What this feelings?



・雪燐
・二人は普通の高校生というパラレル設定です
・企画提出文




「なぁ、賢い方の奥村ぁ!」

「………いい加減、その呼び方やめない?」


いたって普通の県立高校に入学した雪男は何故か周りから“賢い方の奥村”と呼ばれるようになった。初めは新手のいじめなのかとも思ったが、本当の理由はそんなに複雑なものではなく単に同じ苗字の人間が同じ学年に2人いたからということ。
2人の成績のほどは入学してすぐに行われたテストでの順位表で明らかになり、見事学年1位と学年ワースト1位の座を奥村が占領することとなった。
雪男はメガネのブリッジをくいっと指で押し上げ、にこにこと笑うもう一人の奥村を呆れ顔で見やる。


「僕には奥村雪男っていう名前があるんだけど」

「だって俺と同じ苗字ってなんか呼びづれーし…」

「それ、自分は頭が悪い方の奥村だって言いふらしてるようなものだと思うんだけど…」

「ぐ…っ!つ、次のテストで汚名を挽回してやるからいーんだよっ!」

「それを言うなら汚名返上か名誉挽回、ね。混ざってるよ…」

「ちょっと間違えただけだっつーの!」


いちいちうっせーな!と唇を尖らせてぶーぶーと文句を言うもう一人の奥村――奥村燐――に雪男は思わずため息を吐いた。今日は花の金曜日。早く家に帰って溜まりに溜まってしまった家事を全部消化してしまいたい。ついでに言うと今日広告に載っていた特売の卵とあわよくばタイムセールで値引きされたお弁当も買いたい。忙しい学生生活の傍ら
一人暮らしをやっていくためにも、雪男はこんなところで燐に構っている暇はないのだ。
雪男は肩に下げていた鞄をかけ直して燐の脇を通り抜けようと足を踏み出した。


「あっ!ちょっと待てよ!」

「ごめん、悪いけど今日はちょっと急ぎの用事があるんだ」

「時間とらせねーって!俺、お前に勉強教えてもらいてぇだけなんだ!」

「それ物凄く時間とるんじゃないの!?」

「う゛っ…!じゃ、じゃあお前のその用事とやらを手伝うからその代わりに、なっ!?」

「手伝うって…奥村君にお願いできることはないと思うけど…」

「頼むっ!!俺に勉強を教えてくれ…っ!!」


立ちはだかるよう雪男の正面に回り込んだ燐は手を合わせ深々と頭を下げている。自分は特進科で燐は普通科なのだが、職員室や廊下で見かける燐はいつも教師に怒られてばかり。あまり交流がなくとも燐の成績が著しくないことはわかる。
雪男は少し悩んだ末、交換条件の言葉を頼ることに決めた。


「……本当に、手伝ってくれる?」

「もちろん!!ちまちました作業は苦手だけど、精一杯やるから!」


俺も鞄とってくるー!と、嬉しそうに走り去る燐の背中を見送った。一緒にいるとなんだか空気が騒がしくなる気がするなあと、苦笑を浮かべて。







「すごい…本当に料理できたんだ」

「へっへーん!これぐらい朝飯前だって!」


狭いアパートの真ん中に置かれた小さな食卓兼勉強机の上。そこに並べられた色とりどりの食事に雪男は目を疑った。
帰りに寄ったスーパーで特売の卵と値引きされた弁当をかごに入れながら部屋の掃除を手伝ってほしいと言う旨を話していると、燐は顔をしかめて「なんだ、そんなことか」と言った。話を聞けば燐も一人暮らしをしていて家事をするのはお手のものとのこと。燐は雪男がかごに入れた弁当を棚に戻し、家まで案内しろと腕を引っ張った。燐には悪いが粗忽で乱暴者という印象しかなかった雪男にとってその言葉はただ耳を疑うだけで。


「それにしてもお前勉強以外はほんっと何もできねーんだな」

「…できないんじゃなくてやらないだけだよ」

「屁理屈じゃねーか…。まさか卵をレンジに入れる奴がいるとは思わなかったぞ」

「電子レンジは食品に分子エネルギーを与えて加熱するんだから別に卵でも大丈夫なんじゃないかと思って…」

「何でそーゆー難しいことは知ってるくせに卵が爆発することは知らねーんだよ…」


何が間違っているのか全く分かっていない様子の雪男が最後のゴミ袋を縛り終えたところで燐は料理を勧めた。軽く談笑を交えながら夕食を済まし、燐の勉強を一通り見終わった頃にはすっかり夜も更けていて。明日も学校があるのに、と慌てて帰り支度をする燐に雪男の口が動いた。


「泊まっていけば?」

「……は?」

「……えっ?」


ぽかん、と口を開けて手を止めた燐に雪男もつられて固まる。自然と口から出てきた言葉を思い出して雪男は顔がカッと熱くなった。燐は顔を真っ赤にしてぱちぱちと瞬きを繰り返すなど、明らかに動揺している。


「いっ、いやいや違う!そうじゃなくて!何も深い意味はないから!」

「ふか……〜〜っ!?ちょっ、お、男同士なんだからんなの考えるわけねーだろ!?」


あれ?何でこんなに恥ずかしいんだろう。雪男も燐も顔を真っ赤にして言葉を失ってしまっている。頭に浮かんでくるのは言い訳ばかりで。そもそも何で言い訳をしているのかもわからない。いやいや大丈夫、僕にそんな趣向はないはず。初恋も女の子だったしそういうのじゃないって。


「…つーかさ」

「へっ!?え、あ…なに?」

「俺、今までその……家に泊まるとかそういうのしたことないっていうか…する友達がいなかったっていうか……だから、あの、えっと…」


言葉が見つからなくなってしまった燐が下を向いてもじもじと指を絡ませている。雪男はハッと冷静になって学校で見かける燐を思い出した。そういえば燐が誰かと行動を共にしているところを見たことがないような気がする。そうだ、勉強を見てくれだなんて別に交流があまりない、しかもクラスも違う自分に頼るのではなく同じクラスの友達に聞けば事が足りたはずだ。てっきり自分が学年主席だから頼んできたのだろうと、うぬぼれた解釈をしてしまっていた。


「お前とは何度か話したことあったし、俺だって今のままじゃいけねーってわかってたから、声、かけて…つか、こうやって誰かの家に来たこと自体初めてだし…」

「えっと……」

「!!あ、急に変なこと言ってごめんっ!俺もう帰るわ、んじゃーなっ!」

「な゛っ…、泊まっていけって言ってんだrうわああッ!?」

「ぎゃぁッ!!?」


何ともいえない空気に居たたまれなくなった燐は口早に別れを告げ、そそくさと玄関へ向かう。慌てた雪男が燐を止めようと立ち上がったのはいいが、バランスを崩し、燐ごとフローリングに倒れこんでしまった。その衝撃でメガネが吹っ飛び視界がぼんやりとぼやける。


「イテテ…おい賢い方の奥村大丈夫か!?」

「…あのさ、その呼び方本当にやめてくれない?」

「え……あ、ごめん…」

「そうじゃなくて、」


燐に覆いかぶさっていた雪男はむくりと起き上がり、そのまま燐の目を真正面からしっかりと捉えて言い聞かせるように口を開いた。


「僕達、もう友達なんじゃないの?」

「……あ、」

「だからそんな呼び方じゃなくて名前で呼び合おうよ。僕も燐って呼ぶから」

「名前…」


不器用で口下手で誤解されやすくひとりぼっちだった燐にとって生まれて初めて言われた「友達」という言葉。それが鼓膜をじーんと何度も揺らして頭の中で繰り返される。嬉しくて嬉しくて、ほこほこと体の内側から暖かいものがこみあげてくるようなそんな気持ち。


「呼ぶ!俺、お前のことちゃんと名前で呼ぶっ!」

「うん、そうしてほしいな」


メガネが外れてよく見えないが、燐の声音を聞いて安心した雪男は燐にメガネを取ってほしいと頼んだ。のはいいのだが、燐に拾ってもらったメガネをかけてぎょっとする。クリアになった視界いっぱいに広がるのは燐の満遍の笑顔。おそらく尻尾が付いている猫や犬のような生き物だったらぶんぶんと千切れんばかりに振っているだろう。それぐらいキラキラとした笑顔。


「うわぁぁああ!?」

「急にどうしたんだ!?」


ドッドッと心臓が早鐘を打つ。突然叫びながら飛び退いた雪男を心配した燐が四つん這いで近づいてくる。だっ、だめだ…!さっき変な例えをしたせいで尻尾の幻覚が見えてきた。


「雪男?まじお前大丈夫か…?」

「っ!?」


名前、呼び…!?いや、自分が言い出したことなのだから悪いとかそういうことは全く無いのだけれど。そうじゃなくて、心臓がぎゅっと鷲掴みにされたようなそんな苦しさに襲われたようなそんな気がして。


「あの…やっぱ俺今日は帰るな。なんか体調悪そうだし、俺がいても迷惑になるだけじゃ…」

「ッ、そんなことないよっ!!」

「そ、そうか…?じゃあ、お言葉に甘えて…」


実はお泊りって憧れだったんだよなぁ!と、嬉しそうに鞄を床に降ろした燐にほっと胸を撫で下ろす。……何でほっとしてるの?理由を考えれば考えるほど冷や汗がダラダラと伝ってくる答えしか浮かばなくて、楽しそうに何かを話している燐の言葉は耳に届かなかった。







翌日。生徒会の関係で急遽呼び出しを喰らった雪男は先に家を出なければいけなくなってしまい、燐の用意してくれた朝食をゆっくりと味わう暇もなく、大急ぎでかきこんで家を飛び出した。


「鍵は預けておくから後から登校して!戸締りだけしっかりとしておいてね!それと遅刻もしちゃダメだからね!」

「分かってるって!あっ、雪男!これ持ってけよ!」

「なに、お弁当…?」

「おう!俺の手作りだぜ!」


得意げにお弁当を差し出す燐に雪男の胸がきゅんと疼く。…いやいやいや!!疼いちゃダメだろ!?落ち着け僕、きっと昨日色々なことがありすぎて疲れてるんだ。そうだ、そうに決まってる…!!


「ありがとう!じゃあ、また学校でね!」

「ん、行ってらっしゃーい!」

「〜〜っ!!い、ってきます…!」


行ってらっしゃいって…なんだか新婚さんみたいだ、というところまで考えて雪男は頭を壁に打ち付けたくなった。新婚って…昨日友達になったばかりだろ…!?それ以前に男同士の自分達を例えるのに新婚はない、ないだろ…。大丈夫なのか僕は…。
雪男は再び赤くなりかけた両頬をパシッと叩いて気合を入れる。…大丈夫、燐も今日は自分の家に帰るんだから。きっと僕も友達を家に泊めるのが初めてだったからこんな気持ちになるだけだ。大丈夫、大丈夫…!どくんどくんと忙しなく動く心臓は走っているせいだと決めつけて、雪男は学校に向かった。





「坊!子猫さん!聞いてくださいよ!今ゴミを出そうと外に出たら、お隣の奥村君が奥村君にお見送りされててしかもお弁当まで作ってもらってて…!」

「…はぁ?朝っぱらから何をわけのわからんこと言っとるんや…」

「お隣ってたしか特進科の奥村雪男君ですよね?」

「じゃあもう一人は普通科の奥村燐のことか?」

「そうなんですよ!なんや朝からえらいもん見せつけられたような気分ですわ…」

「泊まっただけやろ?別にそこまで気にすることじゃ…」

「いーやっ!あれは絶対何かありましたで…俺には分かる!」

「志摩さんの勘はあてになりませんからね」

「志摩はほっといて俺らも学校行くで」

「あぁん!坊も子猫さんも酷い!!」






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主催企画「高校生奥村幸せ補完計画」に提出したお話です。
京都組は雪男の部屋のお隣で暮らしてますよというこじつけ設定です…へへへ^p^←

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