無自覚クライシス





「ほんとありえない。こんな時に限って雨が降るとか、もうこれはシズちゃんの日頃の行いが悪いせいだよね。絶対そうだ」

「殺すぞ。この雨は手前の日頃の行いが悪いせいだ。間違いねぇ」

「でも新羅達とはぐれたのはシズちゃんのせいだ」

「……………」


ざぁざぁと嫌味のように音を立てて降る雨は、先程よりも幾分か強くなってきているようだ。臨也は膝を抱えて溜め息を吐いた。よりにもよって、新羅と門田と静雄と一緒に祭りに来ている時に降らなくてもいいじゃないか。急いで神社の小さな本殿に駆け込んだものの折角新調した浴衣はずぶ濡れだし、静雄に手を引かれるまま付いてきたので新羅達とははぐれてしまった。最悪だ。


柄にもないことをするからこうなるのだ。


祭り自体はたいして興味がなかった。ただ、ふと祭りに行きたいと思ったのだ。夏休みも残り僅かとなったある日、本当に、ただ、唐突に。


「………おい、臨也」


痛いところを突かれて黙っていたかと思いきや、隣でぼぅっと雨を眺めていた静雄が話しかけてきた。視線はずっと雨を捕らえている。


「……何?」

「……寒くねぇか?」


ぶっきらぼうに吐き出された言葉に一瞬思考回路が止まる。返事をしようにも何を言っていいのか分からなくなってしまった口は、ぽかんと間抜けに開いたまま塞がらなかった。


「…なぁおい、聞いてんのか?」


痺れを切らしたのか、ようやく視線がこちらに向けられて目が合う。ぽたぽたと髪から雨粒が落ちて、静雄の浴衣が濡れていくのをなんとなく見ていた臨也が少し戸惑う。現実逃避をしている場合じゃない。


「……え、いや、だってさ、心配してくれてんの?シズちゃんが?この俺に?…気持ち悪!」

「んだとコラァ!人が折角し、…っ」

「し?」

「し………死なねぇのか確認してやったのによぉ!」


静雄がムキになって言い返した無理矢理にも程があるだろうと言える言い回しに、臨也は笑いを堪えられなかった。


「ちょっwwシズちゃんそれはない!それはないよ!www素直に『心配した』って言った方が幾らかマシだよ!いやぁ、新羅とドタチンにも聞かせてあげたかったなぁ。国語のテストだったら1点ぐらいは貰えたんじゃない?www」

「だあああくそおおおっ!笑うなノミ蟲ィイイィイ!!よし決めた、今日が手前の命日だ!!潔く死にやがれ!!」


耳まで赤くした静雄が目の前にあった賽銭箱に手をかける。やばい、と思い立ち上がった瞬間、鼻がむず痒くなった。


「…っくしゅん!」


ちゃりん、と静雄の持っていた賽銭箱の音がして『これはぶつかったな』と思い強く目を瞑る。あぁ、もう、誰だよ今日シズちゃんを誘った奴!新羅だな、新羅だろうな、くそっ!ついでに雨、何で降ってるんだよ!寒いっつーの!


ひたり、


「…………ん?」


額に何かが触れ、その予期していた痛みとは真逆の暖かい感触にうっすらと目を開ける。


「……寒いなら寒いって素直に言えっつーの」


まず視界に入ったのは、これまた予期していた静雄の怒った顔ではなく、眉間に皺を寄せて薄く笑いを堪えるような静雄の顔だった。それから、臨也の額に当てられた手と自分の額に持っていって熱を確認するような動作をする。


「ごめん、何やってるのか聞いてもいい?」

「あぁ?手前、熱があるなら外に出て来んなよな。雨に濡れたら悪化するぞ」

「…は?熱?」


俺が?と聞くと、聞いているのかいないのか静雄がこちらに背中を差し出してきた。


「ほら、乗れ」


おんぶ、ですか。

何でだよ。ただでさえいつもとは違うシズちゃんに戸惑っているというのに、そんな行動をされたらますます目の前の人物が自分の知る平和島静雄なのか疑ってしまう。ていうか俺、風邪ひいてたの?言われてみれば確かに足元が少しふらつくけど、この程度なら問題ないだろうしシズちゃんに借りを作るだなんてプライドが許せない。

嫌だ嫌だ。


「絶対嫌だ。シズちゃんにおんぶされるぐらいなら、まだ新羅にされた方がマシだよ。大体君、本当にシズちゃん?俺に背中を向けるとかどうしたの?まさか雨が脳みそにまで浸透して別人格が構成されちゃったとか?」

「グダグダ言ってねぇでさっさと乗らねぇとマジでひねり殺すぞ」

「……………」


なんだかシズちゃんにひねり殺すって言われると妙にリアルだよなぁ。…じゃなくて、本気で俺をおんぶする気?そんなところを誰かに見られたら…って言っても、どうせこの神社にはもう俺達ぐらいしかいないだろうけどさ。


「嫌だったら嫌だ。…そうだ、ドタチン呼ぶよ。うんそうだそれがいい。シズちゃんより新羅、新羅よりドタチンだよ。ちょっと待ってて、今電話す「さっさと乗れって何回も言わせんじゃねぇよ!」


携帯を取り出して電話をかけようとした臨也の手を引っ張った静雄は、臨也を横抱きに抱えて走り出した。ばしゃばしゃと水のはじける音が聞こえる。


……あ、あれ?これって所謂お姫様抱っこというものじゃない?


「いやいやいやいやおかしい!おかしいよシズちゃん!さっきはおんぶって言ってたじゃん!何でお姫様抱っこ!?離してよ!!」

「よく考えたらこっちの方が雨当たんねぇだろうがよ!俺だってしたくねぇんだから暴れたら手前、マジで潰すからな」


ぎりっと静雄の指に力が入ったのを感じて口をつぐむ。この状況は冗談抜きで潰されかねない。こんな予定じゃなかったんだけどなぁ。雨は降るわ祭りは中止になるわシズちゃんにはお姫様抱っこをされるわ、今日は本当に厄日だ。


柄にもないことをするからこうなるのだ。


まったくもってその通りだと思う。

ここまでくればもう自分の日頃の行いが悪いせいだと認めざるをえないのかもしれない。……あー…最悪だ、頭が痛くなってきた。シズちゃんが色々考えさせるからだ。大嫌い。もう頼むからコイツ死んでくれよ。

ちらりと上を見れば、必死に自分を雨から守りながら走る静雄の顔があった。

こういう、弱っている人間を見ると誰彼構わずに放っておけないところも嫌いなのだ。


「俺なんて放っておけばいいのにさ、馬鹿だよねシズちゃんって」



ホント、馬鹿だ。大嫌い。



そう言ったのかどうかも分からないうちに臨也は意識を手放した。














「臨也もそうだけど、何で静雄も素直にならないのかなぁ。折角僕らが気を使ってあげたのに何コレ。何で2人とも僕とセルティの愛の巣で眠ってるの?」

「……まぁ、いいんじゃねぇか?こいつらが喧嘩して神社が一つ無くならなかったことを考えればさ」

「…まあね」


すやすやとベッドで眠る臨也の横で臨也をかばうように眠る静雄を見て新羅が溜め息を吐いた。あれだけお互いを特別視しておいて自分の気持ちすら自覚できていない2人を、今回の祭りにこじつけてくっつけようとしたのは新羅の提案だった。さすがにじれったい、ていうか一緒にいる僕達を巻き込まないで欲しい、という思いの詰まった提案だった。門田の言った通り、神社が無くならなかったのは良かったのだが、これはこれで対処に困る。


「後をつけておいて正解だったよ。じゃなきゃまた玄関の扉が壊されていたかもしれないしね。…にしても、僕静雄のあんな必死な顔を見たのは初めてだよ。何か進展してくれていればいいんだけどさ」

「………あまり考えると胃が痛くなりそうだけどな」


新羅がてきぱきと治療道具を片付けるのを横目で見ながら、門田は今日誰よりも大きな溜め息を吐いた。








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5000ヒット企画
『雷神組で夏祭り』です
お待たせした上にお題から超脱線した感が満々ですみません…orz
いつでも書き直します!
碧藍様のみお持ち帰り可です

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