朝から気持ちが悪かった。それは一日中続いて、学校が終わって帰路に就いた今でも気持ちが悪い。むしろ今朝よりも酷くなっているような気がした。 どこか落ち着きが無くて、そわそわとよく辺りを見渡した。誰かに見られているような、不躾で不快で、恐ろしい視線に晒され心休まる時が無い一日だった。外にいる事が恐ろしくて足早に慣れ親しんだ家に帰る。
殆ど走っているような速度で駅に着いた。今でも恐ろしい視線を感じて、言いようのない不安に身を震わせながらも急いで切符を買う。ホームへ出て、出来るだけ人が沢山集まっている所へ身を置いた。とにかく視線から身を逃したかった。
何から逃げているのか、何が恐ろしいのか、全くもってわからない。《アレ》が危険なモノなのか、それとも実は良いモノなのか。わからない。わからない事が多すぎる事が恐ろしくて仕方なかった。 きっと気のせいだと片付けるにはあまりにも《アレ》の視線は強すぎる。見知らぬ他人を壁にして逃れようとしても決して弱まるような事が無い程強い視線。
(怖い、恐い、こわい……!)
助けて、ともう顔も思い出せない程遠い昔に亡くなった祖父に助けを求めた。 顔も思い出せないけれど優しかった彼の温かくて皺だらけの大きな手は今でもはっきりと覚えている。厳しくも、優しかった祖父はいつも名無しを助けてくれた。だから、この恐ろしい視線から助けを願うのは祖父だった。
左腕にはめた腕輪を握る。草入り水晶と孔雀石を組んで作られた腕輪は祖父が名無しの為に作ってくれた物だと言う。どうかお守りくださいと、祖父の祈りが込められた腕輪。 きっと、この時の為に作られた物なのだろうと名無しは直感した。だからこそ、決して腕輪を放すまいと固く固く握りこんだ。
やってきた電車に乗り込み、やはり人が沢山いる所で身を隠すように。冷や汗が背を伝うのを感じながら手が白くなる程強く腕輪を握った。 たかだか三駅。それが途方もなく長く感じた。まるで永遠かと錯覚してしまいそうなくらい、たった三駅先が遠い。
──かつ、
ぶわりと汗が噴き出した。
(なんで、お爺ちゃん……!)
下駄の、音。 今まで感じていたのは視線だけだ。なのに、今のは確かに《アレ》の足音だと直感した。 それ程にまで近くに来てしまったと言うのか。 少しずつ、《アレ》が名無し目指して近付いてくる。かつ、かつ、かつ、と緩やかな足音が名無しの側に来て、止まった。 かたかたと身体が震える。汗が滲んだ手で必死に腕輪を握り締める。これを放せば終わりだと、名無しは決して腕輪から手を放さない。
どうしよう、どうしよう、と不安と恐怖で彩られた思考がまともな働きをしてくれる筈もなく。 すっかり固まって動けない名無しに、救いの一声がかかった。名無しの降車する駅に着いたと告げた車内アナウンスだ。 一刻も早く《アレ》から離れようと電車を降りようと扉へ向かう、が。
──どこかしら
男とも、女ともつかぬ声。子供なのか大人なのかさえ、わからない声。 その声が、名無しの動きを止めた。
──かくれてないで、でてらっしゃいな
何かが名無しの身体に纏わりついた。それは幾本もの、人の腕に見えた。子供のような細い腕もあれば、大人の男のようながっしりとした腕もある。ただ皆総じて陶器のように白かった。
いつの間にか、電車の中には誰もいなかった。名無し以外の人の影は一つも無い。声すらも無く、静寂に支配された。
「な、なん、で……!?」
途端に切り替わった世界。名無しを拘束していた腕も既に消えていた。
──かつ、
「あ……」
背後に響いたのは、下駄の音。 振り向くな、と祖父が叫ぶ声を聞いた。しかし名無しは振り返ってしまった。
──みぃつけた
なんちゃってホラーwww 多分トリップ的な話 これからどっかに連れてかれるんじゃない? 神隠しみたいな
みつかっちゃったおんなのこ
2012/06/19 23:17 ( 0 )
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