。 どちらにしろなにやら微妙な。
『小生実は出来る事なら行きたくはないのである。本州最北端下北に位置する日本三大霊場の一つ、恐山。かつての火山活動がつくり出した流気功から蒸気と硫黄の臭気立ち込める殺伐とした風景。その先にあるカルデラ湖のほとりには真っ白な砂浜が広がる静まり返った光景。その地獄とも極楽ともつかぬ異様な世界に人々は死を見い出し、亡き人を思う現世の拠り所としてその山を名付けた。そこは居場所を失くした霊達は最後に行きつくこの世とあの世を結ぶ山。せつないではありませんか』
葉以外に人一人獣一匹いない中、マタムネの声はよく通った。
「な……なんかこええ所だな。そこにじいちゃんが言ってた娘ってのがいるってのか」
『はっはっは、臆したか葉さん。霊を恐るるとは麻倉の跡継ぎにあるまじきかな』
淡々と話すマタムネだったが霊を恐れる素振りを見せた葉をさもおかしいというように口の端を上げた。 葉はなにやら馬鹿にされた気がして向きになって言い返す。
「なっ、なんだよ!お前だってたった今行きたくないっつったじゃんか!つかなんで行った事ないのにそんなにくわしんだよ」
『本です』
懐からひとつの冊子を取り出した。恐山周辺の地図や写真が載って色々書いてあるそれは駅の売店で必ず売っているもの。
「観光案内!」
『しかし百聞は一見にしかず――そんなわけで小生がいよいよ決意したといったところでしょうか』
マタムネは先程取り出した観光案内と読んでいた本を懐にしまい、着物を翻してベンチから降りた。
『小生とて居場所をなくした霊にはなんら変わらぬ』口は笑っていても哀愁漂うマタムネに葉は言葉を失った。 駅内にアナウンスが流れ先を歩き出したマタムネが促す。
『そら、次の電車が来たようだ。もたもたしてると今度は乗り遅れるよ、葉さん』
*****
「旅館を経営されているのですか」
葉の父であり、自らのの師である幹久と共に修行で森に来たたまおは尋ねる。
「そうだねたまお。でもあれは型だけさ。ほとんどお金にならない」
「……型だけ?」
「あそこに泊まる客なんて滅多にいないよ。それに義母さんはイタコだからね。イタコは弟子をとるから弟子の部屋をあてがうにはちょうどいい広さなのさ」
幹久と森を進み岩場に辿り着いた。岩場を登り更に進む。
「今はもうその数はだいぶ少なくなってしまったけれど、そのほとんどが身寄りのない娘ばかりだからね」
「私と同じ……ですか?」
幹久は静かに問いかけたたまおを仮面ごしに見た。幹久の表情は全くわからずどんな顔をしていたかわからない。 岩場の先にあった崖を登って幹久はようやっとたまおの問いかけに答える。
「そうだね。でも少し違うのは彼女らは目がみえないという事かな。イタコは一般に盲目の女性がなると言われている。それは昔目の見えない女性には他に出来る仕事があまりなかったからなんだ。だから彼女らの中にはイタコのスタイルを学ぶだけの実際の能力がない者も少なくない」
「では、葉様が会いに行かれた方は」
「君と同じ身寄りのない娘だ。だが、盲目ではない」
「?」
「つまァり、少なくともその力は紛れもない本物ということさ」
盲目ではないのに、盲目であるイタコと同じもの、或いはそれ以上のものを見る事が出来る娘。 その力は計り知れない。 その力を持つが故に、その娘は病んだ。
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