君の瞳に! 奥村誕企画提出文 ・雪燐 23日の祝日は一日かけて必需品の買い出しや部屋の掃除。24日のクリスマスイブは兄さんとケーキや料理を作ったりプレゼントを交換したりして、25日のクリスマスは塾の皆とクリスマスパーティーをした。26日は終業式で学校が早めに終わった兄さんは早々に勝呂君達と一緒に買い物へ、僕は任務に出かけていた。 そして、27日。 12月27日は僕らが生まれた日。僕と兄さんが初めて地上で出会った日。 この日はなんとしても二人で過ごそうと何日も前から予定を調整してあるし、兄さんには内緒でお金を切り詰めて買ったプレゼントもささやかではあるが用意している。更に言えばこういう日にしたい、なんてプランのようなものもこっそりあったりする。…これはほんと”出来れば”の話なのだけど。夜に兄さんが用意してくれるであろう美味しい料理を二人で囲んで、お腹がいっぱいになったらプレゼントを渡して、それからまた色んなことを話して。それから、それから……。 そういうわけでとにかく僕は浮かれていた。修道院を出て初めての誕生日。正真正銘二人っきりの誕生日だ。むしろ浮足立たない方がおかしいとも言える。だから前日のうちにやるべきことは全部済ませておくなど気合い十分で当日に臨んだ。 「雪男!見てみろよ!雪降ってんぞ!雪!」 「ん、ん……うん……?」 「ほら、いつまで寝てるつもりだ!早く起きて飯食おうぜ!」 「えっ、い、今何時!?」 「何時って……もうすぐ10時だけど」 「えええええ!!?何でもっと早く起こしてくれなかったの!?」 「だ、だってお前すっげー気持ち良さそうに寝てたから起こしづらくって」 何をそんな必死になってんだよ…。と、燐が戸惑いがちの目で雪男を見ている。燐からすれば疲れている弟を寝かせてやろうと気を使ったつもりなのだろうが、雪男にとってそれは残念ながら有難迷惑となってしまっていた。 一気に覚醒した雪男は慌ててメガネをかけて辺りを確認する。窓からは眩しい光が射していて、燐が言った通りはらはらと雪が降っているのが見えた。自分達の誕生日に雪が降ったのはいつぶりだろう。寒さで反射的にぶるりと震えた体を縮こまらせながら雪男はベッドから這い出た。 「折角色々計画してたのに…」 「計画?何を?」 「…何でもないよ。さぁ、ご飯食べに行こっか。兄さん僕が起きるの待っててくれたんでしょ?」 「当たり前だろ。洗い物いっぺんにやっちまいてぇし」 「んー…そこはもうちょっとさぁ…」 「…?お前まだ寝ぼけてんのか?」 雪男の口ごもる言葉の意味を理解できなかった燐は首をかしげた。この顔は何も理解していないという顔だな、とほんの少し落胆しつつグンと大きく背伸びをした。成長期でまだまだ伸び盛りな雪男が背伸びをするだけでも燐にとってはなんだか自分の持っていないものを見せつけられているようで。 「…よっし!んじゃ食堂まで競走な!よーい…」 「え、ちょっ…!!?」 「どん!!!」 「う、わっ待ってよ!!…つか、廊下を走ったら危ないだろバカ兄!!!」 気に入らなかった燐はそれでも楽しそうに笑いながら、雪男はそんな燐に意表を突かれながらも二人は誰もいない廊下へ飛び出した。 「うっわまじ寒ぃな…!!」 「だからやめておいた方がいいって言ったのに…あーもー鼻が冷たい…」 着地点が地面でなかろうが何だろうがしんしんと降り続ける雪を追って雪男は空を見上げた。折角燐の作ってくれた朝食をお腹いっぱい食べたりのんびり話をしたりで体がほこほこ温まったというのに、何を思ったのか突然外へ行こう!と言い出した燐に連れてこられた結果がこれだ。寒い。心底寒い。半ば強制的に連れ出されたとはいえ、雪男はコート一枚しか羽織って来なかったことを悔やんだ。外気の入ってこれる隙間という隙間を全て塞ぐことができたらどんなにマシか。 特に何をするでもなく、ただただ浅く積もった雪をぎゅっぎゅと踏んで歩く燐の背中を見て雪男は溜息を吐いた。 「ブッ!!?」 「ぎゃはははは!!油断してっからだよ!次行くぞー!」 視界が一瞬にしてホワイトアウトした雪男は、何を言うでもなくそっとメガネを外して雪を払い落とす。 燐は次なる雪玉を作りながらもそんな雪男を見て内心既にひやひやとしていた。てっきりいつものように怒ってくるかと思っていたのに。 「…おいそこのバカ。メガネはやめろってあれだけ言ってあっただろ…っ!!」 「ぎゃあっ!!?」 いつの間にこしらえたのだろうか。沢山の雪玉が燐の顔面めがけて発射される。中には思いっきり握りこんで作られたとてつもなく硬い雪玉が足に当たったりもして相当痛い。兄に対して容赦がない。 「兄さんが僕に勝とうだなんて1億光年は早いんだよ!!」 「んだとおおおお!!?メガネのくせに!!メガネのくせに!!」 「メガネは関係ねーだろっ!!!」 「ホクロ!!メガネ!!」 「黙れよ!!!」 投げて避けてぶつけて騒いで。いつ以来かもわからない雪合戦に身を投じた二人はそれはそれは夢中になっていた。燐はともかく雪男も真剣に興じるほど。さっきまできっちり着込んでいたコートも今は玄関に二人分置かれている。 「はぁ…はぁ……なぁ、これいつまで続けるつもりだ?」 「はぁ…はぁ……知らないよ、兄さんが始めたんだろ」 「俺もう疲れた…っくしゅん!」 「ちょっと、大丈夫?このままだといくら兄さんでも風邪ひくかもね」 「あー…うん、そうだな。雪も堪能したしそろそろ中に…って、おい待て雪男。それはどういう意味…」 「なにやってるの兄さん。早くおいで」 「聞いてねぇし!」 すたすたと先に寮へ入っていてしまおうとする雪男の後を燐は急いで追いかける。ふと見上げた空からはやはり雪がしんしんと降り注がれていた。 玄関先で雪をあらかた落とした二人は揃って自室へと足を進める。 「…なぁ、雪男」 「ん?なに、兄さん」 「その……えぇっと、あの…」 「…まさかまた赤点でもとったの?」 「なんっでお前はそういう可愛げのないことを言うかな…!?」 「違うの?」 「違ぇよ!!」 だとしたら兄さんが言いよどむ理由で他に思い当たる節がない、と真面目な顔で言えばますます機嫌を悪くする燐。キッと睨まれてもぎゃんぎゃん騒いでも、それらは本気で怒っているわけではないと分かっているからこその会話に心地よさを覚えながら、雪男は燐の手をぎゅっと握った。世間一般で言う恋人繋ぎというやつだ。 「わかってるよ」 「なら言うなっつーの!まだ赤点とったって決まったわけじゃねぇんだからな!」 「そこは自信を持ってとってないって言えよ」 手を握られたことに驚くことなく燐も自然と握り返してくる。手を繋ぐことすら恥ずかしくて居たたまれなかったあの頃が懐かしい…。意識し始める前(といっても幼少時代の話なのだが)は普通に手を繋いだり触ったりしていた二人も、互いの気持ちが通じ合ってからはなかなかそういった触れ合いが出来ずにいた。 兄さんがこうして自然に手を繋いでくれるようになるまで長かったなあ…。嬉しさ半分幸せ半分の笑顔を口元に浮かべた雪男は立ち止まって隣を歩いていた燐と向き合う。突然足を止めた雪男を不思議に思いながら燐は雪男をまっすぐに見つめた。 「兄さん、誕生日おめでとう」 「あっ!!バカ、お前っ…!何で先に言っちまうんだよ!!」 「へぇ…おめでとうって言ったのにバカって返されるとは思わなかったな…?」 「ううう嘘!!嘘ですすっげー嬉しいです!!」 「ふぅーん…?」 「で、でも、先に言われて腹が立ったのはホントだからな!俺の方が先に言おうと思ってたのに!」 燐は悔しそうにぎゅっと唇を噛んだ。 「だって兄さんなかなか言ってくれないから」 「今言おうとしてたとこだっつの!」 「さっき外に連れ出したのも兄さんなりの演出とかそういうのじゃないの?」 「っ!?え、おまっ、そこまで気付いてたのか!?」 「…今のは適当に言っただけだったんだけど。本当に?」 「……知らねぇよっ!!」 「あっずるい!兄さんからも言ってよ!」 「……………」 恥ずかしさが限界にまで達した燐は俯いてしまい、もう雪男の顔を見ようとしてくれない。今は隠れて見えない尻尾も、外に出ていたら燐と同じようにだらんと力なく垂れていたことだろう。 困ったなあ、と雪男は頭を悩ませた。 ぐいっ 繋がれたままの手が引かれたかと思いきや、続いて手の甲に訪れるふにっとしたマシュマロのような触感。あぁ、今、兄さんは僕の手の甲にキスしたんだと気付いた頃には離れてて。余韻もへったくれも感じさせないぐらいあっさりと手を離した燐を腕の中に閉じ込めた。 「兄さんってばいつの間にそんな積極的になったの」 「なんだよ…不満か?」 「んーん。すっごく嬉しい…けどはぐらかされた感があるのがなぁ」 「うっ…それは…」 「言ってくれるんじゃなかったの?」 「言う!けど…後でに変更する」 「何それ、意味がわからないんだけど」 雪男がくすくす笑う度に零れる微かな息が燐の首筋に当たってぞくりと震えた。身体に巻きつけてある尻尾もびくびくと動いてそれがもの凄くこそばゆい。 「でも絶対に言ってよ?僕だって色々と計画してたのを崩してまで言ったんだから」 「計画って…ちゃんと言うから早く部屋に戻って風呂入ろうぜ。まじ寒ぃ!」 「そうだね、兄さんがミラクルを起こして風邪ひいちゃうかもしれないし」 「だからそれどういう意味だ!!?」 部屋に戻った二人はまずコートを脱いで風呂場へ直行した。風呂から上がってすぐに最近寮の別室で見つけた折り畳み式の古いテーブルを部屋の中央で組み立て、そこに燐が厨房から持ってきたカセットコンロを設置する。座椅子なんてものはないので雪男が用意しておいた座布団を二人分床に敷いたら準備完了。今夜の夕食はスキヤキらしい。それから、わずかな量だがお刺身も。下ごしらえは全部してあると言うので、二人で厨房へ食材を取りに降りた。 「結局いつ言ってくれるの?」 「おま…だからそういうのは急かされて言うもんじゃねーだろ!?」 「だって兄さん全然言ってくれないし。…風呂場で急かしたこと怒ってる?」 「な゛っ…!?…お、怒ってねーよ!!…あとちょっとしたら言ってやるから、な?」 「ほんとかなあ…?」 「ほんとのほんとだから安心しろ!」 両手に沢山の食材を抱えて部屋に戻る。雪男は燐の指示通り鍋にラードを塗ったり準備を手伝いながら燐との他愛のない会話を楽しむ。ついうっかりプランを崩してしまったが言ってしまえば予定は未定。本番はここからだ。自身のベッドに忍ばせてあるプレゼントは料理を食べてから渡すことにしよう。 「こんなもんかな…ん、出来た!食おーぜ!」 「うん!いただきます」 「いただきまーす!」 冷めないうちに、とがっつく燐に苦笑しつつ雪男も箸を進める。やっぱり燐の作った料理が一番美味しいと思う。言ってしまえばいつもの夕食の風景なのだが雪男にとっても燐にとってもこれ以上に幸せなことなんてなかった。料理を食べ終わってからも燐がこっそり朝早くから用意してくれていたケーキを二人で食べて、あぁもうこれ以上食べきれないと幸せな音を上げたところで雪男はゴホンと咳払いをする。 「兄さんこれ、大したものじゃないけどプレゼント」 「おっ!さんきゅー!!…って、うげっお前もマフラー!?」 「お前、も…?」 「これは俺からのプレゼントなんだけど……ほら、マフラー」 「クスッ…ほんとだ、かぶっちゃったね」 「昨日勝呂と志摩と子猫丸に付き合ってもらって選んだんだけどよ…この深緑色が雪男に一番似合うなって」 「僕も兄さんには深い青色が似合うなって思って」 「「目の色と同じ色だから」」 またかぶった!と、声を出して笑えば止まらなくなって。一通り笑い終えれば燐が雪男の隣に来ていた。巻いてやる、と言ってきたので大人しく巻いてもらう。すぐに暖かさが伝わってきて小さく暖かいって言えば、燐は嬉しそうに俺も巻いてと言ってきたので燐のマフラーを手に取る。 「よいしょっと」 「わっ、どうしたの兄さん」 「んー?いいからいいから、巻いてくれよ」 雪男の膝に割って入ってきた燐にマフラーを巻いてやれば、燐は心地良さそうに目を細めた。部屋の中だからと外に出された尻尾もすりすりと雪男にすり寄っている。 「ゆきおー」 「んー?」 「誕生日おめでとう、雪男…ちゅっ」 「あ、ありがとう…」 「ん!これからもずーっとよろしくな!」 満足そうにニカッと笑った燐の顔が眩しくて愛しくて。 「ちゅっ…こちらこそ、生まれてきてくれて本当にありがとう。ずっとずっとよろしくね」 「おう!ハッピーバースデー俺達、だなっ!」 燐をそっと抱きしめると体の内側から暖かくなるような気がして。雪の勢いは増していくばかりだけど、少なくともここは暖かい。何物にも代えがたいそんな思いで満たされた雪男と燐はそっと目を閉じた。 夜はまだまだ始まったばかり。 ******** 「奥村誕!!」に提出させていただいたものです。 とりあえずほのぼのなものを…! お風呂で何があったかというお話は別に提出させていただこうかなあ…と。 このような素敵企画を作っていただき、また参加させていただきありがとうございました! 奥村幸せになーれ!! 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