Melting morning ・雪燐 ・これのおまけのようなものです ・ウブ村(ウブな奥村)布教 ・エロを書いた反動でウブさが爆発しています 「ん……もう朝…?」 寝起きでぼやける目をごしごしと擦りながら起き上がった燐は、向かいのベッドをぼんやりと見る。どこかいつもとは違う景色を不思議に思いながら燐はベッドから降り……れなかった。まるで最初からそうしようとしていたかのように燐はぺたりとその場に座り込んでしまったのだ。 「え、え、なに!?ちょっと待て力入んねぇえええ!!」 起きた時は感じなかったはずの鈍痛が燐の腰を蝕む。あれ、おかしい。一晩でこんなに足腰立たなくなるはずがない。ちゃんと体は鍛えているはずなのに。ありえない。ありえないついでにありえない個所まで痛い。意味が分からない。嘘だ、意味は分かった。今分かった。全部思い出した。ものすごく恥ずかしい。土に埋まりたい。間違えた、穴があったら入りたい。 「あ、兄さん…!」 「っ!!ゆきお、くん…?」 ドアが開いて入ってきた人物に燐は肩をびくりと震わせる。相手も燐が床に座り込んでいる姿を見て驚いているようだ。メガネのブリッジをくいっと持ち上げて燐を見下ろしている雪男は口が半開きになってしまっている。 「え、えぇっと…何でエプロン付けてるん……ですか?」 「何でって、朝食を作ろうと思ったから…です」 ((え、何で敬語…?)) お互いがお互いの振る舞いを不自然だと感じながらも、なんとなく今会話を途絶えさせてはいけないような気がした二人はそのまま会話を続けた。 「へ、へぇー…何作ってくれるんです、か?ハハッ、ちょー楽しみ、です」 「目玉焼きとトーストとサラダ、です…簡単ですからね」 「おおっ美味そう…じゃなくて美味しそう、だなぁ〜…?んん?間違えた、美味しそうですね〜…あれ?」 最早何が間違いで正解なのか分からなくなってきた(そもそもこの会話にそんなもの存在するはずがないのだが)燐は頭の中がこんがらがってしまっている。普段ならここで雪男が溜息交じりな声で「何わけわかんないこと言ってんの」と突っ込んでくるはずなのだが、生憎今日の雪男は燐と同様に混乱してしまっていたため「あはは」と呑気に笑ってしまっている。完全に会話が迷子状態である。 「立つの手伝いましょうか?」 「えっ!あ、あぁ…へーきへーき!…です」 「でも全然立てそうに見えな…」 「へ い き!…です!!」 ベッドに手をかけてぐっと足に力を入れる。が、なかなか思ったように立つことが出来ず燐は目をぱちくりさせた。腰の痛みが関係しているわけではない。立とうとすればするほどぺたんぺたんと尻餅をついてしまう。かなり不思議な光景だ。 「ほら、どうぞ」 「へ…?」 あれっあれっと繰り返す燐を見かねた雪男は自身の背中を差し出した。おぶってやる、ということなのだろう。弟の背中におぶられるなんて情けないこと本当は断りたい思いでいっぱいなのだが、だからといってこのまま尻餅ループに迷い込むのは流石に遠慮したい。 燐はほんの少し迷いながらも素直に雪男の首へ腕を伸ばした。 ……ことをすぐに後悔した。 (やべええええ!!これ密着度ちょーやべええええええ!!) けれども後悔しているのは燐だけではなくて。 (うわーうわー兄さんのお尻柔らかい…じゃなくてっ、もしも変な風に触っちゃったらどうしよう…!?) 背中を差し出した雪男もこの状況にどう対応していいのか分からなくなってしまっていた。現に二人の会話は知らない間に「椿先生のちょび髭ってたまに鼻毛に見えませんか」なんて酷すぎるものへと発展している。もしも椿先生に聞かれていたら謝り倒しても決して許してもらえそうにないレベルのミスチョイスだ。本当に申し訳ない…! 「ふぇ…」 「?なに、どうし…」 「ふぇっ…ぶえっくしょん!!」 そしてここで突然のくしゃみである。燐はおじさんのように「うぃー…」なんて声を漏らしているが、雪男からしてみれば耳元で大きな声を何の前触れもなく出されたようなもの。いくらなんでも驚いた、というか耳が痛い。ムカッとした雪男は文句を言おうと首だけを動かして振り向く。 ……ちゅっ 「!!!??」 偶然とでも言うべきか。雪男が振り向くタイミングと燐が謝ろうと雪男の顔を覗き込んだタイミングがぴったりと重なってしまったのだった。図らずもおはようのキスである。 「ご、ごめんっ…わざとじゃないんだ!!」 「……………」 「えっ何で無言!?ほ、本当に今のは不可抗力で…!」 雪男は顔を青くしたり赤くしたりと器用なことをしているが、燐は燐で顔がゆでだこのように真っ赤になっていた。自分がくしゃみなんかしなければこんな妙に気まずい空気にならずに済んだのに、と自責の念に駆られている。 これ以上何を言っても無駄な気がした雪男は黙って食堂へ足を進めた。燐もこの空気を打開する話題を見つけられず口をきゅっと結んで無言を貫く。 「…はい、着いた。座れる?」 「あ、うん…さんきゅー」 敬語は消えても互いの目を見れずにおどおどとした反応を返してしまう。燐がそわそわしながら椅子に座って待っていると、厨房から雪男が二人分の朝食を運んできた。少し焼きすぎたトーストと明らかにちぎって盛り付けただけのサラダ、それから崩れ気味の目玉焼きが燐の前に並べられる。てっきり黄身は崩れているのだと思っていた目玉焼きはなんとか形を保っていた。見た目はどうであれ朝食の良い匂いが燐の鼻孔を刺激してお腹が鳴りそうになる。手を合わせていただきますを言った燐は美味しそうにそれらを頬張った。 「あのさ、兄さん…」 「なんだ?」 「すごく言いにくいことなんだけど…」 「もったいぶってねぇで言ってみ」 お腹が満たされて燐の緊張も解けていく。先程までガチガチに緊張していたのが嘘のようだ。普段の調子に戻りつつある燐は口ごもる雪男の言葉を促した。 「うん…あのね……昨日、キスマーク付け忘れた」 「ゲホッゲホッ…!!?ななな、何言ってんだお前ええええ!!?」 「だ、だって!朝起きてから気づいたんだからしょうがないだろ!?」 「違う!そこじゃねぇ!なんつーこと言ってんだって話だ!」 一度びんっと真っ直ぐに伸びた尻尾は今、不服そうに床をびたんびたんと叩いている。危なかった…今ちょっと間違えれば確実にパンを喉に詰まらせていた。涙目で雪男に入れてもらった水を飲む。雪男は燐の反応を見て吹っ切れたのか身を乗り出して燐に迫った。 「だから今付けさせてください」 「嘘だろ!?つーか何で真顔!?」 「いいから!お願い!」 「え、や、ちょっ…、…ッ!」 雪男は顔を真っ赤にしながらもこわごわ燐の肩を抱き寄せて首筋に吸い付いた。ちりっとした軽い痛みが首筋に走り、燐は反射的に体を縮こませる。キスマークは噛み付いてつけるものだと思っていた燐は、執拗にちゅうちゅうと吸い付かれる感覚をどう耐えればいいのかわからない。咄嗟に雪男のシャツに縋り付く。 「……ん、…はい、おしまい」 「つ、付いたのか…?」 「うん、でも兄さんの身体ではすぐに消えちゃうかもね」 「あー…そう、だな…」 見ようにも自分では見えない位置に付けられたそれを確認することができないため、燐は雪男が吸い付いた箇所をなぞるように撫でた。 「………あ、」 「どうしたの?」 「雪男、ちょっと首出せ」 「……え…ま、まさか…っ」 「ん、俺もお前にキスマーク付けたい」 「…いい、けど…その代わり歯は立てないでよ、痛いから」 「わーってるって」 歯を立てないように、吸い付くように。見よう見まねで得た知識を頭の中で唱えながら燐は雪男の首に吸い付いた。 「ぅあ…っ、ちょっと兄さんそこはまずいって!」 「へ?らんれ?」 「制服の襟で隠しきれないよ…!」 「あ……ふぉめん…ちゅっ」 たしかに祓魔師コートを着ればまだ隠れるかもしれないが、雪男の心配をよそに燐は自分の付けたキスマークを満足そうに見つめている。自分のはすぐに消えてしまうだろうが雪男に付けた方はそうすぐに消えることはないだろう。 「もー……いいから早くご飯食べよう。冷めちゃうよ」 「おう!…なんか朝のギクシャク感が嘘みてーだな!」 「うん、そうだね…ちゅっ」 「ははっ!くすぐってーよ…ちゅっ」 よかった。今度こそいつもの調子に戻れそうだ。二人の間には和やかで暖かい空気が流れている。あぁ、うん、今とても幸せだ。土曜日最高!二人の甘い時間最高!恋人万歳! とある日の正十字学園旧男子寮、二人の幸せそうな笑い声があふれんばかりに食堂に響いていた。 『あ!ゆきおとりんが ちゅーってしてる!』 「「してねぇよ!!?」」 『!? ゆきお!おれのことば わかるのか!?』 [*前] | [次#] ← |