pillow talk






・雪燐
・事後です




額から眉間へ柔らかい感触がゆっくりと慈しむように下へ下りていく。何だろう、くすぐったいけど気持ちがいい。俺はまだ夢ン中にいるのか。だったらまだ覚めたくないな。


「――さん、……――てる」


誰かが話してる。鼓膜を震わせる優しい声。
くしゃりと髪を撫でられたところで意識がぐぐぐっと浮上した。薄く目を開けると同時に唇からリップ音がしてそのまま呼吸が奪われる。
気持ちいい。もうちょっとこのままでいたい。ぼんやりした頭をそのままに再び目を閉じると、にゅるっとした何かが口の中に侵入してきた。刹那、靄のかかっていた意識が一気に覚醒する。


「…………オイ」

「あ、気が付いた?おはよう兄さん」

「おはよう兄さん、じゃねえええよ!!寝てる人間にベロちゅーする奴がいるかフツー!!?」

「兄さんは寝てたんじゃなくて気絶してたんだよ」

「どっちにしろ全然よくねーよ!!つか、余計に悪いわ!!」

「うわ酷い声…それ以上騒ぐと本格的に喉を痛めるよ?」

「そもそもこんな声にさせたのは誰だよ…!」

「さぁ、誰かな?」

「お前だろッ!!!」


ひゅうひゅうと情けない音のする喉にはお構いなく騒ぎ立てる燐とは対照的に、雪男は肘をついて頭を支え直しながら爽やかに笑ってそれらをかわす。わずかに燐を見下ろす姿勢になった雪男は燐の髪を梳く。掬い取った髪をパラパラと落としてみたり、くしゃりと掴んでみたり。決してさらさらとした指通りの良い髪の毛とは言えないが、雪男は飽きることなく燐の髪を弄んでいる。
やめろ、と言ってもくすくす笑われるだけ。体が気怠くてそれ以上抵抗することを諦めた燐に気を良くした雪男は、髪を耳にかけたり親指の腹で燐の目尻を擦ってみたりと休ませることなく燐に触り続けた。


「兄さんって猫みたいだね」

「は…?もしかして尻尾のこと言ってんの?」

「仕草が猫っぽいよ。撫でられると目を細めるところとか」

「……そうか?」

「うん。可愛い」

「お前それマジで言ってんの?」

「兄さんは可愛いよ」

「わけわかんねぇ…」


情事中にも何度も囁かれる「可愛い」という言葉に対して、燐はあまり好感を持つことが出来なかった。男に生まれたからには誰しもカッコいいと言われた方が嬉しいに決まっている。…まぁ、こんなことをしておいて言えるわけがないのだけれど。
眼鏡越しにうっとりとした目で自分を見つめてくる雪男を一瞥して視線を逸らす。雪男の口から「可愛い」という言葉を聞きたい女の子は沢山いるはずだ。雪男の優しい声でそう言われて嬉しくない奴はいないと思う。多分だけど。
でもその雪男が「可愛い」という言葉を向けるのは世界中でもただ一人。それが俺なのだと言う話を前にもこうやって休日の真昼間にベッドの中で話した気がする。
例えばその言葉を志摩や勝呂や子猫丸、それからメフィストや講師の先生達といった身近にいる同性の声で脳内再生してみても、雪男の声で紡がれた言葉とは全く違う言葉のように聞こえる。鳥肌が立つ。そりゃ、女の子に可愛いなんて言われた日には風呂の中で一人複雑な気持ちで湯船に浸ることになるだろう。男ってのはそういうものだ。少なくとも俺だったらそうなる。
肩が冷えるよ、と布団をかけ直された燐はそのままもぞもぞと布団の中に潜り込んだ。


「お前も肩冷えるぞ」

「僕はいいよ、この体勢で兄さんを見るのが好きだから」

「バカ言ってんじゃねーよ。風邪ひくぞ」

「兄さんの補修だってあるんだからそう簡単にひいてられないよ」

「…言葉が痛いです先生」

「アハハ、わざとだよ」


頭までかぶった布団からそろりと雪男を覗けば視線が合って。無性に恥ずかしくなった燐は雪男の胸にぎゅっとしがみついた。顔を擦りつけると髪の毛がくすぐったかったのか雪男から笑い声が漏れた。


「いよいよ本物の猫みたいだね」

「ハハッ、にゃーって鳴いてやろうか?」

「えー」

「じゃあ猫語でしゃべるから何言ってるか当ててみろ」

「何でノリノリなの」

「じゃあいくぞー」

「無視かよ」


何て言おうかな。どうせ当てられるわけがないのだから普段言わないようなことでも言ってみるかな。
少し悩んでから燐は布団から顔を出して雪男と向き直り、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。ゴホンと咳払いをするその様子はどこか勝ち誇った顔にも見えて。雪男は苦笑を漏らした。


「にゃにゃにゃー、にゃんにゃにゃん」

「………ぶはっ!」

「わ、笑うなよ!!」

「いや、だって…あまりにも間抜けな声、だったから…!ブフゥッ!」

「だから誰のせいだと…!!つーか笑いすぎ!!」

「あーダメだ、面白すぎてお腹痛い」

「そんなに…ッ!?」


俺のハートのガラスが粉々だ。どうしてくれんだホクロメガネ。
それを言うならガラスのハートでしょ。逆になってるよ兄さん。

肩を震わせて笑う雪男に腹が立って胸を思いっきり叩いてやった。絶対にわかるわけがないと踏まえた上での遊びだったのに、こうもバカにされては流石にむかっ腹も立ってしまう。メガネかけてるなら空気も読めよバカ雪男。
咳き込む雪男を放ってベッドから出ようと体を起こす。…が、すぐに腕を引っ張られて再びベッドに戻されてしまった。しかも今度は雪男が燐に覆いかぶさる形でしっかりと両手首をベッドに縫い付けられている。


「答え合わせがまだでしょ?」

「…ハッ!わかるわけがねぇっつーの」

「それはどうかな?」


挑発的に笑って見せれば、雪男はわざとらしく「うーん、そうだなぁ」なんて頭を捻る。
絶対わかるわけがない。当てられてたまるか。


「当てたら何かくれる?」

「んなもんねーよ!」

「ご褒美あった方がやる気出るって兄さんいつも言ってるじゃない」

「これはただの遊びだからご褒美なんて出ません」

「……どうしてもダメ?」

「……その顔ずりーぞ」


俺が弱いの知っててやっているんだとわかってはいても、雪男のこの”お願い兄さん”顔には敵わない。ぐぐぐっと眉間に皺を寄せて睨みつけながらも既に折れかかっている燐を畳み掛けるように雪男は言葉を繋いだ。


「じゃあお言葉に甘えて」

「オイ!いいなんて言ってねーぞ!?」

「正解だったら兄さんからキスしてよ」

「…ッ!?や、やだ!」

「どうして?それぐらいしてくれなきゃこの問題は難しすぎるよ」

「………よし分かった。その条件、呑んだ!」

「そうこなくっちゃ」


こうなったら雪男が引かないということぐらい長い付き合いの燐にはわかる。スッと細められた目に悪寒を覚えながらも、どうせわかるわけがないという余裕を自信に変えて気丈に振る舞う。知らず知らずのうちにゴクリと鳴った燐の喉に雪男はくすりと笑いを零した。


「…ほら、言ってみろよ」

「ふふ…実はちょっと自信があるんだ」

「そんなこと言って外したらすっげー恥ずかしいぞ」

「雪男愛してる」

「…ッ!!!」

「あ、もしかして正解?」


嬉しそうに雪男の顔が綻ぶのと同時に燐の顔は真っ赤に染まっていく。顔を隠そうともがくものの、しっかりと固定された腕は全く動く気配がない。それどころか雪男の手の力が一層増したような気がして燐は冷や汗をだらだらと流した。


「正解なんでしょ?」

「ち、ちげえええよ!!」

「え?でも顔に正解って書いてあるよ」

「書いてるわけねーだろうが!!お前の目はニセモノか!?」

「残念だけど本物です」


とにかく正解したんだからご褒美頂戴。
雪男の手が手首から掌に移り指を絡めてくる。燐が頭を動かせばキスが出来る距離まで近づいて目を閉じた雪男に、燐の心臓はバクバクと激しく脈を打ち始めた。自分からキスなんてしたことがないということを知っていて条件に出したのか。と、気付いた時にはもう遅い。どうすればいいんだと視線を彷徨わせていると、じれったく思ったのか雪男が早くと急かしてきた。
……こうなったら自棄だ!


「うわぁッ!?」

「覚悟しろよ、雪男…ッ!」


雪男の手が手首から掌に移ったおかげで少しだけ押さえつける力が和らいだのだろう。全力を振り絞って雪男を逆に押し倒した燐の頭には小さくも青い炎が灯っている。驚いて目を見開く雪男からメガネを奪い、固く目を閉じて雪男の唇にキスを落とした。…つもりだった。

ちゅっ

可愛いリップ音が室内で小さく響いた。何かがおかしい、と違和感を感じた燐がうっすら目を開けると、そこには必死に笑いを堪える雪男の姿が。何故頬をひくひくと痙攣させて今にも吹き出してしまいそうになっているのか。鈍い燐にも先程感じた違和感と照らし合わせればすぐに合点がいく。


「………悪ぃ、間違えた」

「ブフォッ…!!あはっ、あはははは!!」

「目ぇ瞑ってたからわかんなかったんだよ!!」

「だ、だからって、鼻に、キスするとか…ブフッ、兄さん可愛すぎるにも程があるよ…!」

「バカにすんな!ホクロメガネ!!」


よっぽど恥ずかしかったのか一度は消えた炎が再びぽっぽと現れて燐を青く照らしている。恥辱からくる涙を浮かべた燐はパッと手を離し布団をかぶってしまった。手探りでメガネを探してみたが見つからず途方に暮れた雪男は、目の前で大福のように丸くなってしまった燐の上にぽすんと頭を預けてみる。びくり、と動いた燐を布団ごと抱きしめてやると燐が小さく震えていることに気付く。流石に笑いすぎてしまったな、と反省をして安心させるように燐の背中を撫でる。


「ごめんね兄さん」

「……バカ雪男」

「うん」

「スッゲー勇気出したんだぞ」

「うん」

「……………」

「…兄さん?」


まさか今ので燐の気が済んだのだろうか。不思議に思った雪男が燐の様子を窺うべく恐る恐る布団から離れると、にゅっと布団の隙間から燐の手が顔を覗かせた。小さく手招きをするその手につられて隙間に顔を近づけてみる。

ちゅっ

唇にふにっと柔らかいものが押し当てられてすぐに離れる。唖然とした雪男の目の前には頭から顔を覗かせて顔を赤らめてはにかむ燐の姿があった。メガネを外した状態でもこれだけ近ければぼんやりと認識できる。はっきりと見えないのが実に残念だが、それでも初めての燐からのキスに雪男は胸が幸せでいっぱいになっていた。


「……ちゃんとしたからな、文句言うなよ」


固まってしまった雪男との間に流れる静かな空気に我慢できなくなった燐が口を開く。照れ隠しからか、声のトーンがどことなく低い気がする。掠れて色気のある燐の声に雪男の中の黒い衝動が頭をもたげ始めた。


「ねぇ、兄さん」

「………んだよ」

「もう一回シてもいい…?」

「…ッ!?ば、バカ野郎!!もう昼過ぎてるんだぞ!?」

「休日なんだから大丈夫だよ」

「えっ、ちょっ、どこ触って…!!」

「ごめんね兄さん、我慢できない」



いただきます。




********


5万打リクエスト企画
サツキ@ツキカ様リクエストの「ピロートークする雪燐で、燐が雪男さんに懐いて猫みたいに甘えるお話」です
甘々かエロということでしたので今回は思いっきり甘めで雪男さんをちょっとカッコよく(当サイト比)書かせていただきました!
リテイクいつでも受け付けさせていただきます
リクエストありがとうございました!


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