母である小百合はいつも唐突だ。唐突な無茶ぶりなどは日常茶飯事だし、最早瑣末事だ。逃げてもあまり意味が無いし逃げた後の方が面倒だったりするからなんだかんだで受け入れていた。
――だが、しかし。これは流石に唐突すぎると思ったのはしょうがないだろう。
母の隣に立つ藍色の髪の男の子。片目を長い髪で隠し、表情は能面を貼り付けたよう。表情も感情も何処か遠くに追いやったのか、忘れてきてしまったのか。
「今日から英ちゃんのお兄ちゃんになる骸くんでーす!」
いっそ清々しい程の笑顔で骸と呼ばれた少年の肩を叩いて小百合は英の顔を伺う。 まるでプレゼントを渡して目の前で反応を伺うような期待に満ち溢れた小百合の笑顔に英は瞬時に全ての事を諦めた。
こういう時の小百合は大抵引かない。 例えばここで「そんなのいやだ」とか「お兄ちゃんなんかいらない」とか言ってみたってもう小百合の中では彼が英の《お兄ちゃん》になるのは決して覆る事の無い決定事項であるからだ。 もし言ったとしても言葉巧みに丸め込まれ、結果は同じだ。残念ながらまだ幼い英にはその弁舌に打ち勝てるだけの経験値は無い。
それに我が母である小百合は聡明なのだ。へらへらにこにこして人畜無害そうな見かけをしているクセにその実誰よりも先を見ている。何手も何手も先を読んで、自分と愛娘の害になりやしないかを判断して行動する。 そんな母がわざわざなんの縁もない子供――《視た》感じ、血の繋がりは全くない――を連れて面倒な諸手続を踏んで来たのだから早々危険はないのだろう。
ごちゃごちゃと頭の中で英も自身で諸々の判断を下していって――《面倒》という結論に達した。そうだ、面倒だ。 なんの馴染みもない、しかも内面に大きな大きな化物の子供を飼っていそうな人間と一緒に暮らすのは面倒で面倒で仕方がないが、それよりも母に思い直すように説得する方が面倒だ。 二つの面倒事を秤にかけて沈んだ方は切り捨てる。
だから英の答える返事は一つしかないのだ。
『……よろしく』
「あ、こら!ちゃんとお口で言いなさい!」
硝子IF
2014/02/16 00:34 ( 0 )
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