※何でも許せる方向け 好き勝手に続いちゃったよ!縁は相変わらずどうしようもない頭してるよ! デフォルト名《碇マコト》
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マコトには《マコトではない》人間の記憶がある。それは世間一般では前世と呼ばれる記憶。それがマコトが生まれた時から――もしくは生まれる前から――精神のずっとずっと深い所に根を下ろし《碇マコト》という一人の少女を生み出した。 前世である《碇シンジ》の精神を顕著に受け継ぎつつ、彼とは違い平和な世界で、女として生まれてきたという事から価値観や人生観が変化を起こしながらやがて《碇マコト》という少女を形成した。
《碇マコト》は《碇シンジ》である。しかし彼らは決してイコールで結ばれる事は無い。 マコトがシンジの影響をどれだけ受けていようと、やはりマコトは《碇マコト》以外の何者でもなく、同様にシンジも《碇シンジ》以外の何者でもない。 この二人がどれだけ同じに見えようと、決して《同一人物》ではあり得ない。
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マコトの前世。彼が望んだ世界。何の因果か、マコトは彼とほぼ同じ人生を歩んでいた。 両親共に科学者で、母はマコトが幼い頃に実験中に怒った不幸な事故で命を落とした。それから父は研究に没頭し、マコトの事など一切気にかけず親戚の家に追いやった。マコトを預かった親戚は良い顔はせず肩身の狭い思いで過ごした。 無事に中学を卒業、あの家から出る為に全寮制の高校へ進学。それから出会った――出会ってしまった――かつて《碇シンジ》の側にいた人間達。 かつての上司は高校の教師をやっていた。かつて共に戦った少女たちは、友人は、マコトの同級生に。
きっと、きっと、《碇シンジ》ならばまた出会えた事に少なからず喜びを感じたかもしれないがマコトには到底無理だった。 《碇シンジ》の記憶を受け継いだ《碇マコト》が彼らに対して抱く感情は決して良いものではない。
マコトが彼らに対して抱く感情は底知れぬ《恐怖》だった。 恐かった。恐くて怖くて堪らなかった。彼らの笑顔の裏に何か計り知れない恐ろしい顔があるのかと恐怖した。彼らがマコトに与える好意や優しさを恐れた。 そうしていつか、マコトはシンジと同じように他者との関わりを厭う様になった。 友人がいないという事は無い。交友関係は少しだけ広く、少しだけ浅く。人間関係から少しだけ離れた所に立つ。それが一番安心できる立ち位置だった。
誰とも深く関わらない。 恐くて怖くて仕方がないから。 マコトは自分の心を守る為に他者との関わりを最小限に。 誰もいらない。何もいらない。マコトの心を壊さないでくれるなら。
――そう思っていたのに、《彼》はやってきた。
「ねえ、隣のクラスに来た転校生見た?」
昼休みに入って、クラスメイトの少女が数人で固まって昼食を取りながら嬉々として話し出す。一人の少女は自身の弁当箱の中で鮮やかに彩られたプチトマトをフォークで刺しながら首を傾げた。 まるで分っていない少女に話題を出した少女が笑う。
「もー、今日転校生が来るって先生が話してたじゃんかー!かなりカッコいいみたいだよ!転校生君!」
「あ、今日だったんだ」
「そう!すっごくカッコよくて、隣のクラスが羨ましい!なんでウチのクラス来てくれなかったんだろー」
至極残念そうに肩を落とした少女に、また他の少女がまあまあ、と宥めた。
「隣なら体育とかで一緒にやれるかもしれないよ」
「えー、体育は男女別じゃんー」
きゃらきゃらと楽しげに交わされる談笑を微かに引っ掛かりを感じながらマコトは空になった弁当箱を片付ける。鞄に仕舞って、橙色の音楽プレーヤーを取り出した。壁にかかった時計を一瞥して、プレーヤーを持ったまま立ち上がる。
「あれ、碇さん!お散歩ー?」
「うん。中庭まで」
いってらっしゃーい、と陽気に送り出した少女達に小さく手を振ってマコトは中庭へと足を進めた。 昼休み独特の喧騒から一歩離れて静かな階段を下りて中庭へ出る。中でも人に見つかりにくい場所に向かって、そこに出来ている木陰に腰を下ろした。 イヤホンを耳に付けて保存されている音楽をランダム再生に設定した。静かに流れてくるクラシックを聞きながらマコトは目を閉じた。
(転校生か……随分中途半端な時期に来たんだな……)
もう秋は深まり冬の訪れを微かに感じる微妙な時期に転校。 転校生に対して何の感慨も持たないマコトには何ら関係の無い事だ。その筈、なのだけれど。
マコトはその転校生に会いたいとは思えなかった。寧ろ、絶対に会いたくないと思っている。けれど同時に同じだけ会いたいと思っている自身がいる事に戸惑いを感じている。
会いたくて会いたくて仕方がないけど、会いたくない。 会ってしまったら今までマコトが築いてきた世界が壊されてしまうような確信がある。 だから――会いたくなかった。
――会いたくなかったのに。彼は。
「初めまして、《碇マコト》君?」
きらきらと光る銀色の髪に、鮮血のような赤い瞳。穏やかに微笑んだ少年は静かにマコトを見下ろした。 声を聞いて、唖然と彼を見上げて、何か言う前にマコトの頬をぼろぼろと流れた涙が跡をひいた。
かつて《碇シンジ》が生きた世界で、出会った人。人ではなかった、人の敵であった、使徒の少年。最後は自由を求めて、殺される事を望んで、シンジの手にかかった彼は――。
「僕は――」
「――カヲル君。渚、カヲル君。……17番目の、最後の使徒」
会いたくなかった。なのに、また。出会ってしまった。
彼の白い手がマコトの流れる涙を掬い取った。微笑みは絶やさずに、《碇シンジ》に告げたように、《碇マコト》にも告げる。
「僕は、君に会う為に生まれてきたんだ」
囚われる。彼の紅い瞳に。 囚われる。マコトを優しく抱くその腕に。
――ああ、逃げられない。
《碇シンジ》が願う一つの世界2
2012/12/17 17:56 ( 0 )
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