眠れない夜に



・雪燐
・捏造ありありです
・長いです




眠れない。

それはもう、自分でも驚くほどに眠れない。とりあえず目を瞑ってみても、普段寝るとき眼球どうしてたっけ?なんて、深いのか深くないのかよくわからない考えに邪魔される。
おいおいまじかよ勘弁してくれよ。何で眠くならねぇんだ俺!いつもならとっくに寝てる時間だぞ!
ごろごろと寝返りを打ってもなかなかしっくりくる体勢になれない。まじ眠れねぇ。もし眠れたとしても明日絶対起きれねぇじゃんこれ。雪男に怒られる。いやでも、雪男は結局溜息を吐いて先に出て行くな。あのホクロメガネ…2回起こして起きなかったらふつう3・4回は起こそうとするだろ。

そうだ、雪男!

就寝時に降ろす簾をそっと上げて向かい側で眠っている雪男を見れば、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。人が全然眠れないって時に何でこいつは気持ち良さそうに寝てんだよ。爆睡じゃねぇか。腹立つな畜生!


「おーい…雪男くぅーん…」


………うん。まぁ、返事はねぇよな。

なるべく音を立てないように雪男のベッドに近付いて簾を上げる。…おぅおぅおぅ、メガネのくせにぐっすりかよこの野郎。お前だけ夢の世界に行くだなんてそうはいかねぇぞ。
ベッド脇に屈んで耳元に顔を近づける。それから深呼吸をして、悪戯心からくる心臓の鼓動を押さえつける。


「…なぁ、眠れねぇんだよ…一緒にイイコトしようぜ…?」


ガバッ


「……………」

「……………」

「………なに、兄さん」

「って、起きるのかよっ!?」


ていうか、こいつの目つきめちゃめちゃ悪くね!?


「あぁ…うん、おはよう雪男。ちょっとさ、一緒に外行かね?」

「………イイコトするんじゃないの?」

「だから、一緒に夜の散歩するのがイイコトだってば」

「…………青姦のお誘い?」

「はぁ?アオカン?何だそれ、羊羹か何かか?」

「………………」


暗闇でも分かるぐらい目つきが悪くなった雪男は一通り睨んだ後、溜息を吐いてメガネをかけた。あ、分かった。こいつメガネ外すと何も見えねぇからそれだな。くっそぉ…メガネ隠してやればよかった。
なんて、次なる悪戯の計画を立てていると、雪男が心底面倒くさそうな目でこちらを向いた。後頭部をだるそうに掻いている辺り、相当機嫌悪いな雪男の奴。


「………今何時だと思ってんの。この時間の生徒の外出は禁止されてるって言ってたでしょ」

「あー…それは…」


しまった。そうだった。今更思い出したなんて言ったところで馬鹿にされるのが目に見えているので言わないが、たしかそんなことを入学式の日に雪男とメフィストから言われたような気がする。でも、この旧男子寮には自分達兄弟しか生活していないわけで。少し抜け出してもそうそう簡単には見つからないだろう。


「まったく…忘れてたんでしょ」

「違ぇって!ただ、その…」

「何だよ」


あぁあああ…雪男の目が怖い!下手な言い訳出来ねぇぞこれぇえぇぇええ!


「だから…えっと…」

「…僕もう寝るから。おやすみ兄さん」

「あっ、ちょっ!」


ぐおぉおお!このまま先に寝かせてたまるかぁあぁあああ!!


「…ゆっ、雪男とデートしたかった、から…っ!!」











ところ変わって、聖十字学園町のとあるコンビニ。あの後何があったのか率先して雪男がコンビニへ行く準備をしだしたので、慌ててそれに付いてきたのは覚えてる。どうしよう。後先考えずに行動するなっていつも言われてるけど、さっきのがまさにそれだったのかもしれない。やべぇ…俺もしかしたら何か雪男の地雷を踏んだのかも。でも当の本人は、珍しく雑誌のコーナーで何か本を読んでるし。でもでも、怒ってたら来ねぇもんな?怒ってねぇよな?大丈夫だよな?
ちらちらと様子を窺いながらアイスを物色していると、突然「兄さん」と雪男に呼び出された。


「な、何だ?」

「これ。この本に載ってるこれ、今度作ってよ」

「ん?どれどれ…って、これケーキじゃん。俺こういうのはなぁ…」

「作れないの?」

「作れないっつーか、ほかの料理と違って菓子類は材料を量んねぇと駄目じゃん?俺そういうの苦手だからさ」

「あー…なるほど」


雪男は普段自分から進んで甘いものを食べようとはしない分、なんだか我慢させるのも悪いと思ってしまう。でも厨房にある秤を使ったこと無ぇし…。目分量に慣れちまってるから逆に違和感を感じて失敗しそうな気がする。


「じゃあさ、分量は僕が量るから一緒に作ろうよ」

「えっ!まじで?」

「うん。来週の日曜日までには僕も仕事にひと段落つくしさ。良いでしょ?」

「俺は別に構わねぇけど…」


寝起きの時とは180度違う爽やかな笑顔で話す雪男に少し調子が狂う。なんか、楽しそうだな…。…そういえばこういう風に雪男と話すの久しぶりかも。このところ、お互いが寮に帰ってくる頃には疲れ切ってあんまり話さなかったし。口実として咄嗟に「デートしたかったから」なんて言ってしまったけど、あれはあながち嘘ではなかったのかもしれない。


「決まりだね。兄さんもちゃんと課題終わらせて…兄さん?」

「なんつーか…こういうの、デートとは程遠いな」

「……………」


言ってしまってからハッとして雪男を見る。雪男はびっくりしたような、度肝を抜かれたような、そんな何とも言えない顔でまじまじと俺の顔を覗き込んでいた。名前を呼んでも反応しないので、逆にこっちが不安になって顔の前で手を振ってみる。我に返ったのか、メガネのブリッジを押し上げた雪男は物凄く楽しそうな笑顔でいきなり俺の手を掴んできた。


「何で手握ってんだお前…?」

「てっきり兄さんがデートしたいって言ったの、口から出まかせかと思ってたよ。ごめんね」


図星を言い当てられてドキリとする。
ドクンドクンと雪男に握られた手に熱が集まるのが分かって恥ずかしくなった。


「帰り道はずっと手をつないで歩こうよ。そしたら、少しはデートっぽくならない?」

「……わかんねぇよ、そんなの…」

「ふふっ、たまにはこういう夜更かしもありだね」

「………おう」


結局その後、何も買わずにコンビニを出て寮に戻った。夏は夜も暑いのに、繋いだ手のぬくもりは不思議と嫌じゃなくて。むしろそれは心地良く思えて。歩きながらうとうととし始めた俺に雪男が何か言っていた気がするけど、俺は返事したのかもわからないぐらい眠たくなってて。良かった、なんとか眠れそうだ。なんて、的外れなことを考えていた。それでも雪男の声しか聞こえないこの時間が続けばいいのにとか矛盾したことを考えてみたり。


「兄さん」

「……ん?」

「寝ないでね」

「ん」

「もうすぐ寮に着くからね」「ん」

「兄さん、好きだよ」

「………」

「…そこは寝ぼけてでも返事してほしいんだけど」

「………俺も、」

「ん?」

「…俺も、うきお好き…」

「……ぶはっ、うきおって誰だよ」


ふわふわして、少しだけ髪を揺らす夜の風が気持ち良くて。それと、雪男の笑い声が聞こえて。


「…幸せだね」

「…ん」


幸せだな、って思った。





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