鈴虫の鳴く声がして目が覚めた。 りぃん、りぃん、と夜の帳を微かに震わせる歌声は静かに空気に溶けていく。空気に溶けきる前に名無しの耳が鈴の音を拾って暗闇の中に落ちていた名無しを優しく引き上げる。静かで優しい目覚めに促され、まだ少し重たい瞼を押し上げようとしたら何かが名無しの頭を撫でた。
「まだ早いわ」
寝てなさい、と言った声の主。鈴虫のように静かで優しく、そして凛としていた。声の主が促すように名無しはまた暗闇の中に落ちて行った。
***
名無しがとても小さい時、親しい遊び相手がいた。祖父と同様にもう顔も覚えていないが当時いた友達たちの中でその子が一等仲が良かった。 その子とどこで遊んだかも覚えていない。しかし何をして遊んでいたかはよく覚えている。お手玉やあやとりや鞠で遊んで、鬼ごっこやかくれんぼもした。
その子と遊んで幾度目かの事、祖父が決死の形相でやってきて名無しとその子を引き剥がした。その子に対して何かを怒鳴って半ば引き摺るようにして名無しを連れ帰った。 いつも微笑みを浮かべていた祖父からは考えられない形相で、名無しとその子を引き剥がすものだから酷く怯えてしまったので当時をよく覚えていた。 恐怖に満ち満ちた顔でもうその子と会うなと何度も何度も念を押されてからその子には会っていない。今は名前も思い出せない。
さて、そういえばあの子は、別れ際に名無しに手を振ってはいなかったか。そして「さようなら」ではなく、「またね」と言ってはいなかったか。 名無しが祖父に守りの腕輪を貰ったのは、その子と会わなくなって直ぐだった。
***
次に名無しを暗闇の底から引き上げたのは雀の鳴き声だった。可愛らしく囀る雀が幾匹か、ちゅん、と歌ってまたいずこかへ飛び立って行く。
(あ、さ……?)
はっきりとしない、霧掛かったような意識の中で名無しは小さく身動ぎした。しかし思ったように動けなくて違和感を覚えた腕の中に目をやる。
そこには寝間着を着たこれまた可愛らしい茶髪の少女。名無しの腕の中で静かな寝息をたてて収まっていた。 名無しが身動ぎすると、不機嫌に眉が寄り、微かに唸って威嚇された。動くに動けない状況だった。
幸いな事に、頭は自由に動く。まずは心を落ち着けて状況を整理しようじゃないか。
(昨日、そう、昨日だ。私は何をしていたっけか。どうやってここに来て、どうしてこんな可愛らしい子が私の腕の中で寝ているのか)
ちらりと辺りを見渡した。 名無しと少女が眠る布団の周りには精巧な日本人形が乱雑に散らばっていた。正確な数はわからないけれど、十や二十は越えるだろう。 そして名無しが自身を見下ろしてみれば、少女と似たような寝間着が着せられていた。恐らく浴衣だろうと推測する。
(昨日、昨日、は……そうだ、電車に乗っていた)
はっ、と思い出して、すぐに頭を傾げる。
(……電車?)
電車、とは、何だったろうか。どんな形状で、何に使われたモノだろう。 名無しが《乗っていた》なら乗り物の事だったろうか?
(あれ?電車、そう、電車に乗って、何か……誰か?に会って、どうしたっけ……?)
はて、さて。これは名無しが思っている以上に厄介な事になっているようだった。
なんか続いた おんなのこは何やら訳わからん内に訳わからん所に行ってしまったようです 見た所安全そうだけど、頭ん中がヤバそう
神隠し(?)→恐山だお! どうせまたしても葉夢の話で進んでいくんだよ、きっと
みつかっちゃったおんなのこA
2012/08/27 22:26 ( 0 )
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