DIVE!




・雪→←燐からの雪燐




太陽の光を反射した水がきらきらと宙を舞う。見開いた目の先には青すぎる空と真っ白で大きな入道雲が視界いっぱいに広がっていて。じわじわと大合唱をする蝉の声が遠くで聞こえた。そして、



何故だか僕も、宙を舞っていた。



どぼん!

大きな水音が響く。続いて襲い掛かる、鼻に水が入る独特の感覚。驚いてごぼっと口から出ていく二酸化炭素が地上に向かっていくのを眺めて、雪男はハッと我に返った。


「何すんだよっ!!」

「あ…悪ぃゆき、お……ぶほっ」

「笑い事じゃねぇんだよ…っ!!」


ぼたぼたと髪を伝う水を払ってメガネを外す。視界がぼやけて何も見えないが、ただ言えることは、メガネがびしょ濡れで尚且つ手身近にメガネを拭けるものがないということだ。来ていたTシャツまでぐっしょりで、肌に張り付いている。
メガネをかけ直せば、水滴のせいであまりよく見えないが、兄さんがプールサイドで俯いてぷるぷると震えているのが見えた。


「………兄さん、ひとつ言っていいかな」

「へっ、な、何だ?」

僕に隠れてこっそりと笑っていたのだろうか、兄さんの声が少し上擦っている。そのことに更にイライラが募った僕はばしゃばしゃと水をかき分けて兄さんに近づいていく。僕が怒っていることにようやく気付いたのだろうか。兄さんが笑っていた顔をひくりと引き攣せて一歩後ずさる。


「何で僕達が休日のしかもこの炎天下の中、学校のプールを掃除しているのか分かってる?」

「……あー…えっと、それは…」

「誰かさんが勝手にプールに忍び込んだところを理事長に見つかったからだよね?」

「う゛っ…」

「とばっちりを喰らった僕をプールに突き落す暇なんて、あると思ってるの…?」

「ちょ、雪男…!」


持っていたデッキブラシを構えた兄さんは、プールサイドから上がってくる僕から逃げるようにじりじりと後ろに下がっていく。観念しろ。兄さんも水中に落としてやるからな。
意を決し、足をかけてさぁ、上がるぞ。というところで兄さんが「うげっ!?」なんて色気のない奇声を発して降ってきた。


………え、降ってきた…?


「えぇええぇええええ!!?」

「うわあぁああああぁあぁあ!!!」


水で滑ったのか、漫画のように見事な滑りを見せた兄さんは、そのまま綺麗に僕の方へ落ちてきて…


「「痛っ!!?」」


ばしゃん!


見事僕を再び水中へ突き落した。兄さんの額が僕の鼻に当たり、その衝撃でメガネのブリッジが鼻筋にめり込む。痛いしまた鼻に水が入ったしで、怒りが爆発した僕はメガネ(少し歪んでしまっていた)を外してその辺に放った。どうせ水だからこれ以上壊れることはないし、今は腕の中でもがもが言っている兄さんを黙らせることが最優先だ。


「ぷはぁっ!あー死ぬかと思ったぜ…!」

「落ちてくるのは勝手だけどさ、巻き込まないでくれない?」

「でもちゃんと抱き留めてくれたよな!」

「…っ、」


いやまぁ、それは反射的にだけど、だって兄さん僕に向かって落ちてくるし…大体、怪我でもしたら危ないじゃないか。怪我なんて昔からしょっちゅうだけど、本人はすぐに治るから大丈夫だなんて言ってるけど、それでも、やっぱり、


「兄弟、だからね」

「え?」

「当たり前だろ。兄さんだって、逆に僕が落ちてきたら受け止めるでしょ?」

「そりゃまぁ…そう、だけど…」


兄さんはぎゅっと僕の服を掴んで何か言いたそうな顔をした。兄さんの着ていたTシャツも僕と同様に濡れていて、体に巻きつけてあった尻尾が透けて見えてしまっている。今このプールには僕と兄さん以外いないけど、念のためということもある。ていうかむしろ僕のためだ。この密着度で早まる心臓の鼓動がバレないわけがない。言い訳のできるうちに早く上がってタオルでも被らないと。
けれど兄さんにプールから上がるようにと促すつもりで開いた口は、音を発することなく固まってしまった。

兄さんが、僕の首筋に吸い付いたのだ。

兄さんが腕の中で動くのと同時に、ちゃぽん、と静かな水音が響く。


「………は?」

「お、俺はっ!……これでも一応、誘ってるつもりなんだ、けど…」

「………何が?」


突然のことに状況が呑み込めなくて唖然とする僕にカチンときたのか、兄さんはドンと僕の胸に顔を押し当ててきた。痛い、けど、兄さんの方が痛いんじゃないかこれ…。鼻が当たった感触がしたんだけど。


「〜〜っ!分かんねぇなら、もういいっ!」

「…何なんだよ、まったく」


隠しているつもりなのかどうか知らないが、真っ赤になった兄さんの耳が僕の位置から丸見えだった。ぎゅぅううっと首に絡められた腕に力がこもっていて少し苦しい。


「…ねぇ、ちょっと。苦しいよ兄さん」

「あ、ごめ…っ」


慌てて体を離した兄さんの隙を狙って、額にキスをする。何が起こったのかわからない、といった顔をしている兄さんは、僕の顔を数秒見つめた後真っ赤に染まった。


「な、なななな、何すんだメガネッ!?」

「何って…兄さんをマネて僕なりに誘ってみたんだけど?」

「っ!」


きょろきょろと目を泳がせた兄さんは諦めたのかもう一度僕の胸に顔を押し付けた。心臓の辺りをぐりぐりされて、あぁ、もうこれはバレたかな。


「…心臓爆発しそうな音させといて何言ってんだか」

「それを言うなら兄さんもじゃない。折角、我慢してたのに…」


ぎゅっと今度は僕から抱きしめる。水の中にいるのに兄さんの体は温かくて、時間が止まればいいのになんて思ってしまった。あるわけないのに。


「……兄弟だけ、じゃねぇだろ…?」

「…うん」


どちらからともいわず互いに視線を合わせる。太陽はじりじりと熱くて、髪の毛が燃えているかのような錯覚を起こさせる。でもそれより兄さんの視線の方が熱くて。この視線で溶かされてしまいそうだとも思う。
時間を止められないなんてことはわかってる。そんな非科学的なこと、あるわけがない。でも、この唇と唇が触れるまで…いや、触れてからの時間は、奇跡でも何でもいいから起こって止まってくれたりしないだろうか。


「ん…はっ、ぁ」

「…ふ、」


そして、僕らが溶け合った瞬間にまた動きだしたりとか。なんてね。詩人みたいなこと考えられる暇があるぐらいなら、今この瞬間を目に焼き付けておきたい。



残念なことに時間は止まらなかったが、じわじわと鳴いていた蝉の大合唱は遠くに感じた。






- 8 -


[*前] | [次#]






( prev : top : next )

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -