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夜に木乃がマタムネを伴って居間に行くと、そこには驚くべき光景があった。 アンナを怖がっていた葉に、人間を嫌っているアンナが二人肩を並べてテレビを見ていた。放送しているのは紅白歌合戦。
『よ――』
「さてと我々は風呂にでも行くか、マタムネ」
戸惑いながら葉に話しかけようとしたマタムネをヒョイとつまみ上げて風呂に誘ったのは木乃。マタムネは瞬時に木乃の思惑に気が付いた。 確かに今邪魔するのは野暮だろう。
『……お背中流しますよ、木乃さん』
「今日は特に冷えるからね。ゆっくりとつかる事にしよう」
木乃とマタムネが居間を出ていくと葉とアンナの間に気まずい沈黙が生まれた。
「……あたし、あわやりんごが見たいだけだから」
「……オイラだってボブが見てえだけだ……しかし……よく紅白出れたよな、あわやりんご」
「ボブこそ」
気まずい会話をしているとテレビの向こうの会場で黄色い歓喜の声が響いた。 アフロヘアーの体格がいい黒人の男性がバックダンサーと共に踊りながら歌を披露する。恐らくはラブソングなのだろうが、はっきりと断言は出来ない。ボブの歌が終わり拍手巻き起こる。
「変な歌」
「いや、お前の方こそ」
三味線を持ち髑髏が描かれた着物を纏い歌う。目を見開きウラミ辛みを歌うりんごは恐ろしく見えた。
「おっかなくねえか、りんご」
「見た目だけよ。りんごがあのような装束を着て恐ろしい振る舞いをするのは臆病な自分を隠すため。この歌も本当はとても優しい歌」
「お前と同じで――か」
予想外の事を言われて驚き葉を見る。アンナを見て尚続ける。
「なんとなくわかるよ。ここに来てもう色々あったからな。大変だな、お前も。わかるんだろ、人の心が」
「……陸に聞いたの」
「いんや、陸には特異な力があるとしか聞いとらん」
「あたしといるとロクな事がない。だからお前も早々に――」
「帰らない」
きっぱりと断る葉に眉を寄せた。 昼間、鬼に襲われた事をもう忘れたのだろうか。あの鬼はアンナと共にいたからでもう怖い思いをしたくないならさっさと出雲に帰ればいいのに。 アンナといても百害あって一利なしだ。
「オイラは楽なんが好きだ。だから楽じゃないお前は放っておけん」
「……恩着せがましい事を言うな」
「別に恩なんか着せるつもりはねえ。オイラがそうしたいだけだから気にすんな」
「それが恩着せがましいと言うのだ!!」
不愉快だ。 この男はまだアンナと関わろうとする。 この男は必要無い。アンナから、陸を奪っていく忌々しい男など。
「お前の楽などあたしには関係無い。あたしは陸以外の人間が嫌い。関わるつもりは無い。なのに何故お前は関わろうとする!!」
「陸がお前を好きだからだ」
「……そんなわけない!陸は、陸はお前を選んだんだ!!」
「それは知らん。人の心が読めるお前が言うならそうかも知れんが、オイラは陸にそういう意味で好きって言われた事がねえからな。でも、陸がオイラを選んだって言うなら陸はお前も選んだ筈だ。たとえオイラと意味合いが違っても。お前だって陸をちゃんと知ってるだろ?」
「……なにを」
「陸は気を許した奴しか陸の世界呼ばない。何度も何度もオイラやお前を呼んでちゃんと話して隣にいてくれる。陸はオイラを選んだからってお前を捨てたりしない。お前を嫌いになったりしない。大丈夫だ。陸はちゃんとお前の事も好きだ。怖かったんだろ?陸が取られちまうって」
「……お前なんかに陸を嫁がせるものか!!」
パァンと乾いた音が旅館中に響いた。急いで居間から出て後ろ手に襖を閉める。 声を荒げて上がった息を整えていると居間から葉が話しかけて来た。
「なあ、紅白終わったらゆく年くる年あるだろ。それ終わったら一緒に初詣行かないか?人混みはお前には辛いかも知れんけど、お願い事するには初詣が一番いいんよ。年の初めに神様の前で願いを言う。でもそれは神頼みじゃなくて自分に誓いを立てる事なんだ。今年は何をしたいとか今年の自分はこうありたいとか。誰にも縛られず一番揺らぎやすい自分の心に釘をさす。お前も早くその力どうにかしたいだろ」
「……でも……あたしは……」
「なんとかなる。もしお前が人混みの中で苛々して鬼が出たなら今度は一緒に逃げよう。もしお前の力がどんなに願ってもなんともならないのならそれでもいい。そん時はオイラがシャーマンキングになってなんとかしてやる」
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