待たせてごめんね



・雪燐
・10年後設定
・捏造多々あります




「若先生ってほんっまオイシイですよね」

「………ハァ?」


古くて埃っぽい資料室に二人分の男の声が静かに染み渡る。黄ばんだカーテン越しから漏れるわずかな光が空気中に舞う埃をキラキラと反射させていて。
てきぱきと資料を棚に戻している長身の黒髪の男は呆れたような表情を浮かべ、その男よりわずかに背の低いピンク色の髪をした男は不満げに口を尖らせた。
友人や兄からの影響なのかその耳には十年前にはなかったピアスが揺れている。


「学生の時も相当モテてはりましたけど、今は今で同僚の女の子達にめちゃくちゃモテてはりますやん」

「そう、ですか…?」

「そうです!最年少で祓魔師の資格を習得したってだけでも女の子は騒ぐのに、学生のうちに竜騎士と医工騎士の他にも詠唱騎士の称号まで習得してしまうなんて…しかも上一級祓魔師って…俺なんて死ぬ気でやってようやく中一級になったとこやのに…!」

「でも短期間で詠唱騎士だけじゃなく騎士の称号も習得できたじゃないですか」

「せやかて、坊なんか先生と同じ上一級祓魔師になりはったんですよ!?今だって子猫さんや出雲ちゃんと一緒に任務に出てはるし…」


皆頭おかしいですわぁ!あと坊と子猫さんに至ってはずるい!羨ましい!と、嘆く元教え子に黒髪の男は溜息を吐いた。そんなことよりもこの大量にある資料の整理を終わらせろよとでも言いたいのだろう。適当に相槌を打ちながらも腕の中にある資料の整理番号に目を通している。数字と平仮名とアルファベット、それから赤・青・黄の丸いシールを目印に分類していく手は休むことなく動かされていて。
ピンク髪の男――志摩廉造はその態度をつまらないと感じたのか、「あっ!」と大きな声を発して手をぱちんと合わせた。黒髪の男――奥村雪男も流石に驚いたのか手を止めて志摩の方へ顔を向ける。


「お昼食べましょう!」

「もうそんな時間ですか?」


言われて腕時計を確認すればたしかに時間はお昼を少し過ぎた頃だった。ならば一度職員室へ戻って休憩がてら昼食をとろうと提案する雪男に志摩は嬉々として乗っかる。変わらないなぁ、と唯一の肉親にその姿を重ねた雪男は苦笑を浮かべた。


「どうせ今日も奥村君が作ってくれたおいしーいお弁当があるんでしょ?あぁ、羨ましい…!」

「今日はありませんよ」

「へっ?」

「兄さんは今ロンドン支部に出向いているので、暫くは僕が自炊することになってるんです」

「えぇっ!?わ、若先生が自炊…!?」

「…?えぇ、そうですよ?」


約10年間、この奥村兄弟という少し変わった双子の兄弟を見続けてはいたが、どう考えてもこの目の前の男(弟)が料理をする姿を思い浮かべることができない。スタイル的に似合いはするのだろうが生活臭が全くしないのは何故だ。
カツンカツンと靴底が廊下のタイルを蹴る音で響かせて、二人は職員室の扉を開けた。


「あっ!雪ちゃんと志摩君久しぶり」


クリーム色の柔らかな髪を大きな髪留めでまとめ上げ、動きやすさを考慮して仕立て上げられた丈の短い着物の上に祓魔師のコートを羽織った声の主――杜山しえみが雪男と志摩に笑いかけていた。まだ幼さの残るあどけない笑顔が彼女らしい、と雪男はほっと息を吐いた。
しえみが座っている職員用のデスクには色とりどりの個装されたお菓子と暖かい緑茶が置かれており、更に膝にはブランケットがかけられている。雪男が知っている限りでも、それらは先輩祓魔師達の私物ばかりで。その妙に派手派手しい真っ赤なブランケットは確か椿先生のものだったと思う。本人達はいないが、自分達のいない間にしえみが大層もてなされていたのだろうということは見ればわかる。
志摩は雪男の脇を抜けてそそくさとしえみの元に歩み寄った。


「杜山さん久しぶり〜!いつこっちに来てはったん?」

「えっと、一時間くらい前かな?ここでゆきちゃん達が戻ってくるのを待たせてもらってたの」

「そんなに…!お待たせしてしまってすいません。電話してもらえたらすぐに戻ってきましたのに」

「わ、私の方こそごめんね!私ちょうど今日ロンドン支部から帰ってきたところで、連絡もなしに来てしまってその…!」

「大丈夫ですよ、ところで僕らに何か用でも…?」


しえみの言葉に気を取られ首をかしげていた雪男は、背後で何かが自分の首元を狙っていたことに気付かなかった。いや、気付くのに後れをとってしまった。突然ぐいっと首に腕を回されて一瞬息が止まりそうになる。


「…ッ!!ちょっ、シュラさん…ッ!!!」

「んにゃー?ビビリーお前ちょっと痩せたか?」

「は な れ ろ !!」

「やっぱ燐がいねーと駄目かにゃー?」

「んなわけないでしょーがッ!!」


にやにやと嫌な笑みを浮かべて雪男をからかうシュラも、それを見て笑うしえみも実に楽しそうで。この光景も10年前と何の変わりもないやりとりのうちの一つだ。流石の雪男も女性でしかも自分の上司でもあるシュラには手を上げることは出来ないのだろう。やんわりと離れたように見えるが、雪男の顔は心底鬱陶しそうに歪められている。ここも相変わらずだ。


「杜山さんさっきロンドン支部って言ってはったよね?ということは奥村君とも向こうで一緒やったん?」

「えっあぁ、うん、そうだよ!」


雪男の動きがぴたりと止まった。
しえみの話によると、どうやら燐は任務後もまだあちらでやらなければならない手続きが色々と残っているため帰還が遅れるとのこと。手騎士と医工騎士の称号を持つしえみも後方支援という形で共闘していたのだが、祓魔師の中でも貴重な逸材でもある手騎士のしえみは体力回復という意味を含め、先に日本支部へ帰るようにと言われたらしい。
しえみの話を聞き終えた雪男は思わずため息を吐いた。


「兄さんのことだからどうせまた期限厳守の書類提出を忘れてたとかそんなとこだろ…」


そろそろ兄さんも上二級祓魔師という立場を弁えてほしい。胃が痛いよ。
雪男が不満不平をつらつらと並べていると、ガタリ、と小さな音が廊下から聞こえた。不審に思った雪男が扉に近づけば、心底慌てた様子でしえみが椅子から立ち上がった。


「わあああっ!ゆ、雪ちゃん!用事っていうのはね、雪ちゃんにこれを届けに来たの!」

「…?お弁当、ですか?」

「燐が作ったんだよ!自分の代わりに雪ちゃんに渡してほしいって」

「……………」


にやにやをより一層深めたシュラをなるべく視界に入れないようにしながら弁当を受け取る。大きめの二段弁当はずしりと重たく、食べ盛り伸び盛りを過ぎた自分には食べきれるのだろうかと余計な不安が頭をよぎった。けれど兄さんの手作り弁当が食べられるのは素直に嬉しいことだ。


「わざわざありがとうございます」

「うぅん、お礼なら燐に言ってあげて。雪ちゃんがちゃんとご飯食べてるかどうかって凄く心配してたよ。あっ、あと電話もしてほしいって言ってた!」

「任務の邪魔になるかと思って控えてたんですが…そうですか、それじゃ忘れないうちに電話しておきますね」

「へっ…!?」


失礼します、と軽く頭を下げて携帯を手に廊下へ出て行こうとする雪男を今度は志摩が引きとめた。


「電話は食べてからにした方がいいんやないですか?ほら、奥村君もお弁当の感想とか聞きたいやろうし」

「……それもそうですね」


数秒考えたのち、雪男はしえみが座っている隣の自分のデスクに座り弁当を広げた。
任務先で一体全体どうすればこのような彩の良い弁当が作れるのだろうか。仮にあちらの支部の給湯室を使わせてもらったのだとしても、なかなかここまで出来のいい弁当を作ることは出来ないだろう。
皆が感嘆の声を漏らしつつ雪男が弁当を口に運ぶ様子をまじまじと見ている。えらく食べにくいなと思いながらも卵焼きを口に含めば懐かしい味がして自然と顔が綻ぶ。


「…うん、美味しい」

「ええなぁ先生は…もういっそのこと奥村君をお嫁にしはったらいいのに」

「…ッ!!?ゲホッ、ゲホッ…!!」

「おーい大丈夫か雪男ー」

「な、何言ってるんですか志摩君!!?」


しえみがすかさず差し出したお茶を飲みほして雪男は呼吸を整えた。志摩は眉根を下げてすいませんと言ってはいるが、その言葉に全く誠意が感じられない。じと目で睨み返すも、一度熱くなってしまった顔を隠すことは出来なくて。


「僕と兄さんは血の繋がった兄弟なんですよ!?そんなことあるわけないじゃないですか!」

「で、でもでも!先生学生の時から奥村君一筋って感じしてはりましたよ?あんな選り取り見取りな状態だったのにもかかわらず、彼女も作らないで奥村君のために時間作ってはったやないですか」

「あの時は僕が兄さんの監視係だったから…!」

「あとお前は燐と一緒にいる時や燐の飯食ってる時が一番幸せそうだぞ」

「シュラさんまで…!?」


やんややんやと騒ぐ雪男達をよそに、しえみだけが何故か無性にそわそわしていた。ちらちらと扉の様子を窺っているようにも見える。気になった雪男が声をかけると、しえみは驚いて顔を真っ赤にしてしまった。
…先程からやけに扉を気にしているけど、何かあるのだろうか。
今度は阻止されないように半ば小走りで扉に近づき勢いよく扉を開く。しえみは雪男の後ろで顔を青くさせてわなわなと震えていた。……が、雪男が開いた扉の先には奇抜な白スーツを着た上司が立っていた。


「何ですか慌ただしい。私にナイショでパーティーでもしていたんですか?」

「…フェレス卿がどうしてここに」


学園の理事長という表の顔も持ち合わせていて忙しい身であろうこの男が何故こんなところに。…暇なのだろうか。そういえば学生時代もちょくちょくこうして絡みに来ていたような…。
廊下を見回してもメフィストの他には誰もいない。単なる思い過ごしだったのだろうか。


「ただの見回りですよ。奥村先生は昼食ですか」

「えぇ、まぁ。………ん?」

「どうかしましたか?」

「いえ、今何か聞こえませんでした?」

「さぁ?私には何も」


簡単に本心を掴ませないで飄々と質問の網を抜けていくこの男が雪男は苦手だった。なるべく早く帰ってもらいたいと心の中で願えば、まるでそれを聞いたかのようにメフィストは雪男に話を振ってくる。


「ところでなにやら面白い話をされていたようですけど。奥村先生結婚なさるんですか?」

「けっ、けっこ…!?しませんよ!!いつから聞いてたんですか!?」

「貴方が奥村君にも上二級祓魔師としての立場を弁えてほしいとかなんとか言っていた辺りですかね」

「相当前ですよね、それ…!!」


立ち聞きなんて趣味が悪いにもほどがある!
雪男の顔に不機嫌さが露わになり始めたところで、今度は階段の方からこれまた聞き慣れた声がキンと響いてきた。


「キャアッ!!?ちょっ、ちょっと!何でアンタがこんなとこにいるのよ!」

「わわっ!!バカッ、ちょっ、押すなって!!つーかお前の悲鳴可愛いな!?」

「〜〜ッ!!?ばっ、バッカじゃないの!!?大体、階段の陰に隠れてるなんて何かやましいことでもあるわけ?出てきなさいよ!」

「シーッ!!い、今は駄目なんだってば!!」

「………何をやってるの、兄さん」

「ぎゃぁっ!!ゆ、雪男!!?」


使い魔の白狐を彷彿とさせるかのような赤い釣り目ときゅっと結ばれた唇。後ろで一つに束ねている艶々とした黒い髪の毛を振り払った女性――神木出雲は、足もとでしゃがみ込んでいる一人の男をキッと見下ろしている。そこへ更に雪男の影も加わり兄さんと呼ばれた男はすっぽりと陰に包まれた。


「どうして兄さんがこんなところにいるの?しえみさんから兄さんはまだロンドン支部に残ってるって聞いたんだけど」

「いや、その…これにはふかーい訳があってだな…?」

「まさか逃げ出してきたんじゃないだろうね」

「お前は俺を何だと思ってんだよ!!?」

「何年経っても手のかかる兄」

「可愛くねぇなオイ!!!」


ぎゃんぎゃんと騒ぐ兄――奥村燐はすっくと立ち上がって雪男の言葉に噛み付いた。燐も長身の部類に分類されるのだろうが雪男の方が10センチ近く身長が高いため、どうしてもやや見上げがちになってしまう。それが余計に腹が立って燐の目から火花が飛び散ちった(といっても燐が一方的に飛ばしているだけなのだが)。慌てて職員室から飛び出してきた志摩やしえみ、シュラも現状についていくことができずにぽかんと口を開けている。ただ一人、メフィストだけは楽しそうに口を歪めていた。


「神木さん!」

「あれっ!?出雲ちゃんがいるってことは坊と子猫さんも帰ってきてはるん?」

「あの二人なら報告書を提出しに行ったはずだけど」


ちらり、と出雲の視線がメフィストを掠める。


「きっとまだ提出できていないでしょうね」


出雲の視線の意味を悟った志摩は苦笑いを零した。
雪男は本日何度目かのため息を吐いてメガネのブリッジを上げ燐と向き直った。燐の体がぎくりと軋む。


「で?さっきの質問の答えはどうなの兄さん」

「……………」

「まさかとは思うけど、さっき廊下で話を聞いていたのってフェレス卿じゃなくて兄さんなんじゃないの?」


我に返った燐は雪男をちゃんと見ることができないようで、視線を彷徨わせながらだらだらと汗を流している。今は服の下に隠してある尻尾が外に出されていたら燐本人以上に今の心情を表していたことだろう。
言葉に詰まる燐を見かねた志摩が口を開こうとすると、それよりも早く覆いかぶさるようにしえみが口を開いていた。


「雪ちゃん!燐は悪くないの、嘘を吐いちゃってごめんなさい…!」

「しえみ…」

「悪いのは俺らなんです。奥村君は俺らの提案に乗っただけで…!」

「志摩まで…!」

「まぁ、私はなんとなく面白そうだから乗っかってみただけなんだけどにゃー」

「オイッ!!」


会話についていけないのはどうやら雪男だけではないようで、出雲も眉根を顰め目を白黒とさせている。志摩がどう説明をつけようか、もうここですべてのネタばらしをしてしまおうか、と頭を回転させていると何を思ったのか燐が動いた。全く意味が分からないと顔をしかめる雪男の腕を燐は引っ張って階段を駆け上がって行く。驚いたしえみは呼びとめようと一歩足を前に踏み出したが志摩がそれを止めた。


「もともと俺らは必要なかったのかもしれんね」

「志摩君…?」

「いやぁ!これは本当に面白いことになりそうですね!」

「つーかお前は早く理事長室に戻ってやれ。勝呂達が可哀そうだ」






走って走って、辿り着いたのは昔自分達が使っていた教室だった。偶然か必然はわからないが、鍵の開いていたそこへ転がり込んだ二人の間には沈黙が流れる。


「どうしたの急に」

「……なぁ、お前は俺のことどう思ってる?」


返事はあれど、まったく質問の答えにはなっていない。雪男は苛立ち交じりの視線で燐を捉えた。


「ハァ?何の話…」

「俺は!お前が好きだ!!」

「………え?」

「だからっ!俺はお前が好きなんだよ雪男!」


何を世迷いごとを…。馬鹿なこと言ってないで早く戻ろう。
頭の中では言葉になっているのにそれが口を突いて出ることはなかった。雪男の前では顔を真っ赤に染め上げた燐がこちらの様子を窺っている。先程とは打って変わって視線を逸らそうとしない燐の青い瞳に雪男の心臓がドクンと跳ねた。


「ずっと前…つっても俺が自覚したのは高校生の時だから10年ぐらい前か。それぐらい前から俺は雪男を一人の人間として好きだ」

「……………」

「…………な、何か言えよ」

「……………」


よっぽど勇気を出して言ったのだろう。燐の目は泣き出すのではないかと心配してしまうぐらいゆらゆらと揺れていて。
雪男はおもむろに燐の肩を掴んで引き寄せ唇を塞いだ。ちゅっと存外可愛らしい音が漏れてすぐに顔を離す。何が起こったのか分かっていないような何とも言えない顔をしている燐の髪を梳いて優しく微笑みかける。徐々に下ろされていく手が尖った耳に触れるとくすぐったそうに燐が震えた。その反応が可愛くてもう一度キスをする。バードキスからプレッシャーキスへ。


(……兄さんの唇、少しカサついてる)


薄く目を開けると、ぎゅっと固く目を瞑りすぎて鼻の頭に皺が寄ってしまっている燐の顔があって。流れに任せて舌を入れようと燐の前歯を舌でノックした途端、燐は反射的に雪男から離れた。手の甲で口を隠して雪男を睨みつけている。どうして睨まれているのか分からず呆けていると、燐が何かをぽつりと呟いた。


「え、なに」

「ありえねぇって言ってんだよ!!」

「何が!?僕そんなに下手くそだった…?」

「そこじゃねえええよ!!?」


ぜぇぜぇはぁはぁ。息巻く燐に首を傾げれば「そうじゃない!」と言われて。


「俺、まだお前から返事貰ってねぇのにこんなこと……順序が違うんじゃねーの!?」

「返事………あっ」

「今頃気付いたのか…」

「いや、だって、自分でも何でこんなことしたのかわからないんだよ」

「…自分からしておいてか?」

「…うん、ごめん」

「………そっか、俺こそ急に変なこと言って悪かったな」


あいつら放ってきちまったし、俺先に戻るわ。
無理して笑っていることなんてみえみえの笑顔をうっすらと浮かべ、雪男の制止を聞かずに教室を出て行こうとする燐の腕を掴んだ雪男はもう一度燐に口づけた。


「〜〜ッ!!オイッ!!やめろよ!!!」

「何で…」

「好きでもねぇ奴にこんなことするな!!……頼むから…っ!!」


雪男の手を叩いて振り払った燐はとうとうぼろぼろと大粒の涙を零してしまった。ずっと一緒に生きてきた雪男ですらほとんど見たことがない燐の涙に、時間が止まってしまったような錯覚すらも覚える。ぐすぐすと鼻をすする音もどこか遠くで聞いている気がして。


(…あれ、兄さんってこんなに小さかったっけ?)


また振り払われてしまうだろうかとためらいながらも、もう一度じんじんと痛む手を伸ばしてみる。抵抗されないのをいいことに燐を抱きしめてやれば、びくりと燐の肩が僅かに跳ねた。


「兄さん……好きだ」

「…………は?」

「どうしてキスをしたのかはわからないけど、今ようやくはっきりしたよ。…僕は兄さんが好きだ」


信じられないものを見るかのように見開かれた燐の目に映っているのは、随分と真剣な面持ちをした自分だった。目尻に残った涙を優しく拭ってやっていると、燐は唐突に雪男の頬を思いっきり抓った。


「〜〜ッ、痛いなっ!!何すんだよいきなり!!」

「いや、また都合の良い夢でも見たのかと思って…」

「また、って……今までは見てたのかよ」

「た、たまーに…な」


墓穴を掘ってしまったと気付いた時にはすでに遅く、燐は余計なことを言ってしまったと眉根を顰めた。


「志摩君に兄さんをお嫁に貰ったらどうだって茶化された時はびっくりしたけどね。でも今はそれもいいな、そうしたいなって思うよ」

「よ、よよよ嫁だと…!!?俺がお前の嫁になるのか!?」

「あれ、廊下で聞いてたんじゃなかったの?」

「途中でメフィストがちょっかい出してきたからあんまり…」

「……そう」


幾分か涙も引っ込んだところで目尻にキスを落とせば、面白いぐらいに燐の体が強張った。


「オイッ!くすぐってぇからやめろ!」

「僕には兄さんが必要だよ。ね、兄さん。僕のお嫁さんになって」

「〜〜ッ!!……無視かよっ!」


ゴスッ!
顔を埋めるには些か強すぎるのではないかという勢いで燐は雪男の肩に顔を埋めた。


「やっぱお前は順序ってもんがなってねーのな」

「いいじゃない、やっと気づいたんだから。遅いぐらいだ」


痛いよ、と文句を漏らしながら笑う雪男の肩を燐の涙が濡らしていく。



待たせてごめんね





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5万打リクエスト企画
しょう。様リクエストの「自分の気持ちに気付いて無いけど兄さん激らぶな雪とそんな弟に猛烈アピールで何とか振り向かせたい兄さん、周りは周知済みな両片想い→両想い」です
エロが入りきらなくてすいませ…!しかも勝手に10年後パロにしてしまって…^^;
リテイクいつでも受け付けさせていただきます
リクエストありがとうございました!

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