You are my friend. ・雪燐 ・二人は普通の高校生パラレル ・これの続きです 夢を見た。変な夢だった。 僕が燐のことを「兄さん」なんて呼んでいて、燐は青い炎に包まれながら優しそうに笑っていた。 「ゆきお」 まるで小さな子をあやすかのように、燐は僕の名前を何度も呼んで近づいてくる。抱き寄せようと伸ばした僕の右手には拳銃が握られていて。 ぞくり、と背中に悪寒が走る。 「兄さん(燐)!!」 カタカタと震える僕の両手を燐はぎゅっと握って銃口を自身の心臓に当てた。僕も炎に包まれているはずなのにまったく熱いなんて感じなくて。いや、それどころかむしろとても暖かい。 やめろ、撃つな。 意思とは関係なく雪男の指はトリガーを引こうと力を加える。けれど重たい鉄はそう簡単に引けるはずがなくて。よかった、撃たなくて済む。頼むからそのまま動かないでくれ。 なんて安心したのも束の間。 パァン! 存外軽い音が響いたところで、僕は夢から覚めた。 「おーっす!雪男ー!一緒にメシくおーぜっ!」 「あ…おはよう燐。今日も元気だね」 ハッとして顔を上げると、濃紺色の弁当袋を引っ提げた燐が立っていた。名前を呼ぶと嬉しそうににこにこと笑う燐を見てほっと息を吐く。 良かった、燐は燐だ。 「おう!今日はちゃんと雪男の好きな卵焼きも作ってきたんだぜ!」 「わぁっ、ありがとう!僕のはサンドイッチだから好きなのをどうぞ」 「じゃあハムサンドもーらいっ!今度カツサンドも作ってきてくれよ」 「それならカツは燐が用意してね」 「うぐっ…肉はたけーんだよ!」 あまり親交のなかった数週間前までのことが嘘のように、今では燐と一緒にお昼をとることが日常になりつつある。昼休みになったらどちらからともなく中庭のベンチへ向かい、二人で静かなお昼を過ごす。燐の作るお弁当はとても美味しそうで(実際そうなのだが)おかずの一品交換が雪男のひそかな楽しみとなっている。雪男は燐から貰った黄金色の卵焼きを頬張って目を細めた。 「……なぁ、雪男」 「ん?どうしたの?」 「えっと、相談っつーかなんつーか…」 食べかけのハムサンドに視線を落として、燐は口をもごもごとさせる。そんなに言いづらいことなのだろうか。雪男は箸を休めて燐が口を開くのを待った。 「変なこと聞くけど…その……男で花が好きって変かな…?」 「花?いや、別に変じゃないと思うよ」 「だっ、だよなっ!変じゃねーよな!」 「どうしたの急に…燐花が好きなの?」 「へっ!?あっ、いや……う、うん!好き!超好き!」 「へぇ、ちょっと意外かも」 ふにゃりと口元を緩めて燐は雪男に笑いかける。特徴的な八重歯が覗いて心臓が小さく跳ねたが、これも今では日常になりつつあることで。そっと息を吸って脈を落ち着かせる。 それにしても燐が花を好いていると実に意外だ。花の名前とか詳しいのかな。何の花が好きなんだろう。燐は笑った顔がお日様みたいだから、きっとひまわりの花が似合うんだろうな。薔薇みたいな華やかな花よりも、それこそたんぽぽのような素朴な花の方が燐らしくて……。 (…いやいや、どうして僕が燐に花を贈るみたいな話になってるんだよ) 当の本人は相談事が済んですっきりしたのか、ハムサンドを再び美味しそうに頬張っている。その様子を横目で見ながら、雪男は燐に提案を出した。 「花が好きなら僕の知り合いが近所で花屋さんをやっているんだけど、今日の学校の帰りにでも寄ってみない?」 「えっ、今日?」 「うん。勿論燐の都合が良ければの話だけど」 「帰りかぁ……」 ぺろりと平らげた唇を舐めて雪男の顔を一瞥すると、空を見上げて何かを考え込むような仕草をした。…何かまずかったのだろうか。ただ友人と放課後に一緒に花屋へ足を運ぶというだけのお誘いのはずなのに、雪男はそわそわと燐の一挙一動を気にしてしまう。都合が良ければなんて言っておきながら、もし燐に断られでもしたらきっと自分はショックを受けるのだろう。理由はよくわからないけれど。 「…ん、いいぜ!早くHRが終わった方が下駄箱で待ってるってのでどうだ?」 「うん、賛成」 本当は近いうちにゲームセンターや新しく出来たCDショップにでも誘ってみようとは思っていたから、これはこれで結果オーライなのかもしれない。 下駄箱で待ち合わせなんて、なんだか友達みたいだ。 「ゲェッ!?お前の知り合いの店ってまさか、ここ…?」 「そうだけど…」 表立った通学路から伸びる細くて長い裏の道を何度か通り抜けて。雪男の住むアパートの近くのはずなのに、どこか違った静かな雰囲気の漂うその場所に二人は立っていた。目の前に佇む小さな店には古い外壁を覆い尽くす程の沢山の花や蔓に囲まれている。一般的な花屋と違って表に花を並べていないということもそうなのだが、隠れてしまっている看板をうっかり見落としてしまったら廃墟だとでも思ってしまいそうなぐらいで。 「あー…今日はやめとかね?俺用事があるの忘れてた」 「えっそうなの?」 「悪ィな、折角誘ってもらったのに」 「ううん、大丈夫。また今度一緒に…」 少なからず落ち込んだということを顔には出さないように笑って、でも次の機会へと繋げる約束を言葉にすれば、それを遮るように立てつけの悪くなった扉が大きく開かれた。 「雪ちゃんッ!!?」 「ッ!??」 「あ、お久しぶりですしえみさん」 「へ、…ええっ!?なに、お前ら知り合いなの!!?ていうか雪ちゃんって…」 飛び出してきたのは雪のように白い女の子。白い肌を誇張するかのように赤く染まった頬には泥が付着している。大きな緑の瞳は雪男を映してキラキラと輝いていて、駆け寄ってきた彼女の周りからはふんわりと優しくて良い香りが漂ってきた。燐にはよくわからないのだが、きっとこれはお香の匂いなのだろう。 「うん、昔からお世話になってる花屋さんの娘さんなんだ」 「い、いや、そうじゃなくて…」 「あっ!燐、今日も来てくれたの?」 「は…?」 「えぇっと…ま、まぁ、そうだな」 気まずそうに頭を掻く燐は雪男の驚いた視線から逃れるように顔を背けた。そんな二人の微妙な空気に挟まれたしえみは目をぱちくりとさせている。それからふいに何かを思い出したように「ちょっと待っててね!」と言い残して、慌ただしく店の奥へ戻ってしまった。見かけによらずなかなかにアクティブである。 二人の間に静かな時間が流れる。先にその空気に波を立てたのは雪男の方だった。 「まさか燐としえみさんが知り合いだったなんて思わなかったよ」 「俺も、雪男のいう花屋がここだったとは思わなかった」 「浮世離れした不思議なお店だからね」 「だなー」 そわそわ。そわそわ。 (……あぁ、まただ) 会話が途切れるとどうしようもなく息をしづらくなることが時たま訪れる。何を話せばいいんだろうとか、下手な話を振ってまた会話が終わってしまったらどうしようとか。頭の中をぐるぐると奔走するのはそんなことばかりで。眉根をくしゃりと歪めて困ったなと一人ごちる。 「た、またま、さ…」 「え?」 「前に一度だけ雪男の家に内緒で行こうと思ったことがあって……あっ!勿論、留守中に勝手に入るとかそんなんじゃねーぞ!?えっと…そ、それで、迷ってたらたまたまこの店の前に通りかかって…」 「言ってくれたら迎えに行ったのに…この辺道がややこしいから大変だったでしょ」 「びっくりさせたかったんだよ…お前の好きな卵焼きをパックにいっぱい詰めて持ってったら喜ぶかなーって、なんて、思って……うん…」 後半はゴニョゴニョと口ごもったせいではっきりとは聞き取れなかったが、間違っても嬉しいことを言ってくれているということに変わりはない。身体がカッカッと熱くなって余計に息がしづらくなる。まるで全身を炎に包まれているみたいだ。 「あ、」 青い炎。ぶわっと一気に夢の中で燐が纏っていた青い炎がフラッシュバックされる。あまり良い内容のものではなかったそれに顔色を青くして燐を見やれば、燐もまた顔色を悪くした雪男につられて自身も青くなっていた。きっと燐のことだから「迷惑だった」とか「調子に乗ったことを言ってしまった」なんて、的外れな心配をしているのだろうけど。短い付き合いだがそれぐらいのことはわかるんだと、雪男は誰に言うでもなく自負してみる。 そうじゃない、と誤解を解くために開かれた口はすぐに閉じられてしまった。 「お待たせっ!」 カランコロンと下駄の軽やかな音を従えてしえみが店から現れる。特に悪いことをしていたわけでもないのに、しえみの声で身体がびくりと強張ってしまった。 「これ、前に燐に話したお花だよ。ちょうどお庭で綺麗に咲いてたから燐にお裾分けするね」 「あ、ありがとな」 「うぅん、ちゃんと渡せるといいね!」 「お、おう!サンキュー」 渡す?燐にも花を贈りたいような人がいるのか。ずきん、と心臓に痛みが走る。てっきり燐と親しいのは自分だけなのではないかとおこがましい考えを抱いてしまっていた。自意識過剰も過ぎるだろ。 目の前でしえみと燐が楽しそうに何かを話しているのを、まるで絵画を鑑賞するかのように眺めていた雪男の眼前に突然何かが差し出された。独特の強い匂いが鼻孔を刺激する。 「ッ、…マリーゴールド…?」 「…これ、雪男にやるよ」 新聞紙で簡易包装されたそれはオレンジ色と黄色の発色が綺麗なマリーゴールド。医学書を絵本代わりとして読んで育った雪男にとってそれは「様々な薬効成分が含まれているハーブ」で。どうして燐はそれを自分に差し出しているのだろう、なんて野暮な考えを頭の隅に居座らせながらも雪男は素直にそれを受け取った。 ありがとう、と燐に礼を述べて二人の顔を見れば何故か期待に満ちた顔でこちらを見ていた。…期待されるようなリアクションというのはこの場合存在するのだろうか。 「マリーゴールドってたしか、マリア様の黄金の花とも呼ばれてるんだよね」 「そうなのか?」 「マリア様の祝日に咲いたから、だよね」 「流石しえみさん、お詳しいですね」 マリア様の黄金の花なんて呼称、雪男は修道院で育ったからこそ知っていたことなのだが、花屋の一人娘で花とともに育ったしえみにとってはこれぐらいの知識は朝飯前なのだろう。それでも褒められたことが嬉しいのか、しえみは頬を桃色に染めて控えめに笑っている。 「雪ちゃんはマリーゴールドの花言葉って知ってる?」 「…?いえ、そういうことには疎くて…」 「あはは!やっぱり、男の子はあんまり詳しい人いないよね」 そわそわ。そわそわ。 入るに入れない会話が繰り広げられていたせいか、少し離れたところでずっとそわそわしている燐の腕をしえみがぐっと引き寄せた。思ったよりも力強かったのか、燐はよろめきながら雪男の前に足を踏み出す。 肩にかけていた鞄を持ち直した燐はどこか緊張した面持ちで視線を泳がせている。 「燐頑張って!」 「あ、あのな、雪男…!」 「うん?」 何か言いづらいことでもあるのだろうか。しえみの応援が気になるところだが、急かすことはせず黙って燐が話してくれるのを待つ。 「その……本当は学校でこっそり渡そうかと思ってたんだけどな」 「うん」 目の端にはしえみが胸の前でぐっと手を握り締めて事の成り行きを見守っている。彼女は燐が言おうとしていることを知っているのだろう。 「そ、その花の花言葉が……って!!やっぱ無理!!!」 「「えっ!?」」 見事なクイックターンでその場から逃げるようにして走り去ってしまった燐は流石というかなんというか…噂通りの俊足でその場からすぐに消えてしまった。その背中を唖然として見送ってしまった雪男としえみは言葉を失ってしまっている。 「ゆ、雪ちゃんっ!」 「っあ、はい!何ですか?」 しえみの大きな声に雪男はびくりと肩を揺らした。なんだか今日の彼女はやけに力が入っているな。 「燐ね、いつも遊びに来てくれるときに友達のお話を凄く楽しそうに話してくれるの。そのお話に出てくる友達が雪ちゃんだっていうのは私もついさっき、燐がお花を雪ちゃんに渡したときに知ったんだけどね。えっと、だから…あのね…!」 わたわたと一生懸命何かを伝えようとするしえみに雪男は笑みを浮かべて「ゆっくりで大丈夫ですよ」と声をかける。しえみは一度大きく深呼吸をして、それから言葉を選ぶかのように慎重に慎重に話し始めた。 「私も小さい頃はお友達がいなかったから燐の気持ちが凄くよくわかるの。だから、初めてできたお友達にはどうやって接したらいいのかって相談されて…私なりのアドバイスを出したんだけど…」 「…そういえば僕、小さい頃にしえみさんから四つ葉のクローバーを貰ったことがありましたよね」 「へっ!?あ、あぁ、…うん!そう、だね」 突然昔話を持ち出されたしえみは顔を真っ赤にして頷いた。雪男は自分の手の中で咲き誇っているマリーゴールドを見つめて優しく微笑んだ。 「しえみさんのおかげでなんとなくわかった気がします」 「そ、そう…?なら良かったぁ…!」 心底嬉しそうに笑ったしえみと別れて雪男は帰路についた。本当は今すぐにでも燐の元に行きたかったのだが、生憎雪男は燐の家を知らないしそれよりも先にきちんと確信を得ておく必要があったからだ。 家に帰ってパソコンの電源を入れ、マリーゴールドの花言葉を検索する。 【マリーゴールド】 花言葉:友情・生きる・可憐な愛情 やだもう、この人恥ずかしい…ッ!! 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