Welcome to my life! ・雪燐(15&25) ・パロディ なんてこった。 「…えぇっと、つまりあなたは十年後の僕で…?」 「はい」 「隣にいるお前は十年後の俺…!?」 「そーいうこと!」 雪男はメガネをずらして眉間をつまんだ。そこに浮かぶ皺は燐が今まで見てきた中でも五本の指には入るんじゃないだろうかと思うぐらいに深くて、何故だか相当な疲労感を漂わせていた。しょうがない、と口で言ってしまうのは簡単だが現実にはそうも上手く事は運ばれない。何とか現状を理解把握して解決への道筋を見出そうとしている雪男の隣で、既に驚愕と困惑の領域を脱して十年後の自分に対しキャッキャッと無邪気にはしゃぐ燐を睨んで黙らせた。燐と同様に尻尾も項垂れる。 「言っとくけど十年後の雪男の方が(色んな意味で)コエーぞ」 「まじで…!?今以上に怖いとかあんま想像したくねぇっつーか想像出来ねぇんだけど…」 同じような(けどやはりどこか違う)声で話される会話が横からボソボソと聞こえてくるが、こちらはこちらで確認しなければいけないことがある。ツッコみたい気持ちをぐっと抑えて、雪男は今より更に幾分か背が伸びている十年後の自分へと向き直った。自分の未熟さを認めるようで悔しいが、その顔は今の自分と違って落ち着いた顔をしている。勿論この場合表情のことを言っているのではなく身に纏う雰囲気のことを指すのだが、どちらかというと顔つきのことを言われるよりも”余裕があるかないか”の雰囲気を問われる方が居たたまれない。 静かに息を吐いて雪男はゆっくりと口を開いた。 「少し整理させてください。…あなた達は任務からの帰宅後、家の扉を開いたらどういうわけか僕達のいるこの旧男子寮にいた。…そういうことなんですね?」 「さすが僕…!理解が早くて助かるよ」 「正しくは俺達の住んでるマンションの玄関を開いたら、なんだけどなー」 「えっ!お前らマンションなんかに住んでんのか!?」 ほっと胸を撫で下ろす十年後の雪男とその隣でなにやら意味深気味にニヤニヤと笑顔を浮かべる十年後の燐。15歳の燐は少々的外れな食いつきを見せていたが、そちらはどうやら十年後の燐が相手をしてくれそうなので雪男はもう一度自分に向き直って話を続けた。 「で、あなた方にも原因が全く分からない、と…」 「えぇ…もしもこの現象が魔障だとしても、このような魔障をもたらす悪魔に心当たりはないし、何かこのような事態を引き起こす原因があるのだとしたら……考えたくはないけど”あの人”かもしれない」 「……フェレス卿、ですか」 「……こういう場合、未来を教えるようなことはあまり言わない方がいいのかもしれないけれど、十年前の僕を見ていたらあまりにも不憫に思えてきたから忠告しておくよ。この先もっとフェレス卿は胃に負担がかかるようなことをしてくるから気をつけてね。あぁ、それから兄さんにもね」 どこか遠い目をしてそう言う十年後の自分を見た雪男は思わず頭を抱えたくなってしまった。十年後だろうが何だろうが、今目の前にいるもう一人の僕は、間違いなく僕がこれから先経験するであろう苦楽を既に経験している人物に変わりはないわけで。その言葉には異様な重みが含まれているような気がした。しかも兄の燐も絡んでくるとなると、これは相当な覚悟をしなければならないのかもしれない。現時点で既に胃が悲鳴を上げ始めているような気がした。 「そうだ、フェレス卿に電話してみるのはどうですか?もしかしたら十年後のフェレス卿に繋がって解決策が見つかるかもしれない」 「あー…それなら今やってるけど」 雪男の提案に答えたのは十年後の雪男ではなく十年後の燐であった。手に持っている携帯電話は現在の燐が騎士団から支給されているものではないので、おそらく彼らの時代のモデルなのだろう。シンプルなダークブルーのそれを燐がちらちらと気にしていたので雪男も思わずじっと見てしまったのだが、対照的に段々曇り始めた十年後の燐の顔を見て現実に引き戻される。 「メフィストの奴電話に出ねーぞ」 「繋がらない、か…」 「僕がかけてみましょうか?」 がっくりと肩を落とす十年後の雪男に代わって雪男は自身の携帯を素早く操作しメフィストへ繋がる電話番号を引っ張り出してくる。数度の呼び出し音の後、いつものあのエンターティナーのような軽い調子の声が聞こえてきた。 「おやおや奥村先生、あなたの方から電話をしてくるというのは珍しいですねぇ」 「フェレス卿…!」 すぐさまアイコンタクトでメフィストが応対した旨を伝えると、三人はこぞって雪男の携帯電話に耳を傾けた。雪男もフリーハンドボタンを押して三人に会話の内容が聞こえるようにする。 「―――ということがあったのですが、フェレス卿に何か心当たりはないかと」 「ありませんねぇ」 「………は?」 即答された言葉に四人の周囲の空気に亀裂が入る。そもそも全ての原因がメフィストにあるなんていうのはただの仮説であり、言ってしまえば勝手な妄想ともいえる。つまり、メフィストが知らないと言うのは別におかしなことではないのだ。それでも雪男が思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは、今のメフィストの言葉にはそれほどまでの衝撃があったからだということを是非とも感じ取っていただきたい。 小さく深呼吸をし、気を取り直して言葉を紡ぎだそうと口を開いた雪男を遮るかのようにメフィストは十年後の雪男を電話口へと呼んだ。どうやらフリーハンド機能を停止させて二人きりで話がしたいらしい。十年後の燐はいぶかしげな眼で部屋を出る雪男の背中を見送ったが、数分後部屋に戻ってきた雪男のぐったりとした姿を見て慌てて駆け寄っていった。電話は切られているようなので話はついたのだろう。燐と雪男も十年後の燐に続いて十年後の雪男の元へと集まる。 「僕らがタイムスリップしてしまったことについて、詳しいことはフェレス卿が調べてくれるみたい…なんだけど…」 「けど…?」 「もったいぶってねーでさっさと言えよ」 燐コンビが十年後の雪男に先へ先へと促している。聞かなくともなんとなく話の先が読めたような気がした雪男は黙って自分の言葉を待っていた。 「原因が分かるまでの間はこっちで過ごせって言われた…」 「え!?まじで!?」 「ちょっ…!!じゃあ任務はどうすんだよ!?クロだってマンションに残してきてんだぞ!?」 「任務に関してもクロのことに関してもフェレス卿がなんとかしてくれるから心配はいらないって」 「あのピエロ…何を根拠にそんなユーチョーなこと言ってやがんだよ…!!」 「さぁ…?でも今の僕らにはこれ以上のことは何もできないみたいだし…」 ちらり、と十年後の雪男が雪男と燐を見やる。つられて十年後の燐も同じように二人を見るので言葉の続きを察した雪男はおずおずと口を開いた。 「あの…ここならいくらでも部屋は余っていますし、布団も後で僕らが調達しに行ってきますのでお好きに使ってください」 「おー!さっすが俺の弟!!頼りになるところは相変わらずというか当たり前というか…!」 「わっぷ!?ちょっ、と!!くっつかないでください暑苦しい!!」 「そうだよ兄さん!離れてあげて!僕がかわいそう!」 「いいじゃねーかよ少しくらい!ハァ…なんつーか、十年前のお前って可愛かったんだな…今じゃすっかり反対鬼畜メガネになっちまいやがっムゴッ!!?」 「それ以上余計なことを言ったら殴るからね」 「もう殴ってんじゃねーか!!!」 そんなやり取りに溜息を吐く雪男と少々引き気味に首を傾げる燐の知らぬところでメフィストが口角を上げたのはまた別のお話。 [*前] | [次#] ← |