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『……鬼は、先にも話した通りウラミと怨念の塊です。だが、何故塊となりえたか?鬼はそのウラミと怨念の矛先を誰にもぶつける事が出来ない』
「ああそれであいつの姿が見えるオイラに」
『その通り。しかしシャーマンに限らず普通に暮らす人間の中にも少なからず霊感はあるもの。故に鬼は危険なのです』
「……ウラミかあ。そんなもんいつまで抱えててもつまんねえし、さっさと忘れちまえばいいのになあ」
本当に、この少年はきちんとわかっている。 恨んでも何にもならないことを。何も生み出さないことを。ただ自分を追い込んでいるだけという事を知っている。 忘れれば楽だ。 けれど――
『小生とて、出来ることなら忘れたい』
「マタムネ?」
『各々理由は違えども忘れようとすればするほどその思い強く、もがけばもがくほど思いという名に縛られて。それはやがて呪いにも似た思いのチカラと化す。せつないではありませんか』
「(……陸も、陸を迫害した奴らを恨んでるんだろうか)」
マタムネの話を聞きながら、葉は自分の愛しい人を思い出す。彼女が人に対して恨み言を言うのを聞いた事は無い。けれど、あの優しく笑う彼女が、葉の言葉で赤くなる愛しい彼女が、人を恨んでいないといい。 陸のことだから、葉がどうこう言えることではないけど恨んでいるなら忘れてしまえばいい。ウラミとか憎しみとかそんなものを忘れて葉の事だけを考えてくれればいいのに、と思う。 そんなことを言えば彼女は真っ赤になって恥ずかしがってしばらく会ってくれなくなりそうだ。
*****
葉は風呂に入った後マタムネと同じ部屋で眠りにつこうとしたが眠れずCDを聞いていた。 流石に夜もふけて大人しく寝ようとするが風呂でマタムネの言っていたことが気になって仕方がない。
「たとえ各々理由は違えども、か。でも各々ってなんだ?マタムネの事も引っかかるがまさかアンナの事指してんのか?」
わからない。 考えても答えは見つからず気になって仕方がなくて目が冴えて眠れない。
「あ――っ!だめだ、気になってちっとも眠れん!なあマタムネ、いい加減教えてくれよ。お前はなんか知ってんだろ!?」
勢いよく起き上がって隣の布団にいるマタムネを見ると静かに鼻提灯を作って眠っていた。 乙斗星の中でも実家でもマタムネが寝ている所を見たことがない。
「……霊って普通に寝るんだな」
新しい発見だ。 とりあえずマタムネは寝てしまっていてこんなことを聞くために起こすのは気が引けたので諦めた。 完全に目が冴えていて眠れないから仕方なくトイレに起きた。
「知らなかった。っていうかあいつ霊っぽくなさすぎだよな。布団で寝るし大体霊なのに布団盛り上がってんのっておかしいじゃねえか」
用を足して思い出すのは昼間に会った鬼のことだ。 心なしかアンナと鬼の目が重なって見えてしまう。人が憎くて堪らないていうような目をしていた。 陸はアンナに特異な力があって捨てられたと言っていたから陸のように他者に虐げられていたのだろうか。それとも捨てられたことが悲しくて辛くて人を憎むのだろうか。 最も葉はアンナと深く話したことがないからよくわからないが。
「マタムネの奴、鬼とアンナの関係聞いたら答えなかった。やっぱりなんかあるんだろうな」
*****
霊場、恐山にて。 マタムネに消された葉を襲った鬼は昼間とは比べ物にならない程大きくなっていた。ウラミや怨念が更に増幅され蓄積され何十メートルという大きさになるまで成長した。 肩にあった刺青は全身に及び、鎧を纏ってゆっくりと恐山を歩き続ける。 大地を踏み荒し破壊し思うのは憎しみのみ。 人を憎み恨み妬み嫉みその心は癒されず蓄積され大きくなってゆくばかり。
破壊しなければ。
心の内にある憎しみを恨みを妬みを嫉みを晴らす為に、破壊し、放出し、楽になりたい。 その為にあのネコマタを男を破壊さなければ。 そうすれば、きっと苦しみから解放される。
破壊しなければ。
四肢を引き裂き内蔵を撒き散らしただの肉塊と成り果てるまで。
完膚無きまでに破壊しなければ。
『……オノレ……ネコマタ……殺ス……麻倉……葉……』
破壊しなければ。
この痛みを、この恨みを、この妬みを、この苦しみを。 癒して欲しい。
──たす、けて……。
黒い千羽鶴 その人は じっと寂しい重い謎 かかえ 夜 折れなくとも 折れなくとも
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