第12話





・臨也side





釘を刺すという行為に慣れていないのか、ぐるぐると悩みながらも結果的に俺の提案を呑むことにしたシズちゃんは見ていてとても面白かった。仮にシズちゃんが渋ったとしても、首を縦に振らせることぐらい俺の話術を持ってすれば造作も無いことであるわけで。


あぁ、彼はとても優しい人間だ。


きっと今まで自分の力のことを誰にも打ち明けることが出来ずに――仲の良い弟君は知っていたかもしれないが――周りに気を配りながら生きてきたのだろう。もしも誰かにバレてしまったとしても、その圧倒的な力で脅せば良かったのだ。


でも、彼は……シズちゃんはそれをしなかった。


とても優しい。けれど言い換えてしまえばそれは、なんとも甘ったるく生ぬるい。虫唾が走ると同時に強く惹かれる。所詮人間という生き物は誰かとのつながりを持たなければ生きられない、か弱くも強欲な生命体なのだ。最早化け物じみたと言っても過言ではない力を持つこの男は、誰よりも強く、そして誰よりも弱い。シズちゃんは臆病な人間だ。
黙々とチャーハンを食べるシズちゃんは俺の視線に気付いたのか、食べる手を止めて口を開いた。


「そういえばよ」

「ん?」

「他は何だ?」

「……え、他?」


他は、と聞かれても一体何の事やら。驚いてこちらも手を休めると、シズちゃんは眉間に皺を寄せた。そんなあからさまに「何言ってんだこいつ」みたいな顔をされても。本当に短気なんだなぁ、と頭のどこかで考えつつ会話を遡って質問の意図を探る。


「……あ、俺の言うことをいくつか聞いて欲しいっていう提案のこと?」

「…まさかとは思うが、自分から言っておいて忘れてたなんて言わねぇよな」

「まさか!それこそまさかの話だよシズちゃん」


シズちゃんという呼称に、ぴくり、と彼の手が反応する。そんなに嫌なら俺が呼ばれ慣れるまで傍にいてやれば良いだけの話なのだが。そう簡単にシズちゃんの嫌がる顔が見れなくなるのも惜しい気がする。

……そうだ。


「じゃあさ、とりあえず俺のことは下の名前で呼んでよ」

「………は?」

「だから俺の下の名前だって。折原って言いにくいでしょ?俺だけ君の事をあだ名で呼ぶのは変だと思ってさ」


我ながらナイスな機転だと思う。シズちゃんがこんなにあっさりと素直に俺の提案に従うとは思っていなかったから、条件のことはゆっくり決めればいいとのんびり構えていたというのに。
シズちゃんは拍子抜けした顔で俺のことを見ている。きっと、もっと酷い内容のものを突きつけられると思っていたのだろう。そんなことでいいのか、と問いかけてくるので、勿論と答えれば更に変な顔をして黙り込んでしまった。


「別に名前ぐらいいいでしょ?」

「いや、そうじゃなくて…」

「だったら何」

「…………れた」

「え?何て?」


小さな声でぽつりと呟いた声を聞き取れずにもう一度問いかける。


「だから、……手前の下の名前、忘れた」

「…………は?」

「…悪ぃ」


しゅん、と申しわけなさそうに項垂れるシズちゃんにこれ以上追及する気も起きず、俺は溜め息を吐いて出来るだけ不貞腐れた声で「臨也」と言ってやった。
今朝教えたばかりなのにまさか覚えていないとは…これは思ったよりもショックかもしれない。ズキズキと痛む胸に余計イライラして。それから何故か口を利きたくなくなって。

シズちゃんが何度も確かめるようにブツブツと俺の名前を呟く声だけが部屋に響いた。






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徐々に徐々に緩やかな脱線


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