Made in your love.





・雪男と燐
・気持ちは雪燐




普段は学び舎として使われている教室。ここはまるまる一室を男子更衣室兼待機室として使われているのだろう。模擬店として使用している各教室には置けなかった備品などもごちゃごちゃと置かれていて、一目見ただけでも気持ちが高揚してくる。様々な衣装に着替えている男子生徒達もこれから始まる文化祭が楽しみにしているようで。


「ぶっ!?ひゃひゃひゃひゃ!!」

「…………」


そんな中、大きな笑い声がどかんと響いた。驚いた何人かが笑い声の主を方を振り返ったが、状況を察すると憐みの視線だけ向けて各々の作業に戻っていく。


「おま……それはナイわ…」

「…………」

「志摩さん笑いすぎです!うわあぁっ、奥村君気にせんとってください」

「…………グスッ」

「奥村…お前もその姿で泣くなや、な?交代時間が来たらすぐ脱げばええんやさかい」

「そうですよ、ちょっとの間辛抱するだけですし…ね?」

「……………」

「だーいじょうぶやってぇ、メイド服ごっつ似合てる…から……ブフォッ!!」

「………ズビッ…もう、脱ぐ」

「志摩さん!!」


ゴツン、と子猫丸の小さな体から繰り出された鉄拳がピンク髪をした少年の肩を狙い打った。本当は頭に拳骨を落としたかったのだろうが、残念ながら身長的な問題で肩を殴ることしかできなかったのだろう。同じく隣で志摩の頭に鉄拳を食らわそうとしていた勝呂はいつもは温厚で優しい子猫丸の怒りっぷりに思わずその手を引っ込める。いつだったか、エレベーターの中で身長のことを言われてブチ切れた子猫丸を思い出した。仏の顔も三度までという言葉があるが、子猫丸の場合、地雷を踏んでしまったら仏の顔も何もないようだ。


「たしかに役割分担を決める時に居眠りしてはった奥村君に非はあるけども、男としての大ッ事なプライドを削ってこないな格好をしてはるんやで!笑ったらあきまへん!!」

「子猫丸うう…ッ」

「か、勘忍やで子猫さん…ッ」


京都に帰ると柔造に抱きかかえられたり可愛いなどと言われてプライドをごっそり削られてしまう子猫丸(しかも柔造に悪意はないので強く言い返せない)にとって、燐の今の状況を笑う人間は許し難かったのだろう。いくら怒られ慣れている志摩とはいえど流石にたじろいでしまうぐらいの迫力がある。黒を基調とした所謂クラシックメイド服という長袖ロングスカートのメイド服に身を包んで子猫丸の言葉に感動している燐に注意を逸らしてもらうべく話を振った。


「にしてもまさか理事長さんがメイド喫茶にあんなにこだわり持ってはるとは思わんかったわぁ。なんや知らんけど、有名なデザイナーさんにデザインしてもらったんやろ?そのメイド服」

「明らかに金の無駄遣いだよな…つーかそんなスゲー服を男の俺が着てどうすんだよ」

「そこはほら、お前んとこの模擬店がメイド喫茶やからやろ」

「男までメイドになってどうすんだよ!ジュヨウあんのかよこれ!?」

「メイド服は男のロマンやで、奥村君」

「それは見る分にはって意味でだろ!?」


まぁ、尻尾が隠せたことが不幸中の幸いだけど…。
普段着ている服なら体に巻きつけておけば誤魔化せるが、生憎この服は上半身のラインを強調させる作りになっている。
小さな声で呟いた言葉に勝呂達は首を傾げたが、タイミングよく上級生の文化祭執行委員(と書かれた腕章をつけている)の生徒がボードを片手に交代時間を告げに教室に入ってきた。インカムを通して仲間と指示を出し合っている辺り、そんじょそこらの文化祭とは規模が違うことが目に見えて分かる。このあまりにも広い学園の中を取り仕切るにはそれぐらいして当然なのだろう。たかが文化祭、されど文化祭。あのお祭り好きの理事長が自分の学園で平凡な文化祭を開催させるはずがない。
燐は死刑宣告を下されたような顔で係りの生徒の背中を見送った。


「若先生、また来るから待っとけって言うてはったのに」

「そういえば全然来はりませんねぇ」

「先生は先生のクラスが大変なんやろ。先生のとこも喫茶店するって聞いたで」

「あー…若先生ウェイターの格好してはったもんね…今頃女の子に囲まれてキャッキャウフフしてはるんやろなぁ」

「奥村先生は志摩さんと違ってそない軽薄なことしはりません」

「今日の子猫さんいつもに増して酷くないッ!?」

「双子の兄弟なのにこの差は一体……」

「お前は今更それを実感するんか」


何だかんだ言っても同じ男として燐に同情している3人は、がっくりと項垂れている燐の肩を叩いて励みの言葉をかける。そうだ、なにも男でメイドをしているのは自分だけじゃない。全員とは言えないが何人かは不名誉なメイド役のくじを引いてしまったクラスメイトの男子もいたはずだ。不可抗力だが変態という称号を得てしまうであろう可哀そうな男は自分だけじゃない。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせるように燐が心の中で唱えていると、教室の扉ががらりと開いた。


「お待たせ兄さん」

「雪男!?」


つかつかと歩み寄ってきた雪男は真っ先に燐の腕を掴んで耳打ちをする。その顔からは登場時の”対・外面用”の爽やかな笑顔は消えていた。メガネが反射して表情は読めないが、発せられる空気から明らかに怒っていることが分かる。


「胃が痛いよ…」

「だから悪かったって何度も謝ってんだろ…」


特進科の教室で最終打ち合わせ(というのは名目で、ほとんど雪男のウェイターコスプレお披露目会だった)が開かれていたところに燐がメイド服の入った紙袋を抱えてやって来た時は思わず眩暈がした。一人では着替えられないから手伝ってくれと言われて泣きたくなった。どうしてこのバカ兄はこうも無駄な仕事を増やすのだろう。このままだと胃薬に対して免疫がついてしまいそうだ。いくらなんでもそれだけは勘弁してもらいたい。


「いつもみたいに体に巻きつけられないからスカートが長くて助かったね」

「そこだけはあのピエロに感謝だな」

「男でメイド服なんか着てその上尻尾まで出してしまったらもう言い逃れできないもんね」

「俺は変態じゃねぇ…ッ!!」

「ははっ、似合ってるよ兄さ…奥村君」

「言い直してんじゃねえええよ!!コラッ!!」

「冗談だよ」


雪男はにっこりと笑顔を浮かべ、訝しげな視線を送ってくる塾生3人に向き直る。その本心の読めない笑顔に燐を含めた4人は反射的に体を強張らせた。


「兄がご迷惑をおかけしてすいませんでした」

「いや、俺らは別に」

「僕らの当番は朝一でしたから」


頭を下げる雪男に勝呂と子猫丸が丁寧に応える。志摩は少々つまらなそうな顔を浮かべながらも「気にせんでください」と、2人にならって右手を軽く左右に振った。


「若先生はもう当番終わりはったんですか?」

「えぇ、本当は午後からだったのを無理を言って変わってもらったんです」


本人はそう言っているが、おそらく頼まれた相手に断るという選択肢は用意されていなかったのだろう。相手が女子なら雪男のお願いなんて貴重なカードは快く引き受けただろうし、仮に男子であっても、周りの女子の気迫に押されて引き受けることになっていた思う。
どうにも食えへんお方や、と志摩は一人心の中でごちた。


「僕がお店に行くから兄さんは僕の相手をしてくれ。店側は客の言うことには逆らえないんだし、そうすれば兄さんの精神的ダメージも最小限に抑えられるだろ」

「雪男…!やっぱもつべきものは優秀な弟だな!」

「はいはい。もう交代の時間なんだから早く教室に行くよ」

「おう!」

「何が悲しくてメイド服姿の兄のお守りなんてしなきゃいけないんだ…」

「何か言ったか?」

「なにも。それより兄さん、スカートの裾を踏まないように気を付けてね」

「はぁ?踏まねぇよバカ!俺はそこまで鈍くさくね、ぇえええッ!!?」

「うわああッ!?気を付けてよ兄さん!」

「うっせええな!慣れてねーからムズカシーんだよッ!!」


スカートの裾を大雑把に持ち上げた燐はぎゃんぎゃんと喚きながらも雪男に引き連れられて更衣室を後にした。残された志摩達にとって出て行った二人はさながら”出来の良い主人”と”出来の悪いメイド”といったところだろう。


「なんかなぁ…」

「あ?どないしたんや」

「…いや、俺の思い過ごしですわ。早いとこ俺らも店まわっちゃいましょー」


のらりくらりと歩き出した志摩に続いて勝呂と子猫丸も教室を出る。午後の部に入ってラストスパートをかけるかのように盛り上がりを見せる文化祭の空気に呑まれた気がして、次第に3人のテンションも上がっていく。それなりに祭りの雰囲気を楽しみ始めた勝呂と子猫丸を横目で一瞥した志摩は、瞼の裏にお騒がせな双子の姿を思い浮かべた。


(若先生のあれは牽制のつもりやったんやろか)


「おー怖ッ、俺が踏み込んだらあかん領域や」

「何やっとんのや、次行くで志摩」

「はいはーい!今行きますーっと」




********


5万打リクエスト企画
ゆりあ様リクエストの「文化祭で燐が文化祭のコトを決める時に寝てしまって、メイドになってしまって…雪男がまわりに牽制する」です
可愛げのないメイド兄さんになってしまいました…何故
リテイクいつでも受け付けさせていただきます
リクエストありがとうございました!

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