1/1


あれから葉はちょくちょくここに来るようになった。二日に一回はここに来て陸との会話を楽しんでいる。

葉と話していて陸には分かった事が一つある。
彼は天然タラシだ。恥ずかしいことを平気でぽんぽん言って、陸は不覚にも顔を赤くしたり胸が高鳴る時がある。そういうことを軽々しく口にするな、と陸が注意するけれど全く聞かない。
要するに葉ほとんど無意識で甘い言葉を吐いているのだろう。あれを意識してやっているのだったら怖い。たかだか五歳の子供は一体どこであんな言葉を覚えてくるのか。

話は変わって、最近葉以外にもう一人客が来るようになった。ただ、その客人は今までの奴とも葉とも違う。
ここに来て全く喋らない。ここは何処だと聞くわけでも無くただ噴水の置いてある広場で膝を抱えて座り込んでいる茶髪の少女。
来る度に陸は彼女に毎回話しかけて隣に座るけれど、答えが返ってくることは無かった。陸が話しかけたら一瞥くれて顔を伏せる。

──なんとなく、似ていると思った。

陸が起きてから一番最初に来た男に。あの平安の時代に生きて深い深い闇を抱えていた人。

恐らく彼女は特異な力を持っていて人を憎んで世界に絶望している。
彼女がどんな力を持っているか分からないし、どういう生き方をしてきたかなんて陸には到底分からない。どんな扱いをされてきたのかも、どんな人間と関わってきたのかも知らない。
だから何も知らない陸が一々口を出すのは良くないと思ったけど。

──けど、どうしようもなく苛ついた。

挨拶も返さなければ聞いたことも答えない。
必要最低限の礼儀は大切だと思う陸からすれば彼女の対応に不満を抱くのは仕方ない事だと言えた。

「いい加減にしろよ、クソガキ」

怒気を孕んで紡がれた言葉。
我慢出来なくなってついつい口が出てしまった。
ぴくりと肩を揺らして、彼女は陸を睨み付けた。背筋が凍ってしまいそうな程冷たく鋭い眼差し。
その眼差しを受けても、人間と言う名の魔物達と対峙してきた陸を怯ませるには至らない。

「お前がどういう奴かは知らないが私はお前に挨拶をしたんだ。挨拶されたら返すのが礼儀じゃないのか」

「……うるさい。あたしに構わないで」

「嫌だね。今まで色々遠慮してたけど、もうやめた。お前は人の何が憎いか知らんがな、そいつらと私を一緒にすんな!」

彼女は人を憎んでる。
憎み、恨み、妬んで世の中の人間全てが汚い人だと決め付けてる。そして陸をその汚い人間と同じに見ている。
陸だって自身が綺麗な人間とは思ってない。けれど陸の事を何一つ知らない子供に決め付けられたら怒るのは当たり前だと思う。その上陸の大嫌いな魔物達と同一視されるのは我慢ならない。

「ガキの分際で悟ってんじゃねえぞ」

「あたしの何が分かる!あたしのことを何一つ知らないくせにわかったような口をきくな!!人の心が読める苦しみを知らないくせに!!」
立ち上がって叫んだ声は悲痛なものだったけど今は知ったことじゃない。
人の心が読める、と彼女は言った。

──ああ、そういうことか。

人の心が読める故に幼い折から人の汚い所見て絶望した、といった具合だろう。
本当に子供だと思う。けれどきっとそれが当たり前で、仕方ない事なのだろう。

「人の心が読めるから何。汚い心ばっかで絶望した? 人なんか生きてく上で色んなことがあるんだから汚くて当たり前じゃん」

完全な善があるわけがない。
完全な悪があるわけがない。
綺麗な人などいるものか。
みんな何かしら汚いものを抱えて、心に鬼を飼って生きているんだ。

彼女は小さな拳を力一杯握り締める。

「あたしは人が憎い!憎くて憎くて堪らない!人などみんな死んでしまえばいいんだ!!――こんな、こんな汚いあたしも!!」

「だーかーらー、汚いのの何がいけないんだよ。自分で自分の死を望むんじゃないよ。それに自分が汚いって自覚してんなら綺麗になる努力したら?」

「あたしは……!」

「あのねぇ、お前この世に一体何人の人がいると思ってんの?六十何億って人が生きてんだよ。そんな中でたかだか数年生きただけのガキが関わった人なんてたかが知れてんの。憎いからって早々見切りつけてんじゃねえっての。見切りつけるんだったら世界中の人と関わって見てからにしろよ」

そう言って陸は彼女と目線を合わせるためにしゃがみこんだ。しかし、陸の目と彼女の目が合う事が無かった。
彼女は俯いていて目が合うことは無かったけど泣いてるようだった。
はて、陸は彼女を泣かせるようなこと言っただろうか。

「……なあ、もう諦めんのか?」

俯いて涙を流し続ける彼女の頭を優しく撫でた。ぽん、と彼女の頭に手を乗せれば微かに肩が揺れたが振り払われる事は無い。
陸は更にしゃがみこんで彼女の顔を下から覗き込む。
彼女はするりと陸の首に腕を回して抱き着いた。ぎゅうぎゅう抱き着かれて少し苦しいが、まあ今は見逃してやろう。

「……偉そうなこと言ってんじゃ無いわよ。あんたがそこまで言うんだからあたしも綺麗になる努力してやるわよ。そのかわり、あたしの傍にいて」

彼女は陸に抱きついたまま、目を合わせる。端正な顔立ちが不機嫌そうに眉を寄せていたが、どこか憑物が落ちたようにすっきりしていた。
言った後照れたのか肩に頭をぐりぐり押し当ててきた。生意気な子供かと思ってたら可愛い所もあるじゃないか、と微笑みながら抱き締め返した。

「私はまだ外に出れないから、ずっとは無理だけどそれでいいなら」

「それでもいいわ。裏切ったら許さないから」

きゅう、と陸の首に抱きついてくる彼女の頭を撫でながら、ふと彼女の名前を知らない事に気がついた。
そうだ、まだ彼女に名前を教えて貰っていない。



貴方のお名前は?





back | next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -