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翌晩。陸の世界は葉が帰ってからずっと夜のまま、件の翁達が来た。
またしても葉が最初に来た花畑にいるようで、陸はとりあえずそこに向かう。

花畑に着くと着物を着た二人の老人がいた。陸が小さく草を踏み鳴らせば、その音に気付いた二人がこちらを振り返る。

「おぬしが御月陸か」

「ご名答。私が御月陸だよ。で、あんたらが葉のじいさんとばあさんだね?」

「ワシは麻倉葉明。麻倉家の当主をしておる」

「私は麻倉木乃。恐山のイタコだよ」

恐山のイタコ。
以前葉が言っていた話から推測するに、アンナを拾ったのは木乃の方だろうか。

「じゃあ、アンナを拾ったのはばあさん?」

何気なく聞くと二人が驚いた顔をする。
何かおかしいこと聞いただろうか、と自らの言動を振り返ってみるが、特に思い当たる節は無かった。ではなんだろうと陸が思考を深めようとした所で木乃が口を開いた。

「お前さんがアンナの心を開いたのか。一体何をしたんだい?」

「いんや、別に。礼儀がなってない上に馬鹿なこと考えてたから叱ってやっただけだけど」

きょとんと呆けながら言えば、またしても驚いた顔をする木乃。
なんなんだろう、一体。
年長者として間違ってたりしたら叱るのは当然だと陸は思っている。陸は至極当然の事をしただけで、別に誉められるような事でも責められるような事でもない。ましてや顔を驚愕の色に染める事でもないと思っている。
木乃と葉明の驚く理由もわからず、困惑した。

「(ああ、そうだ)」

ふと思い出す。
《麻倉》に聞きたいことがあるのだった。

「麻倉葉明、あんたに聞きたいことがある。1000年前に葉王という男はいなかったか?」

「!!」

陸の言葉を言い終わるやいなや、木乃と葉明は警戒心を剥き出しにする。二人が後ろへ下がり、陸と距離をとった。
葉明は式紙を出してすぐにでも攻撃できる体制に入った。
力を纏い、媒介に葉を使われた子鬼を従えながら葉明は厳しい顔付きで陸に問い掛ける。

「おぬし、何故葉王を知っている?葉王のことはそう簡単に知ることは出来まい」

攻撃体制に入っている葉明を特に気にも留めず、ぱちんと手を鳴らして笑った。
その笑顔は喉につっかえていた物がやっと取れた、というように晴れやか。険しい顔と並べるとそれはとても不思議な有り様だった。

「やっぱり知ってんだ。あいつと同じ苗字で似た気を持っているのは子孫だからか」

「質問に答えよ。何故、麻倉葉王を知っている」

「……あんたらは葉に私のことを聞いたんじゃないのか。私の魂以外が修復されて目が覚めてから始めてここに来た人間が麻倉葉王だ。挨拶くらいしかしなかったけど何か抱えていることはわかった。麻倉葉王が死んだ後、精霊達に詳しく聞いたから色々知ってる」

「……葉が言ってたのは本当だったようだね」

木乃がぽつりと呟く。それは陸に対してとった確認ではなく、恐らく自身の中で出された答えを独り言として発しただけだ。
やはり信じてなかったか、と陸は困ったように笑った。
まあ、到底信じられる話ではないから仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。

「……お前の中に流れる力はこの世の自然全てに流れている。ワシは、お前程の力を持った者を知らん」

畏怖とも憐憫とも取れるような表情で葉明は言葉を零す。

「……だろうな。私も私以上の力も持った人間を知らねえよ。だから、前も沢山虐げられて迫害されて恐れられたんだ」

──皆恐れた。

陸を受け入れて一緒にいてくれたのはあの子だけだろう。
想像も出来ない程大きな力を持った陸を恐れたくせに、あの子は陸と共にありたいと願った。陸の力を利用する訳でもなく、陸を排除するためでもなく、ただただ陸が寂しそうだから。そんなくだらない理由、あの子にとってどうでもいいはずの理由で、常に陸の傍にいた。
あの子が陸と共にいる事で、何度心を救われただろうか。

最後に歌を贈った時、陸の存在が崩れ始めた時、あの子は可哀想なくらい泣き叫んでいた。

「だが葉はお前を受け入れて、お前は葉を受け入れた。そしてアンナでさえもそうしようとしている」

「懐に入った人間にはとことん甘いからなあ」

「――お前、葉が好きだね?」

「……は、はああああ!?」

木乃は好き、と言ったのだろうか。
木乃の言葉を飲み込み、理解した瞬間にかっと陸の身体が熱を持った。

有り得ない。
確かに彼は天然タラシで、陸とて不覚にも赤面したりするけれど、別にそういう意味で好きな訳ではない。
予想外の事を指摘された驚きと、一体何を言っているのかと木乃に対して微かな怒りを持つ。向きになって叫びながら否定する。

「違う!別に好きじゃねえよあんな天然タラシ!」

「おや、私はそういう意味で言ったんじゃないがね。でも異性としての《好き》が一番に頭を過ったんなら多少そういう想いがあるんじゃないかね?」

悪戯を成功させた子供のようににんまりと木乃は笑う。その後ろで葉明も微笑ましそうに笑っている。

いきなり何てこと言いやがる。
いや、無いだろう。確かに陸は葉を好きだが、それは恋愛のように異性に対する意味ではない筈だ。
葉が来てくれると嬉しい。帰ると寂しい。傍にいたいと思う。けれど、別にそれは友愛や親愛の方でも思う事である筈だ。
人とまともに付き合った事のない陸には断言出来るだけの自信は無いが。

「ふむ、お前程の者なら麻倉の嫁にふさわしいだろう。どうだ?葉の嫁にならんか?」

「ちげえっつてんだろ、クソジジイ!!」

足元にあった木の枝を葉明に投げつけるも、ひらりと容易くかわされた。
というか葉の気持ちは無視なのだろうか。本人にも了承を取るべきだと陸は思う。

それにもう互いの用は終わったのだからいい加減帰ってもいいと思う。もういいだろうよ。

「なんじゃ、だが葉はお前が好きだと思うが」

にまにまといやらしい笑みを浮かべる木乃と葉明。
言いようない苛立ちが陸の中に生まれた。

「うっさいわ!さっさと帰れ!」

耐えきれなくなって陸が怒鳴ると明らかにつまらないという顔をして木乃と葉明去っていった。
本当に何てこと言うんだ彼等は。

畜生、爆弾発言するだけして帰りやがって、と悪態をつく。
次葉に会うとき一体どんな顔すればいいのか陸には皆目わからなかった。




落ち着くまで誰も来るな







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