薬師寺さんのネタ 一部年齢性別逆転、転生成り代わりという色んな設定を鍋にぶち込んでぐらぐら煮立たせたどうしようもない話の序章。あー、楽しかった!←
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人間が持つ《最古の記憶》というのは人それぞれだろう。 例えば赤ん坊の頃の記憶を持つ人間もいるかもしれない。逆に小学校以前の記憶を持たない人間もいるだろう。更に言えばその記憶が実際にあった事なのか、無意識のうちに作り出してしまった記憶なのか。 人の記憶というものは、ひどく曖昧で、不安定で、人を作る根幹に影響を与えるものである。 記憶を持つ事が出来るからこそ人は学ぶ事が出来、成長することが出来るのだと思う。
――さて、そしてこの私泉田今日子(27)はどうだろうか。
私の最古の記憶は女子高生の頃だ。ここで勘違いしないでもらいたいのはその記憶というのは十年程前ではない、という事だ。私の感覚で正確に言うならそれは二十九年前だ。
当時の私は麗らかな春の日に平凡な高校に入学し、これからの未来とやらに期待と希望に胸を躍らせていた。適度に勉強を頑張って、友情を築いて素敵な恋なんかも出来ちゃったりすればいいなと思っていた若い日和。 確か最初の一年は割と平穏だった。クラスにも簡単に馴染めたし仲の良い友人も出来た。一年の終わりに二年も一緒のクラスになれたらいいね、と笑い合い進級。 そして二年になった時、なんとなーく立てられていた私の人生設計は悲しきかな緩やかにがらがらと音を立てて崩れていった。
最初は一年の頃同様つつが無く過ごした。そして二年のクラスにいたなんてことはない、大して親しくもなければ悪くもない、そんなクラスメイトの女子。(確か割とかわいい子だった) その子の彼氏さんとは知らずクラスメイトとしての常識的な付き合いをしていれば知らぬ間に彼氏さんを「誘惑してる」だの「仲を引き裂こうとしてる」だの噂が立ち、果てには「寝取って略奪した」だのという事実無根の腹立たしい噂が学校中に蔓延していたりした。寝耳に水だった。 そして更に悪い事にその女子は大変執念深く、嫉妬深く、思い込んだら息が止まるまで走り続けるというものすごーく厄介な娘だったのである。絶望だった。
思い込んだら全力疾走。猪もびっくり、先の事なんか見ちゃいない。噂に踊らされ猪少女は私を《敵》と認識した訳だ。そこから人生設計が大いに崩れて遂には跡形もなくなった。要するに死んだ。駅のホームで。最悪のタイミングで線路に落ちて。というか猪少女に落とされて。 ホームで電車を待っている時。到着する電車のライトが見えた時、とんと背中を押され、驚いて振り向いた時には体は宙に浮いていて、押した状態で止まっている猪少女はそりゃもう綺麗に笑っていましたよ。「――あ、」という間も無く――暗転。
その後ふ、と意識がはっきりとした時には高校生の体が幼女の体に早変わり。ふっつーの公立幼稚園で本能のままに生きる小さい怪獣達とお遊戯を強いられる中身女子高生には地獄であった。
この《最古の記憶》とやらが前世であると確信した時「あ、なんかもうなんでもいいや」と三年程無我の境地に入りなんとか立ち直って前世同様ふっつーの中学高校大学へと進み、ふっつーのありふれたどこにでもいるような警察官になってみて、途中短期間無我の境地を再度経験。 現在結婚適齢期でありながら、浮ついた話の影も形も見えやしない。えも言われぬ痴情の縺れに全力で巻き込まれ、人生を読んで字の通り《白紙》に戻された身の上としては積極的になれないのは仕方のないことだ。(そう、仕方のないことなのである!)
――そんな私は警視庁捜査一課、警部補 泉田今日子。現在27歳。 本来ノンキャリアでありながらこの出世はそりゃもう両手を上げて喜ぶことである。が、しかし!!今世で絶っっ対に来て欲しくなかった辞令が下りました。――刑事部参事官付警部補に。
私、泉田今日子の新しい上司の輝かしい異名は「ドラよけお涼」である。男性でありながら、線の細い美丈夫で、女装なんぞさせようもんならそれこそ絶世の美女!ドラキュラだって性別の垣根すら越えて飛びつきたい超優良物件。なのだが、ドラキュラも牙を隠してこそこそ避けていく(この上ない程懸命な判断だ)、要するにそれだけ強烈な人間である。
所謂《キャリア》で東京大学文科I類に浪人せずに合格、法学部を留年する事もなく卒業。成績はオール「優」。司法試験に合格し、外交官試験、国家公務員I試験全て合格。 トントン拍子で警視庁刑事部参事官警視に昇進。――したのが五年前。それまで彼の部下に参事官付警部補が何人も何人も何人も何人も何人も!着いたのだが!誰一人として長続きせず、頭を抱えた上のお偉方。次は誰にする?何処其処のあいつなんていいんじゃないの?なんて会話の中で何度も何度も上がってしまった名前がわたくし「泉田今日子」 。 研修時代(第二次無我の境地時代)を「ドラよけお涼」の下で過ごし、彼と比較的上手くやれていたことが災い。ある程度昇進した所で見事白羽の矢で額のど真ん中を貫かれた。
――さて、さて、さて。何故この辞令が絶対に出て欲しくなかったのか。「ドラよけお涼」の噂故か?否。噂以前に、わたくし、泉田今日子、彼女の事はようく存じておりますとも。だって好きだったし。そんな私の前世の愛読書《薬師寺涼子の怪奇事件簿》。
そりゃあ、彼女はもう魅力的だった。こんな大人の女性になれたらいいなと思わない訳がない。そんな素敵で無敵で不遜な彼女。まさか転生した先にいるとは思うまい。ましてや彼女が男性だなんてひとっっかけらも予想出来るはずもない。 そしてそして、まさか悲劇の幕を下ろし、新たな幕を上げてみれば私が彼女の警部補的な立ち位置だなんてありえない!あれはまさに《御伽噺の中》だからこそ楽しめた話である。
私は警視庁捜査一課、警部補 泉田今日子。現在27歳。私の新しい上司を紹介します。 警視庁刑事部参事官警視 薬師寺涼。現在33歳。
それ程遠くない未来、いやもう近い内、いや明日にでも、私に第三次無我の境地時代が到来するでしょう。(だれかたすけて!)
泉田今日子の憂鬱
2013/12/10 23:43 ( 0 )
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