・雪燐
・某忍者漫画パロっぽい
・捏造率かなり高めです




「時は満ちた」


しんと静まり返った部屋の中、月明かりを背に受けた里で一番偉い人間が重々しく口を開いた。里の人間の大半はとうに寝静まっている頃だろう。フクロウや虫の鳴く声がどこか遠くから聞こえ、日中の活気に溢れた人々の声は今は聞こえない。ただ、満月がうるさいほど明るいぐらいだろうか。部屋の電気を点けていなくともまるでスポットライトを浴びているかのように明るい。
里長――この里では”火影”と呼んでいる――は沢山の書類が積み上げられた執務机に肘をつき、顔の前で手を組んだ。逆光でその表情はうかがえないが、あまり喜ばしい表情でないことは確かだろう。
その火影の正面に立つ人間の顔は狐の面を着けているため全くわからないが、両腰に装備された里ではあまり見かけることのない拳銃がやけに目を引く。分かることといえば性別が男であるということぐらいだ。


「約束通り、お前の望んでいる相手と会わせてやる」

「…暗部での任務は、もう良いのですか」


暗部――暗殺戦術特殊部隊――というのはその名の通り暗殺を主にした特殊な任務をこなすため選ばれた忍者の部隊のことを指すのだが、男が身に着けている狐の面はその暗部に所属していることを示す要素の一つでもある。
特殊な任務を主とし極秘任務もこなす暗部では名を捨て、身元を捨てるのが掟であり絶対的な条件でもあった。なので戦争で離散した家族の子供が入隊していることも多く、どのような任務でも全うできるように余計な感情を捨てる術や、忍術や体術を叩きこまれる。
男は、その典型的なパターンの一人だった。


「会わせると言ってもこれは条件付きの謁見だ。お前が条件を満たせばただちに暗部へと戻ってきてもらう」

「条件、ですか…それはどのようなものですか」

「勿論お前にとっても悪い条件ではないが」

「お前”も”ということは、そちら側にも利益になるということですね」


火影は答える代わりに顔を上げて呆れたような笑い声を漏らした。暗部の男はその様子にピクリとも動くことはなくただその場で影のように立ったままだ。


「お前のそういう勘のいいところも気に入っていてな、本来なら火影直属の暗部要員にしたいところなんだが」
「……………」

「わかっているさ、これでもお前が暗部に入隊するときに出された条件は呑んでいるつもりだ。…それよりも今回の条件、だよな」

「早急にお願いします。こちらは15年間も待ち望んでいたことなんですから」

「わかっている、ではこちらが条件を提示した後、それを満たすまでお前は明日から忍者学校(アカデミー)の上忍教師だ。科目はお前の得意な薬草学で枠をとってある」

「はい」

「では、お前に課す条件は―――」





「燐!」


鈴を転がしたような可憐な声が週末で賑わう里の商店街で一人の青年にかけられた。青年が振り返るとクリーム色の髪を揺らした少女が駆け寄って来ていた。少女の髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いており、椿の花が装飾されたレトロ柄のカチューシャが着物のような服装と馴染んでいてとても似合っている。
そんなしえみをは対照的に、燐と呼ばれた青年は黒いラフな服装で髪は太陽の光を浴びるとうっすら青みがかって見える。


「なんだ、しえみじゃねぇか」

「会うの久しぶりだね、いつ任務から帰って来てたの?」

「昨日帰ってきたとこ。しえみは?これからどこか行くのか?」

「うん、図書館に行って勉強しようかなって」


ぶらぶらと人ごみの間を縫うように歩きながら世間話を交わす。下忍になると組むことになるスリーマンセルでも同じ班だったしえみだが、お互いが中忍になってからは半も解散となり、同じ里に住んでいようとも任務の入れ違いで会う回数も必然的に以前より減ってしまっていたのだ。こうして二人で肩を並べて歩くのは実に久しぶりだった。


「勉強って…お前お袋さんの店の手伝いもあるんだろ?スゲー大変じゃねぇか」

「実はね……私、い、医療忍者の資格を目指そうと思うの…」

「げぇっ…医療忍術ってめちゃくちゃムズカシーんだぞ!?…まぁ、俺もちょうど図書館行くところだったから付いていくけど」

「えっ…燐が図書館…!?」

「何でそこで驚くんだよ!?俺だって本ぐらい読むっつーの!!」

「そ、そういうつもりじゃないんだよ!?あぁっ!燐待ってー!」


そうこうしているうちに到着した図書館では、幅広い年齢層の里の人間が書物を漁り調べ物をしていた。元々勉強が苦手で忍者学校でも底辺中の底辺だった燐は、その勤勉さ漂う空気に入り口でノックアウトされそうだったが、ぐっと堪えてしえみの後について中へと入っていった。


「じゃあ私は医療忍術の棚にいるから、また後でね」

「お、おう…また後で」


館内の案内板を見ながら料理本の棚を目指す。任務続きで疲れた体を癒すためにも、今日は一日中家でゴロゴロしようかとも考えていた。けれどふと腹が減り、任務でろくなものを食べていなかったこともあって、どうせなら普段見ない料理本でも見ながら料理をしようかと思い立ったのだ。そして久しぶりに同級生達を家に呼んで、何でもない日のパーティーでもしようかと。思い立ったら吉日、頭で考えるより即行動。
しえみと遭遇したのは予想外だったが、どうせ後で声をかけるつもりだったのでこれはこれで良しとしよう。
ぼぉっと綺麗に整頓された背表紙を眺めながら歩く。忍びの里の図書館というだけあって中にはかなり風変わりなタイトルのものも存在したが、それらは後で暇つぶしとして読むことにしよう。どうせしえみが帰宅するのはもっと後になるだろうから。
燐はしえみが抱えていた鞄(おそらく中に勉強用具が入っているのだろう)を脳裏に浮かべながらため息を吐いた。
気になった本を数冊抱えて机のあるスペースへと移動する。大きな机がいくつも並んで置かれているこのスペースでは、普段から沢山の人が勉強や調べものをしている。燐はその中でも一番奥の窓側の席を選んで座った。パラパラと本をめくってめぼしい料理のレシピをざっくりとメモしていく(どうせ作っている過程でオリジナルレシピになるのだろうけど)。けれどこの作業は案外早く終わってしまって、手持無沙汰になった燐はそのまま机に突っ伏してうとうとと睡魔に眠りへと誘われていった。



どのくらい眠っていたのだろうか。窓の外を見ると既に太陽は真っ赤な夕日へと変わっていて、あぁしまった寝すぎてしまったと慌てて顔を上げると、正面の席に座っていた男がびくりと肩を震わせた。つられて燐の肩もびくりと跳ね上がり、二人の間に沈黙が流れる。
おそらく燐が寝ている間に座ったのであろうその男の目は綺麗な深緑色(しえみも緑色だけどそれよりももっと深い緑色だった)をしており、今は燐に驚いて真ん丸に見開かれている。お互いになんとなく視線が外せず数秒の時間が流れたが、先に男がメガネのブリッジを押し上げて読んでいた本に視線を戻した。
燐は男越しにこちらへ歩いてくるしえみを見つけたので、慌てて本を抱え、男に軽く会釈をしてから席を立った。男も会釈を返しくれたことにどことなくほっとしながら燐は真っ直ぐしえみの元に駆け寄った。


「燐も調べもの終わったの?」

「えっ、あ、あぁうん、勿論!バッチリ!しえみも勉強できたのか?」

「うん、出来たよ。あのね!素敵な男の人に棚の本を取ってもらってね、すっごく助かったの!」

「そーかそーか、お前は昔からぼーっとしてんだから気を付けろよ。襲われんぞ」

「おっ、おおお襲われ…!?」

「あーはいはい、んじゃこれから勝呂とか呼んで俺んちでメシ食おーぜ」

「わぁ…っ!賛成!私出雲ちゃんと朴ちゃん呼んでくるね!」

「おー頼んだ」


燐としえみが図書館から出て行き、扉が閉まったのを確認するとメガネの男は机に突っ伏した。ゴツン、と凄い音がしたので近くを通りかかった司書が心配して声をかけたのだが(もしかしたらメガネも割れたかもしれない)、それに答えることなく目を閉じて火影に言われた言葉を思い出していた。


『お前に出された条件は二つ。一つは、医療忍術を習得すること。元々お前は医療忍者を志望していたんだ。悪い話ではないだろう。もう一つは、決してお前の身元を明かさないこと。…いくら15年ぶりにお兄さんに再会できたからって、絶対自分が弟だって言ってはならないからな』

『わかっています』

『…まぁ、言ったところで相手はお前のことを知らないんだけどな』

『…それも、』


「わかってますよ」

「えっ、あ、大丈夫、ですか…?」


突然起き上った男に司書は驚いていそいそと立ち去ってしまった。男は構わずメガネをかけ直して本を閉じ、脇に置いてあった忍者学校の身分証明書を手に取る。そこには”上忍 薬学科 ユキ”と書かれている。ユキは勿論偽名だ。本当の名前はとうに捨ててしまっているため、これは火影が名づけた名前だった。


「……兄さん」


先程まで燐が座っていた椅子を見つめて目を閉じる。
自分とは全く似ていない顔立ち、綺麗な深く穏やかな青色の目、驚いた拍子にのぞき見えた八重歯。自分とは真逆のような容姿をしているのに、血の繋がったたった一人の双子の兄弟。


「やっと会えた」


ずっと会いたくて、一目会いたくて、15年間心を捨てて任務をこなしてきた。その反動が着てしまったのだろうか。一度会ってしまえば今度は話してみたくなる、触れてみたくなる。栓をしたはずの感情が情けないぐらい簡単に溢れ出てくる。
条件を満たすまではユキのままでいられる。この姿のうちにせめて言葉を交わすぐらいはしてみたい。
嬉しいような、切ないような、何とも言えない複雑な表情を浮かべてユキは席を立った。






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