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下北駅にある蕎麦屋で葉は食事を摂っていた。 天ぷら蕎麦をすすりながら相変わらず本を読むマタムネと話す。 いつも本を読むマタムネだが、葉は彼が何を読んでいるのか知らない。
「じゃあお前もばあちゃんに会うのは久しぶりなんだなあ」
『最後に会ったのがかれこれ50年程前ですから』
「50年前!まあ、お前にすりゃこないだの事なんだろうが50年前のばあちゃんっつうのも……」
しわの深い厳しい祖母が当たり前で今更若い頃の姿というものは簡単には想像出来なかった。写真も見たことが無いから尚更で。 祖父の方もまた然り。
『それはそれはお美しい方でしたよ。その時はすでに両目の視力を失った後でしたがね。木乃さんは初めから目が見えぬわけではなかった。戦争が彼女の光と、そして家族を奪ったのです。そうしてイタコになったのち、その力を認められ麻倉の家に嫁いだ。それが小生との初めての出会いでしたな』
「戦争かあ……。やっぱお前もたくさん見てきたのか?」
「この1000年、全て」
陸に聞いたことはある。 陸の生きた文明も戦争によって自然の全てが破壊され、めちゃくちゃになって人が生きていくことすら難しくなった。
戦争がもたらすものは何もない、と陸は言う。
負ければ自由は奪われ、勝ったものの下に付き従い言う通りに尽くす。 確固たる善悪は無く、勝ったもののみが《正義》。理由如何に関わらず、勝ったものを《正義》とし、負けたものは《悪》とされる。 戦争は国土を破壊し自然を破壊し人間を破壊する。人格を突き崩し国の為に家族を、友人を捨てさせる。 争い勝って《正義》を手に入れても共に喜ぶ者はおらず、犯した罪に死ぬまで苛まれる。
怖いものだ、と葉は思う。
勝っても負けても、楽にはなれない。 それは葉が望む世界と真逆の位置にあるものだった。
「辛いな」
『葉さんは戦争を知っておいでか』
「陸が歌った原因だから、少しな。陸に聞いたり、自分で調べたりしてたんよ」
けれども、葉は過去にそういう事があった、と知識として知っているだけだ。 陸とマタムネは目の前で起こった戦を見て、聞いて、感じた。 葉が陸とマタムネが見てきたものを完全に理解する事は難しい。
『そうですか。では葉さん。もうひとつ、お前さんに知っておいて欲しいのです。この世の全てに答えなどなく、同じく等しい人間など一人もいない。お前さんの進むべき道はいつも心で決めなさい。これも一つの戦争――500年前のS.Fに参加した者よりの心からのアドバイスです。では、小生ひと足早く木乃さんの所へあいさつに行きますので。旅館はもうこの町にある』
「あっ、待てよマタムネ!!」
帽子を被り、蕎麦屋を出るマタムネ。 蕎麦屋の引き戸の前で姿を消すマタムネを引き留めるため葉は声を上げた。 霊感の無い蕎麦屋の店員は一人で騒ぐ葉を不審な目で見るが今は気にしていられない。葉はマタムネを追って蕎麦屋を出た。
「マタムネ!」
蕎麦屋の入り口のすぐそこに着物を着た薄い茶色の髪をした少女がいた。 とても整った顔をしていたという事とすぐそこに人がいるなんて思いもしなかった事に驚いて葉は言葉を失った。 そんな中、少女は思いきり顔をしかめて葉を睨み付ける。
「通行の邪魔よ。死ね」
一言告げて何事もなかったように去っていく少女に葉は言いようのない怒りを覚え大きな声で呼び止めた。
「ちょっと待てえ――ッ!!」
少女は振り返り、又もや眉間にしわを寄せ睨み付ける。 視線で人が殺せるのでは、と思う程、少女の視線は鋭かった。
「気安く話しかけないで。殺すわよ」
「ごめんなさい」
「フン……情けない男。麻倉葉、こんな奴が陸のダンナだなんてありえないわ」
「んん……!?」
*****
安井旅館。
「驚いたね。葉明の奴、葉にお供をつけるとは言っておったがまさかお前さんが来るとはよ。随分久しぶりになるじゃあないか。のうマタムネ」
『こちらこそご無沙汰しております、木乃さん』
サングラスをかけた着物の婆やは麻倉木乃。葉の祖母でイタコを生業にしている。 懐かしい顔ぶれが訪ねて来たので重い腰を上げて玄関で出迎えたのだ。
「まあそんなとこつっ立ってないでさっさと上がりな。こっちはお供え物ぐらいしかだせんがね」
『いやいや実に懐かしい。ここはいつまでたっても以前のまま。やはり思い出を大事になさるか』
履物を脱いで上がった先は以前訪れた時と変わらず自然と笑みがこぼれた。
「こんなボロ家建て替える金がないだけさ。余計な詮索するんじゃないよマタムネ」
『フッフフ、しかし何よりその毒舌ぶりが一番変わらぬ』
「ハッ。あんたも相変わらずイヤなネコだね。ネコの分際で落ち着き払いおって1000年も霊をやるとみんなそうなるのかい?」
『まあ……元の飼い主が飼い主ですから』
部屋に案内されながら会話を楽しんでいるとふいに木乃がマタムネの名を呼んだ。
「それほどのウデを持つお前さんの事だ。数ある麻倉の持霊の中から何故葉明がお前を選んだかもう察しはついているんだろう?」
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