もしもし、




・雪(→)(←?)燐




今でも時々思い出すことがある。
たしかあれは小学一年生の頃だっただろうか。二段ベッドの上で座り込む小さな僕の手には紙コップが握られていて、コップの底に繋がれている糸は下の段のベッドまで垂れていた。ドキドキしながらそれを耳に近付けると聞こえてくる兄さんの声。


「も、もしもし?きこえるか、ゆきお?」


こちらの様子を窺いながらもワクワクが抑えきれないと言わんばかりの幼い兄さんの声。コップから声が漏れないように気を使っているのか、それは小さなボソボソ声だった。その小さな声が糸を振動させて二段ベッドの上にいる僕の耳に届く。
声が途切れて、ベッドの下から息を潜める音が聞こえる。きっと兄さんは今頃コップを耳に当てているのだろう。何を話したらいいのか分からないまま今度は僕がコップに口を当てる。何度か口を迷うかのように開閉させたそこからまだ幼くて僕の声が飛び出した。


「にいさん、」




あの時の僕は何と言ったんだっけか。


目を開けると真っ先に飛び込んできたのは白い天井。ぼやける目をこらして辺りを見回す。真っ白なカーテンに囲まれたその部屋には消毒液の匂いが充満している。間違いない、ここは保健室だ。
なぜこんなところで寝ているのだろうと不思議に思いながら上半身を起こしてメガネを探す。メガネは枕のすぐ隣に置かれていた。自分の足でここまで歩いてきた記憶はないので、きっと誰かに運ばれてきたのだろう。けれどそれが誰なのか皆目見当がつかない。


「気が付いたのか雪男」

「兄さん…どうしてここに」


カーテンが開けられて燐がひょっこりと顔を覗かせた。なんだろう、なんだか違和感がある。


「…?なんだよ、どうかしたのか?」

「別に、どうもしないけど」


燐は怪訝そうな顔で雪男を見やる。そんなにあからさまに顔に出ていただろうかと、雪男はメガネを外して眉間を揉みほぐす。渋い顔をしながら燐がベッドに腰掛け、ぎしりと重たい音と共にベッドが沈んだ。
振り返った燐は真剣な目でじっと雪男を捉えた。まるでその深い青に呑み込まれてしまいそうだ。


「最近のお前、なんか変だぞ。悩みがあるなら相談してくれてもいいじゃねぇか。…そりゃ、流石に悪魔関係のことは俺だってどうしようもできねぇけどさ……俺、お前の兄ちゃんだろ」

「ごめん…全く状況が理解できないんだけど」

「お前倒れたんだよ。昼休みにお前に弁当を届けようとしたら、その…お前が女子からの弁当攻めにあっててさ。波が引くまで待とうと思ったんだけど、その前にお前がぶっ倒れて、それで…」

「あー…なるほど、ちょっと思い出してきた。ここのとこ仕事が立て込んでてあまり眠ってなかったからかな。兄さんはもう戻っていいよ、僕もすぐ教室に戻るから」

「お前なぁ……」


ムッとした燐がベッドから出ようとする雪男を引っ張り込んで再びベッドに縫い付ける。突然のことに目を丸くするが、燐はいたって真面目だ。少々乱暴に押さえつけられたためにメガネがズレてしまった。


「倒れるぐらい疲れてるっつーのに何で立ち上がろうとしてんだよ!もう午後の授業もあと一限しかねーんだし、お前は塾の時間になるまでここで休んでろ」

「…そんなこと出来るわけ…」

「兄ちゃんの言うことが聞けねぇのか!俺はお前が心配で言ってんだよ」

「兄さんの気持ちはわかるし言ってることもわかるけど、少しでも授業が遅れると後が大変なんだよ。奨学金を受けている身としては遅れをとらないようにしないとね」

「けど…!」

「ありがとう、僕は大丈夫だから。……それより早く退いてくれないかな…重いよ」

「…ッ!?わ、悪ぃ…!」


馬乗りになっていた燐が慌てて雪男の腹の上から降りる。なんだか居たたまれなくてベッドの隅で小さくなってしまった燐に雪男は教室へ帰るようにと促した。けれど燐も頑なに帰ろうとせず、首をぶんぶんと横に振る。困った雪男が溜息を吐くと、燐はおもむろに隣のベッドへ移動してごろりと寝転んだ。まさかとは思うが自分も具合が悪いとでも言ってここに留まろうとするつもりか。いやいやそんな、いくらなんでもそんな子供みたいなこと15にもなる男子高校生が言うはずは…


「俺も具合悪ぃからここに残る」

「…子供かよ……兄さんがここに残ったとしてもそれで僕の授業の遅れを取り戻すことができるわけじゃないんだから」

「そ、それはそうかもしんねぇけど……でも!お前一人じゃねぇんだからさ!少しでも寝とけって、なっ?」


燐は意地でも雪男を寝かせたいようだ。雪男はそんな燐と腕時計を交互に見て溜息を吐いた。ネクタイを緩めて投槍気味にベッドに沈む。


「………勝手にしろよ、もう」




そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。実質的にはそんなに時間は経っていなかったと思う。せいぜい10分か20分そこらだ。けれど寝息も聞こえなければ互いの動く気配すらないこの空間はとてもじゃないが居心地が悪い。


(寝ろと言ったくせに、これじゃ全く眠れない)


隣で寝るなんてことは寮では日常茶飯事で、特別変わったことではない。それでも、隣に燐がいるというだけで心臓がゆっくりと穏やかに加速する。これはきっと保健室というイレギュラー空間だから、なんて言い訳はもうしない。
こんな風に思うようになったのは、いつからだっけ。
ぎゅっと目を閉じて静かに息を吐く。あぁ、駄目だ、意識してはいけないと思えば思うほど燐の一挙手一投足に意識を向けてしまう。


「雪男さ、覚えてるか?」

「…何を?ていうか、僕を寝かせるつもりじゃなかったの?」

「それもそうだけどさ、これだけ……お前、ガキん時に修道院の二段ベッドで糸電話したの覚えてるか?」

「…さぁ?そんなことあったっけ?」

「おまっ…覚えてねーのかよ」


雪男が燐の方を向くことはない。きっと燐もこちらを見てはいない。二人して真っ白な天井を見つめながらの会話だ。静かな保健室で燐の声だけがはっきりとクリアに響く。まだまだ未発達なテノールに雪男はもう一度目を閉じた。


「あん時はさぁ、お前も俺も何でこんな紙コップと糸で電話みてぇにお互いの声が聞こえるんだってすっげー騒いだよな。ジジィにメシだって呼ばれても二人で糸電話しながら食堂に向かったりしてさー。来るのが遅ぇ!って怒られたっけ」

「……………」


懐かしそうに話す燐の声が鼓膜を震わせる。覚えてない、なんて、そんなことあるはずがない。燐よりも覚えてると言ってもいいぐらいだ。
父である藤本神父に教えてもらった糸電話がブームになった雪男と燐は、二段ベッドのある自室で毎日のように糸電話をして遊んでいた。燐が下で、雪男は上。お互いの声が紙コップから漏れてしまわないように小さな手で紙コップをしっかりと包み込んで話す会話。二人だけの内緒話、中でも他の誰も知りえない燐の秘密の話を自分だけが知っているという優越感はその頃から雪男にとって特別なことだった。
その後、糸電話ブームは小学2年生に上がるまで続いた。我ながらよくもまぁそんなに続いたものだと感心するが、この遊びをやめた封切は燐の一言がきっかけだったことは今でもよく覚えているのだが、肝心の何を言われたのかということだけが上手く思い出せない。


「楽しかったよな、あれ。俺今でも雪男と何の話したのか覚えてるんだぜ?お前がオネショしたこととかさー」

「ちょっと!そんなことは言ってないよ!大体、オネショなんて僕はしなかったし」

「あっれぇ?雪男君覚えてなかったんじゃねーのぉ?」


わざと煽るような口ぶりの燐に雪男は頬の筋肉をひくつかせる。その口ぶりから雪男を寝かせる気がないように思えてしまう。燐はまだこちらを見ないし雪男も動かない。けれどきっとその顔はニヤニヤと意地悪く笑っているのだろう。


「………僕らが話してたのはその日の夕食当てゲームとか、兄さんが忘れ物をして先生に怒られたり学校サボったことを内緒にしろっていう話とか、あとは…兄さんが神父さんの大事にしてた日本酒の酒瓶を割ったことを内緒にしろとか、それから…」

「おいちょっと待て!そ、そんなこと話したっけか…!?」

「話したよ。僕の方が兄さんより覚えてる自信あるね」

「なんだよ急に…さっきは覚えてないって言ってたくせに…」

「兄さんがありもしないようなことを言うからだろ」

「…雪男、お前最近ますます性格が捻くれてきたよな…兄ちゃんはお前の将来が心配だわ」

「兄さんに心配されるほど僕は将来に絶望してなんてしていないよ」

「おいそれどういう意味だっ!!」


口調は怒っているようだがそこに本気の怒りは含まれていない。暫しの沈黙が続いたが、すぐに沈黙に耐え切れなくなった燐が笑い声を噴き出した。
相変わらず消毒液の匂いが染みついている保健室に保健教諭が戻ってくる気配はない。完全に眠気が吹き飛んだ雪男はどうしたものかと考える。授業へ戻る気はとうに失せていて、だからといってこれから保健室を出て時間を潰そうなんて気も起きない。塾が始まるまでまだまだ時間もある。そうだ、燐だけでも教室に返して残っていた書類を塾の職員室で片付けるのはどうだろうか。
これは名案だと雪男はベッドから起き上がる。と、同時に隣のベッドに寝ていた燐も勢いよく起きあがった。図らずも双子っぽい行動をとってしまったことに雪男はほんの少し眉をしかめる。


「そーだ!雪男、ちょっと待ってろ」

「何だよ突然…」

「いいからちょっと待ってろって、すぐだからさ」


軽い身のこなしでベッドから抜け出した燐はそのままカーテンを開いて保健室を飛び出して行ってしまった。待ってろ、とは言われたが別にその言葉に従おうという素直さは残念なことに雪男は持ち合わせていない。
何はともあれ、これで塾へ出向こうとする雪男を咎める人間はいなくなった。ベッドから足を降ろしていつの間にか脱がされていた靴下(燐が脱がしたのだろう)を足もとに置かれていた籠から拾って靴も履く。カーテンを開くと僅かながら保健室の匂いが強くなった気がした。不用心なことに窓は開けっぱなしにされていて、外から入ってくる風が真っ白なカーテンを揺らしている。
雪男は普段教諭が座っているであろう黒の丸椅子に腰かけた。ここからだと保健室の扉がよく見える。燐の言葉に従うつもりはないが、雪男の足は何故か保健室を出て行こうとはしなかった。どうせ急ぎの書類というわけでもないのだ。燐が何を考えているのかはさっぱりわからないが、ちょっとぐらい燐に付き合ってもおつりがくるぐらいには時間がある。
グレーの事務机に右腕を置き、そこらじゅうに並べられている薬品や医療道具に目線を走らせながら、雪男は先ほどの燐との会話を思い出していた。燐には言っていなかった思い出の続きだ。


『なぁなぁ、ゆきお!おまえ、”しょーらい”は何になるんだ?』

『"しょーらい”?…ぼくはおいしゃさんがいいなぁ…兄さんは?何になるの?』

『おれ?おれは…そうだなぁ……カッコいいおとなになる!』

『カッコいいおとな…』

『そーだ!ゆきおがおいしゃさんになるまで、おれがゆきおをしっかり”さぽーと”してやる!カッコいいおとなだったらそれぐらいできるんだぞ!スゲーだろ!』

『ッ、うん!すごい!じゃあぼくは、』


僕は、………何だったっけ。
燐の言葉はこんなに覚えているのに自分が言ったことだけが曖昧になってしまっていて。思い出そうと脳に命令を出すものの、考えれば考えるほど記憶にもやがかかってそれを妨害してしまう。もどかしくて背中がむずむずし始めた。


「おっ!ちゃんと待ってたんだな!エライぞ雪男!」

「別に兄さんを待ってたわけじゃないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

「へーへーそうですか」


突っかかってくるだろうなと予想しながら吐いた言葉に大して興味を示さなかった燐に雪男はキョトンとする。燐はそんな雪男などお構いなしに辺りを見回して何かを探しているようだ。


「あった!ちょっと借りますよーっと」

「おい、勝手に触るなよ」

「いーじゃねぇか、どうせ学校の運営費だろ。ケチケチすんなよ!」


それから燐は雪男に場所を代われと言った。燐の口から少々難しい言葉が出たことにも驚いたが、それ以上に雪男は燐が手に持っている物に目を奪われた。手際よく動かされる燐の手には針と糸が握られている。まさか裁縫を始める気ではないだろうな、とは流石に思わない。紙コップと糸、それから先程の話からしてきっと燐は今から糸電話を作るつもりなのだろう。その証拠に、コップの底に穴をあけて糸を通す燐の傍にセロハンテープを置いてやれば、悪戯が見つかった子供の様な顔で燐は「バレちまったな」と笑った。


「針と糸なんてどこから持ってきたの」

「被服室まで行こうかと思ったんだけど、途中でたまたま会った出雲に借りたんだよ」


なるほど、だから燐のポケットから可愛らしいソーイングセットが顔を覗かせているのか。けれど何故今糸電話を…?
雪男は燐の隣にあった椅子に座る。真剣な表情でてきぱきと手を動かす燐を眺めている間、二人の間にはカーテンの揺れる音と、体育をしている最中であろう生徒の声が流れていた。


「よし!できた!こっちが雪男でこっちが俺な。いいか?ゼッテーに声を漏らすなよ?」

「はいはい…、じゃあ糸を張るね」


糸の振動で相手に声が伝わる糸電話の仕組みに欠かせない条件、それは糸がぴんと張っているかということだ。雪男は椅子を片手にそろりそろりと糸を張っていく。ある程度糸が張ったところで椅子に座り、コップを耳に当てた。


「いいかー?喋るぞ?」

「いつでもいいよ」


こんな現場を保健教諭に見られたら怒られるだろうな、と苦笑を零しながら雪男は耳に神経を集中させる。最早何のために保健室にいるのか分からなくなってしまった二人だったが、そんなことはどうでもよくなってしまうぐらい、この時の二人はたしかに小さな幼子の気持ちに戻っていた。


「もしもし、聞こえるか?」

「うん、聞こえてるよ」

「なんか懐かしいなー」

「そうだね、懐かしい」

「…………」


燐からの返事が来ないことを不思議に思い、雪男は閉じていた目を開いた。その目にはためらった様子で紙コップを持つ燐が映っていた。雪男に見られてハッとした燐が慌てて紙コップを口に近付けるので、雪男も慌ててコップを耳に当てる。なんだ、さっき一瞬だけ感じた変な空気は。
どきんどきん、と心臓がゆっくり加速し始める。


「お前はさ、祓魔師も塾の先生も頑張ってる上に俺のことまで気にかけてくれてさ……その、……ありがとな」


思わず燐の顔をまじまじと見つめる。こんなに素直に礼を言われたのは初めてだ。燐は照れ隠しからかこちらを睨み返してはいるが、それでもまだ何かしゃべる気の様だ。先を促すように雪男は耳にコップをしっかりと当て直す。


「でもお前は医者になりてぇんだろ?俺、あの時の約束は何が何でも守るつもりだからな。お前が勉強に集中できるように、俺はカッコいい大人になって、ついでに聖騎士にもなってお前を支えてやる」


燐が口からコップを離した。すかさず今度は雪男がコップを口に当てる。それは至極自然な動きだった。まるで喉から溢れる言葉を取り零してしまわないようにとしているかのようだった。


「じゃあ僕は、そんな兄さんを支えられるような医者になる。兄さんが支えてくれた分、今度は僕が兄さんを支えるよ」

「ハァ…!?」


聞こえてきた燐の声は電話を通したものではなかった。直接空気を震わせて雪男の鼓膜を震わせる。


「おまっ…ガキん時にも同じこと言ってたけどよ、それじゃ無限ループになって終わらねぇじゃん!俺はお前に今まで沢山苦労をかけてきた分今度は俺が支えてやるって言ってんだ、そんなことしたら意味が無くなっちまうだろ」

「それでいいんだよ」


燐の動きが止まる。まるで他の音が消えてしまったのではないかと錯覚するほどクリアに雪男の声が聞こえたからだ。雪男は静かに息を吸って表情を硬くした。それはまるで、何か大きな決意を発表するかのような顔つきだった。


「もし僕が医者になったら、兄さんはどうするつもり?」

「…俺は……、」

「どうせバイトでもしながら祓魔師の任務をこなして一人暮らしをするつもりなんだろ?…僕の元を離れて」


図星を突かれた燐は黙り込んだ。


「そんなことしたって僕は祓魔師をやめるつもりはないし、結局は任務で兄さんと顔を合わせることになる。これは単なる我儘だけど兄さんの料理を食べたいから作りに来てくれと頼むことになるとも思う。…だったら、離れる必要性はどこにあるの?まさか僕のためとか言うつもりじゃないだろうな」

「…そうだよ、ワリーかよ。今日みてぇにぶっ倒れるまで仕事してて、お前はつらいと思ったことはねーのか?俺は兄貴としてお前に幸せな人生を掴んでほしい。そのためだったら俺は何でもするつもりだけど、そこに俺はいちゃいけない。半分とはいえど結局俺は悪魔なんだ。これから先、ヴァチカンの俺や…弟のお前に対する態度は変わることはねぇと思う。だからせめて、俺は…」

「…ッ、何で僕の言ってることがわかんねぇんだよバカ兄…!」


保健室で大きな声が破裂した。声を出した本人は驚いた素振りを見せることなく、そのままその勢いを失わずに言葉を捲し立てた。


「今更悪魔ぶってんじゃねぇよ!そんなの、兄さんが聖騎士になってヴァチカン本部に認めさせれば済む話じゃないか!僕は兄さんが悪魔だろうと人間だろうと一緒にいたいって言ってんだよ!そんなことで遠慮なんかするなっ、…僕らは家族で、」


目頭が熱くなりそうになるのをぐっとこらえながら雪男は言葉を絞り出した。


「…兄弟、だろ……」

「雪男……」


鼻がつんとして泣きそうになる。こんなに感情を表に出したのは久しぶりだった。
知らぬうちに近くに来ていた燐がおもむろに雪男を抱きしめる。


「……わかった、お前の気が済むまで俺はお前と一緒にいる」

「……………」

「だから今はせいぜい嬉し泣きでもしとくんだな!」

「だっ、誰が嬉し泣きなんか…!!」

「はいはい、分かってるって」


ぽんぽん、と雪男の背中を叩く燐の手はあの頃の小さな手とは違う。まだ未発達だがそれは青年の逞しい手だった。幼い頃から銃を握り続けていた自分の手とは違って、けれど、きっとこの先剣を握り続けることになるであろう手。本当に幸せを掴み取ってほしかったのは兄さんの手のはずだったのに。
雪男はゆっくりと瞼を下した。



もしも兄に幸せを掴むその時が来たとしても、僕の気が済むことは無いだろうと確信しながら。





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ついったでもリアルでもお世話になっている那爪様に捧げます


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