neta倉庫*無法地帯注意!

「カヲル君」

そっと彼の白い首に手を伸ばした。ひんやりとした自分よりも低い体温。そして柔らかな髪が指先をくすぐった。

「カヲル君」

彼の首にはうっすらと、痣がある。それは幾本にも渡る細い痣だった。さながら索状痕のようなそれはかなり注視して見ないとわからないくらいに薄い。

――それは罪の証だ。

――しかし彼にとっては自由の証である。

その痣を指先でなぞるように撫でた。薄すぎて凹凸すらないその痣に触れてもただ彼の肌の感触が伝わるだけだ。

マコトが持つシンジの記憶には欠陥がある。
記憶はシンジが生まれてから、その記憶が途切れるまでの十数年。その十数年の記憶を全て受け継いではいない。記憶には抜け落ちている部分が幾らかあった。
シンジの記憶を一冊の本に見立てるならば、その本は所々黄ばんで文字が潰れていたり、虫に食われたように穴が開く。その穴の部分の記憶をマコトは知らない。

例えばシンジにとって上司にあたった《葛城ミサト》。彼女の記憶を確かに持ってはいるが彼女とシンジの出会いは“知らない”。彼女の私生活や過去の過ちを知っているが、マコトの中の彼女はただ《大人》とやらの都合で14歳の少年の心を壊したという事実しかない。
例えばシンジにとって依存の対象であった《惣流・アスカ・ラングレー》。彼女に関しての記憶が最も曖昧だ。彼女のページの殆どは真っ黒なインクで塗り潰されているかのよう。
シンジが彼女に抱いた感情は抜きにして、マコト自身が彼女に抱く感情は“恐怖”だった。彼女の何が悪い訳でも無い。でも良くも悪くも彼女はマコト(シンジ)を殺すのだ。故に彼女に対して“恐怖”以外の感情は持てない。
例えば、シンジにとって心から大切だった《綾波レイ》。彼女に関しての記憶は一切抜け落ちた所は認められない。
マコトにとっても彼女は幾分か恐怖が和らぐ。ただ他の人間よりも違った恐怖の感情を彼女に抱く。また《三番目》になってしまわないか、という恐怖。

そして今目の前にいる銀髪の少年は。《綾波レイ》と同じく、彼に関しての記憶は一切抜け落ちてはいないのだ。
だからこそ、彼の首に刻まれた痣の意味を知っている。

「……カヲル君」

「どうしたんだい、マコト君」

カヲルはマコトを「マコト君」と呼ぶ。かつてシンジを「シンジ君」と呼んでいたように。
彼の中では《碇シンジ》と《碇マコト》はイコールでありノットイコールである。シンジとマコトは二アリーイコールである、と理解していた。理解していながら、カヲルはシンジに向けた感情をマコトに向ける。

シンジとマコトは限りなく同一に近い他人だ。なのに、カヲルがマコトにこの感情を向けるというのが理解できなかった。何故ならこの世界でマコトが彼に出会ったからまだひと月も経っていない。それなのに彼はマコトに近づき簡単に触れてくる。惜しむ事無く好意を示す。時には言葉として、時には行動として。
もし、もっと長く付き合って互いの事を知るというプロセスを踏んでいたらこんな事など思わなかったかもしれない。

「様子がおかしいね。一体何が君を不安にさせているんだい?」

彼の痣を撫でるマコトの手を取ったカヲルはそのまま指先に口付た。そしていとも容易くマコトを抱き上げて膝に乗せる。

「マコト君」

「……」

「僕には話せないかい?」

顔を俯かせてカヲルが取った手とは反対の手でもう一度痣を撫でた。ひんやりとした体温と、柔らかな髪の感触。

「……痛い?」

痛いのだろうか。シンジがカヲルに刻んだ痣。シンジの罪と、カヲルの自由の証。
渚カヲルは使徒ではない。この世界に使徒はいない。なのにこの世界のカヲルの首には使徒としての痣がある。
確かに彼が死んだ時に出来た傷。この傷痕は未だ痛んで彼を苦しめてはいないだろうか。
シンジが受けた心の傷をマコトが痛んでいるのと同じように、カヲルも痛んでいるのだろうか。

――カヲルが苦しむのは、嫌だ。

マコトがカヲルに対して好意を持っているから。そしてこの痣に関して少なからず罪悪感を持っているからだ。
この痣を見る度に、もっと上手くやれたのでは、と思う。もっと違った結末を迎えれたのではないかと。彼と、共存出来たのではないか、と。
それが出来なかったのはシンジの力不足なのかもしてない。引いては、マコトの。

「痛くないさ」

「カヲル君……?」

天使のように微笑んで、カヲルはマコトの手首に口付る。そこからほんのりと熱を持ち始める。

「大丈夫、痛くないよ。マコト君、君が心配するような事は何も無い。ましてや君が罪悪感を感じる事なんか何も無いのさ」

「でも――」

「大丈夫」

マコトを安心させるように微笑んで、カヲルは何度も繰り返す。大丈夫、大丈夫だ、と。
この一言で、マコトが安心してくれるなら。この一言で、マコトの涙を止めれるなら。

ただただあの子の幸せを望んだ。
どうかあの子が幸せになりますように。
どうかあの子が幸せであれますように。
どうかあの子だけでも、幸せに。



結論:縁はカヲル君に夢を見すぎている。

《碇シンジ》が願う一つの世界3
2013/02/02 23:15 ( 2 )


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