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涙するアンナをまたひとつ優しく撫でて葉に向き直る。 ずっと会いたかった愛しい人が目の前にいる。精神世界で会うけれど、やっぱり現実で会いたいと思っていた。 あの優しく笑う陸が目の前にいる。
「私としてもかなり悩んだんだけどさ、葉に倣ってなんとかなると思う事にした」
「何がだ?」
「私は葉が好きだよ。それは友愛の意ではなく異性としての意だ。葉が迷惑じゃないんなら葉のじーちゃんが言ってた嫁の件受けようと思うんだけど」
「……実はこれは夢だったりするんか」
「失礼だな」
だって一番望んでいた事が叶っている。 どれだけ迫っても友愛以上の思いを抱いてくれなかった陸がいきなり告白してきたら夢かと疑うのも仕方の無い事だった。
「だって、いきなり」
「正直に言うといきなりじゃなかったりしてー。実際前から思ってたけど気付かないようにしてた。私の力は多くの人が狙うものだから、葉に迷惑がかかると思ったんだ。だから思いを伝えようとは思わなかった。けど、葉が好きだって思いが抑えられなくなった」
「オイラは迷惑じゃない」
きっぱりと言った葉に陸は驚いた顔をする。 すぐに切り捨てられるとは思っていなかったがこうまできっぱり断言されるとも思っていなかった。
「オイラは陸を迷惑だと思った事なんか無い。陸を愛してるから側にいたい。陸を愛してるから陸を守りたい」
「……そか」
何やら陸の取り越し苦労だったようだ。 安心して深く息を吐いて時を止めた大鬼を振り返る。指を指して葉に訪ねる。答えなんかわかりきっているけれどなんとなく聞いてみたかった。
「こいつ、どうする?私がどうにかしてもいいけど」
「いい。これはオイラが蒔いた種だ。オイラがちゃんとケリつけなきゃならん。陸は手ぇ出すな」
「りょーかい。《解》」
一言そう告げると今まで完全に停止していた大鬼が動き出した。 一瞬今の状況が理解出来なかった大鬼だが、陸が起き上がっているのを見て瞬時に理解した。
『てめえええええか、《歌姫》ええええ!!』
陸に殴りかかろうとすれば足の感覚が完全に消え、転倒した。 葉が何かしたのかと思ったが違う。 この前の中鬼と同じ現象であり、原因はアンナが心を開いた事。
「何故、何故お前はそうまでしてあたしを助ける……」
助ける理由はアンナと約束をしたからだ。
「だからどうした。あたしはこんなに人を憎んで憎んで憎んで憎みきっているのに……!あたしはこんなに汚いのに……」
『オイコラ何やってんだママ!てめぇそれくらいで揺らいでる場合かよ!忘れたのか、今までのつらい日々を!思い出せ!あの苦しみを!憎しみを!ウラミを!』
「誰が忘れるものか。あたしは誰より世をウラんでいる……!でもあたしの世界にこの男が入ってきたんだ。消えるのはお前だ、大鬼」
自分の中に犇めく負の感情が消えていく。全てはアンナが葉に心を開いたせいで。 一度開かれた心は簡単に閉じられる事は無い。このままでは大鬼は負ける。 歌姫の言ったように、大鬼は負ける。
『殺す!こうなったらお前も道連れにしてやるぜ――!右手共!切り落とされたてめぇらのウラミ!握り潰してつくねにしてしまえ!!』
指の一本一本に顔と手足を生やした大鬼の右手がアンナに襲いかかり葉がアンナを助ける為に背を向けた。
『おっと背を向けたな小僧!こいつはチャンスだ!!鬼太鼓!!』
右腕から鬼が大量に放出されアンナと葉に襲いかかる。
『ゆけええ鬼共!ぶっ殺せ!噛み切れ!引き裂け!踏み砕け!』
狂ったように笑い続けるが気付けば大鬼の望む惨状は広がっていなかった。 切り倒された鬼達とボロボロのコートを着た葉に多くの返り血を浴びたアンナ。陸も返り血を浴びながら力無く座り込んでしまっている。
「随分返り血浴びたな。大丈夫かアンナ、陸」
「へーき」
アンナは静かに頷いて葉はボロボロのコートを脱ぎ捨てる。
「良かった。でも今のやつでかなり巫力も減ったみたいだ。小さくなってなくなる前に決着つけねえとな」
すっかり力を無くしてやせ細った大鬼を振り返り涙を流す。思い出すのはここまで一緒に来た友人の猫の事。
「いよいよこれでお別れだマタムネ。お前と旅した3日間本当に楽しかった。オイラお前の事はずっと忘れん。だから、だからいつかこの媒介使って必ず呼んでやるからな。じゃな」
超・占事略決 三日月ノ祓
マタムネが葉に残した技。 それで大鬼を斬りつければ、大鬼の魂は全て散って消えていった。
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