Photograph kiss





・雪燐
・ウブ村
・変態ではなくてウブです




「若先生もうちょっと奥村君に寄ってください」

「こ、こうですか…?」

「あー…ほんなら奥村君がセンセに寄ってください」

「つーか、何で雪男とツーショット…」

「まぁまぁ、細かいことは気にせんでもえぇやないですか」

「な、なぁ、雪男…」

「…やっぱり兄さんがこんな場所に付けるから…」

「……悪ぃ…まさか志摩に気付かれるとは…」

「お二人の記念写真ぐらい撮らせてくださいよ」

「「記念って言うな!!」」


カシャッ






そんなやりとりがあった日の夜のこと。
いつものように食事を済ませ(燐は熱いお茶を飲んで上顎を軽く火傷してしまった)いつものように風呂に入り(燐の裸を極力見ないためにメガネを外して入浴した)いつものように部屋で各々の時間を過ごした(雪男はシャープペンの芯を3度折り燐は漫画の同じページを5度読み返していた)。


((なにこれ…めちゃめちゃ恥ずかしい…!!))


そわそわ、そわそわ。誰かが声に出しているわけでもないのにそう聞こえてきそうなぐらい今の空気はそわそわしている。それはもう物凄いそわそわ。稀に見るそわそわ。


「雪男」

「はっ、はい!」

(何でいい返事!?)


寮に帰ってからずっとこんな調子で二人の間にまともな会話が流れていない。どちらかが話しかければ気持ちの悪いほど過剰な反応を返してしまう。…というのにも勿論理由があった。
初めて燐と体を繋げた日から今日で3日目。そろそろ次の機会を作りたい雪男にとって今日は丁度良い頃合いだ。のんびりと焦らず燐を怖がらせないように、を第一に考えようと思ってはいたものの…やっぱりシたい。最年少祓魔師で悪魔薬学の天才と言われ教鞭を振るう身ではあるものの、中身は15歳の男子高校生。一度あの快楽を味わってしまえばもう一度となるのは当然と言えば当然だ。生理現象というやつだ。


「そろそろあの…寝ようぜ」

「えっ」



寝る…寝る!?ちょっと待て、それはどちらの意味の「寝る」なんだ?睡眠?それとも……お誘い?いやいや待て待てそれはない。現に兄さんは普通に寝る支度をしているじゃないか。…うん、大丈夫。無理強いは駄目だ、まだ我慢できる。全然余裕、つらくない。


「そうだ、志摩から今日撮った写メ送られてきてたぞ」

「今日のって…あぁ、あの塾で撮ったやつか」

「お前まだ志摩のメルアド知らねぇのな。メールごと転送してやるから携帯出せよ」

「あ、ありがとう」

「今度ちゃんと聞いとくんだぞ。先生と生徒としてじゃなくて友達として、な?」

「…うん。そうだね、勝呂君や三輪君にも聞いとくよ」

「よし!…はい、そーしんっと」


電子音が流れて雪男の携帯画面に燐の名前が表示される。データフォルダの受信データを確認すれば新しい受信メールのデータが保存されていた。開いてみると自分と燐のツーショット写真が沢山…たくさん……たくさ……んん!?


「な、なんでこんなに撮られてるの!?」

「知らねーよ!俺だって送られてきて初めて気づいたんだよ!」


そこには燐と雪男が照れながら寄り添ってピースをしているもの、二人して携帯越しの志摩にツッコんでいるもの、そのことにハッとしてお互いを見つめるもの、慌てて顔を背けているもの。どれも連写モードさながらの写りだ。ご丁寧に目を瞑ったりぼやけたものなどの失敗写真まで添付されていた。撮られた時のあの恥ずかしい光景が蘇ってくる。
にしても…


「見事に全部顔真っ赤、だね」

「…だな」


写真に写っている雪男と燐は全て顔が真っ赤になっている。本人達は意識していなかったのだが、撮影していた志摩の目にもこの写真と同じ自分達が写っていたのかと思うと、もう…いたたまれなさすぎて消えてしまいたい気分だ。顔がカッカカッカと熱を発している。


「寝よっか」

「ん、電気消すぞ」


ぱちん。電気が消され、雪男も燐も自分のベッドへ入っていく。闇に目が慣れずともごそごそと布団の布ずれの音が二人にそれを伝える。燐は雪男が雪男は燐が寝たかどうか、耳を澄ませる度に聴覚が過敏になって秒針が時を刻む音すら大きく聞こえて。

カチカチ、カチカチ。そわそわ、そわそわ。

……眠くない。眠たくなるはずがない。


(兄さん…寝たかな)

(雪男…寝息聞こえねぇな…)


無機物だけが音を発するこの空間がぴんと張られた水面がとしたら、呼吸音すらもその水面を脅かすような気がする。
自分は壁の方を向いているがもし兄さんがこっちを向いていたら…寝返りをうってもし兄さんと目が合ったらどうしよう。もし、目が合ったら……。


(…ちょっと危ないかもしれない。……主に生理現象的に)


で、でも次もちゃんと兄さんの同意を得て今度こそきちんと兄さんをリードするんだ。もうあんなカッコ悪いところは見せたくない…! ていうか、僕がもう思い出したくない!


(おやすみ、って言い忘れたな…)


兄さんもどこかそわそわしていたような気がする。僕の願望かもしれないけど。
眠ることが出来ずただ手持無沙汰になってしまった雪男はそろりと枕元に置いてあった携帯を手探りで手に取った。明日のアラームを少し早めにセットしなくてはいけないことを思い出したのだ。もし燐が眠っていた時のことを考えて、光源を漏らさないように布団を頭までかぶって携帯を弄る。
ふと、さっき転送してもらった燐とのツーショット写真が脳内をよぎった。


(…もういっかいだけ見たら寝よう)


雪男は慣れた手つきで鍵付きのデータフォルダを選択してパスワードを入力する。因みにこのフォルダには修道院に置いてきた自分と燐のアルバムから雪男が選び抜いた燐の写真の写メが保存されている。勿論燐には内緒で。そこには獅郎と3人で写っているものや燐の小さい頃の写真、果ては喧嘩の後だろうか、顔に絆創膏を貼っていながらもニカッと笑っている中学3年生の燐のものまで様々だ。そんな写真の中から一番左上のものを選んで雪男はぐっと息を詰めた。


(うわあああ…!兄さん、かっわいい…!!)


どうしようもないこの思いを布団の中でつま先を擦り合わせることによってやり過ごす。一気に顔に熱が集まったせいか耳が小さくキーンと鳴っている気がする。ほんの数歩歩いた先に写真の中の人物がいると思うと余計に胸が苦しくて。もしもこの部屋に自分しかいなくて更に大きな音を出してもいいというのなら、きっと今頃枕に顔を埋めて言葉ではない何かを叫んでいたことだろう。我慢すればするほどつま先のもだもだ感が増すばかりだ。


(これ、僕の部分だけ省いて兄さんをアップにしたらどうなるんだろう…)


恐る恐る雪男は拡大ボタンを押してみた。もとより画面が大きめの雪男の携帯で燐の顔をアップになんてしたら結果が見えているようなもの。見えていたのだがあえてそれを見ないふりまでして雪男は臨んだのだ。そして言わずもがな思考回路がショートした。


(これっ、キス待ち顔じゃないの…っ!!?)


写真の中の燐は少し俯いてはいるものの耳まで真っ赤に染められていて口はきゅっと結ばれている。今にも『恥ずかしい!』なんて燐の声が聞こえてきそうな顔をしていた。
なんだかいけないことをしている気持ちになりながらも、雪男は逸る気持ちを抑えきることができなかった。


(……お、おやすみのちゅー………な、なんてね!!)


誰に言い訳をしているのか知る由もないが、気が付いたときには雪男は画面越しの燐に軽い軽いキスをしていた。今の気分を表すなら、いっそのこと自分の頭に鉛弾をぶち込みたい気分、といったところだろうか。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!一時のテンションに身を任せると自分の身を滅ぼすとはまさにこのことだ。ほんの数秒前の僕は一体何を考えていたんだ?疲れていたのか?それとも頭が湧いていたのだろうか?…理由はどうでもいい、過ぎた時は戻せない!
つま先は擦りすぎて熱すぎるぐらいにまでなっている。一体僕はこんな時間に何をしているんだ。ていうか兄さんにこんなことがバレたら合わせる顔がない…!
ドクドクと自身の心臓が脈打つ音を間近で聞いているような錯覚を起こしながら、雪男は燐のベッドに耳を澄ませた。


(……よかった、兄さんもう寝てる…)


ほっと胸を撫で下ろした雪男は深呼吸をし、携帯を元あった位置に戻した。これ以上写真を見ているとそれこそ徹夜してしまうかもしれない。流石に分別をつけるべきだろう。兄さんだっている起きるのかわからないんだし、それに明日はいつもより早起きしなければいけないんだから。
枕の頭の位置を直して雪男は静かに目を閉じた。


旧正十字学園男子寮のとある一室での出来事。





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