しんしんと真白の雪が降り積もる。音も無く静かに静かに降る雪はゆっくりと時間をかけて世界を真白に染め上げた。
シンジがいた世界は年がら年中夏の季節で雪とは無縁の世界だった。 青い空に、じりじりと肌を焼く太陽と雄々しく広がった入道雲。葉の無い樹木は珍しい。季節によって紅葉する木も。 マコトがこの世界に生まれてもう十年以上。一つ年を迎える度にそれぞれの四季を見送ってきた。マコトが年を取った数だけ、冬を見た。
ひらりと雪の花弁がマコトの手のひらに落ちる。 花弁は直ぐに透き通った水の粒に変わった。 灰色の空の下、マコトは軽く上着を羽織り、傘も差さずに降りてくる雪を受け止める。頭や肩、受け皿のように差し出した両手に雪が降り積もる。
「風邪をひいてしまうよ」
マコトに降り積もった雪が止んだ。手のひらから視線を外して見上げて見れば、灰色の空ではなく紺色の傘が広がっている。
ああ、こんなに身体を冷やして、とどこか怒ったような声音でマコトに積もった雪をカヲルが払う。大方払った後は持っていたマコトのコートを着せてマフラーもつけさせた。 あっという間マコトの防寒を済ませてしまったカヲルに感嘆の声を上げた。
「カヲル君だ」
巻かれたマフラーに顔を埋めながら呑気にカヲルの名を呼ぶマコトに彼は呆れ顔を見せた。
「それで、こんなに薄着で一体何をしてたんだい?」
「雪を、見てたんだ」
カヲルが差した傘の外。そこには変わらずしんしんと雪が降っている。
「真っ白でやわらかいから、カヲル君みたいだな、って」
「でも僕は君を冷やしたりなんかしないよ」
男にしては華奢な手が冷たくなったマコトの手を温めるように包み込んだ。包んだ両手を口元に引き寄せて息を吹きかける。そしてくすぐったそうに身を捩ったマコトを逃がさないように抱き込めば、彼女の細い体はカヲルの腕の中にすっぽり収まって身動きが取れなくなる。頭一つ分高い位置にあるカヲルの顔を見上げてマコトは眉尻を下げた。
「恥ずかしいよ、カヲル君」
「何も恥ずかしがる事はないよ。温めているだけなんだから」
「もう……」
有無を言わせない微笑みでマコトを黙らせてしまったカヲルは満足そうに微笑んで、マコトの黒髪を撫でた。さらさらと髪を梳いて、口付けた。
「帰ろうか、マコト君」
「……うん」
「帰って一緒にお風呂にでも入ろうか?」
「シンジじゃないから、入らないよ」
「残念」
目を逸らしたマコトの頬と耳は淡く赤く染まっている。赤くなった耳を撫でてカヲルは少しだけ肩を落とした。
(お前は寮生のくせに何を言っているんだ。)
《碇シンジ》が願う一つの世界4
2013/02/04 08:16 ( 0 )
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