Case3〜折原臨也の場合〜




……最悪だ。


「あぁ、俺も笑えねぇな」


ぜぇぜぇと息を切らしてリビングに入ってきた人物に心臓が止まりかける。今の俺はさぞや滑稽な顔をしていることだろう。だって開いた口が塞がらないとはまさに今この状況の事を指すのだろうからね。
キッチンから戻ってきた新羅が手に持っていた新しいマグカップをシズちゃんに渡してにこりと笑う。


「はい、静雄はミルクでよかったかな?」


それを一瞥してシズちゃんは俺を見据える。……新羅の奴、シズちゃんがここに来ること分かってたな。おそらくシズちゃんの後ろにいるセルティがグルなのだろう。さっきセルティから来たメールで連絡を取り合っていたのか。
…アハハハハ!この折原臨也が闇医者ごときに一本取られたよ!なんて笑えるわけがない。笑い飛ばせる事ができたらどれほど楽か。普段なら気付くはずであるような事に気付けなかった俺が実に馬鹿馬鹿しすぎて笑うどころか嘲笑が漏れてしまうほどだ。


「おい臨也、テメェ…」


ようやく呼吸が整ったのか、シズちゃんが俺の方へゆっくりと近付いてくる。

「あーはいはい、すぐに出て行きますよ。今日はさすがにシズちゃんとやり合えるほど元気じゃないからね。言われなくてもさっさと帰るさ。じゃあね」


いつもの笑顔で足早にシズちゃんの左側を通り過ぎようとした時だった。左腕の骨がみしりと軋むほど強く握られて思わず顔がくしゃりと歪む。


「ちょっと、痛いってば!今日は君とやり合う気はないって言っただろ?…放してよ」

「断る。いいから、ちょっとこっちに来い」


シズちゃんは俺の返事を聞かずにずんずんと玄関の方へ俺を引っ張って行き、玄関を出て階段を下り、更にはマンションを出て最終的に近くの公園まで連れて行かれた。いくら俺が踏ん張ったり右手で対抗してみてもびくともしないから腹が立つ。しかも少しでも俺が暴れようものなら俺の腕を握っている左手に力を入れるから性質が悪い。


「っ、シズちゃん!いい加減にしてくれない!?俺は君と違って忙しいんだよ!あと腕痛いんだってば!」


半ば叫ぶように訴えれば、ベンチに放り出される形でようやく腕が解放される。多分これ痣になっているだろうなぁ、と考えられたのはまだ俺が平常心を保てている証拠だと思う。…よし大丈夫、ここからなら走れば逃げられる。


「逃げるなんて考えるなよ」


……どうしてこの男はこんなにも勘がいいのだろうか。段々腹が立ってきた。


「逃げないよ。もう疲れた。で?今日は俺に何をぶつける気?言っておくけど今日は俺本当に疲れてるんだ。避けられないかもしれないから今日こそ本当に俺の事を殺せるかもしれないね。あ、でもそうするとシズちゃんの彼女さんが悲しむよ?殺人罪を背負って彼女さんを悲しませるより俺を見逃してくれた方がずっとお互いにとって有益なんじゃないかな?」


半分投げやりと半分嫌味を込めてベンチに背を預ける。俺の正面で俺をじっと見ていたシズちゃんの眉間に深い皺が出来ていた。


「彼女って、誰だ?」

「…とぼけなくてもいいよシズちゃん。君、最近彼女が出来たそうじゃないか。おめでとう!相手の名前まではまだ調べていないけど、さぞや綺麗な女の子なんだろうねぇ」

「………何言ってんだテメェ。俺にはそんな彼女いねぇぞ」


プツンと頭の中で何かが切れた音がした。


「隠さなくてもいいってば!そんなに俺に知られたくないわけ?ふーん、よっぽどその彼女が大事なんだぁ?安心してよ、俺はシズちゃんの彼女に嫌がらせなんかしないし、もう二度と君の前には現れないからさ!よかったね!清々するでしょ?」


妙に冷静を保とうとしているシズちゃんにイライラが募る。


「…何言ってんのかわかんねぇけどよ、テメェがさっきから言ってるのはもしかして幽のことか?」

「幽君は男でしょ!?馬鹿にしないでくれないかなぁ!?」


今度こそ本当に腹が立って立ち上がった俺の前にシズちゃんの携帯が突き出される。そこには隠し撮りと思われるシズちゃんと俺にも送られてきた黒髪の女―――ではなく、女装した幽君の写メが映っていた。


「良く見てみろ、そんなのはただのデマだ。いくら兄弟とは言えど、俺と飲みに行くのに周りにバレるとまずいからって言って女装してたんだよ。新宿の情報屋である臨也君が見間違えるなんて酷ぇザマだなぁ、あぁ!?」


携帯をひねり潰すかのように乱暴に閉じられてハッとシズちゃんの顔を見る。そこには冷静さを保つ事をやめたいつものシズちゃんの顔があった。


「テメェこそ最近彼女が出来たらしいじゃねぇか?長い黒髪のスラっとした美人だって噂だぜ?俺の馬鹿みてぇな噂に翻弄される前に彼女と一緒に新宿で大人しくしてればいいものをよぉ!!」

「…………は?何?俺に彼女が出来たの?」


これには先ほどまでの怒りが吹っ飛んでしまうほど驚いた。おいおい、誰だそんな根も葉もない噂を流したのは。


「何で疑問系なんだよ!」

「待って待って!それってまさかコレのこと?」


すぐに携帯から波江の情報を引き出して顔写真を見せる。するとシズちゃんがぴたりと黙り込んでしまった。…この顔は実際に俺と波江が2人でいるところを見たことがないって言う顔だな。大方シズちゃんの上司にでも聞いたのだろう。ばかばかしい。


「彼女は俺の新しい秘書。ちょっと変わっていてね、実の弟しか愛せないんだ。シズちゃんこそそんな稚拙な噂に振り回されるなんて、酷いザマだね?」


にやにやと笑ってやれば暗がりでも分かるぐらい顔を赤くするシズちゃんを見てつられそうになる。……なんだ、じゃあ結局は俺の勘違いじゃないか。あれ?だとすると、何でシズちゃんは俺に彼女が出来たという噂にここまで動揺したのだろうか。


「ねぇ、シズちゃん、」

「て、テメェは黙ってろ!」


ぐいっと肩を押されて再びベンチに座らされてしまった。この時になって改めて今この真夜中の公園には俺とシズちゃんしかいないという事実を突きつけられて急に恥ずかしくなった。


「な、何?」

「さっき、俺が来るまで新羅と何か話してただろ」

「……いや、別に?」

「………俺の携帯を通じて会話が丸聞こえだったって言ったら、どうする?」


ぐらりと世界が暗転しそうになった。……そうか、新羅の奴はそんな事までしていたのか。よし、とりあえずこの後二度とそんなマネができないようにしに行こう。


「それって、どの辺りから?」

「……新羅が『恋は粘り強く』なんとかって言ってた辺りから」


それを聞いて眩暈がしたような気がした。ちょっと待てよ、それじゃあ、


「テメェが俺の事す、す、好き、だとか言ってたのも全部聞いた」

「分かった。ちょっと死んでくるよ」


素早く立ち上がって逃げ出そうとすれば、反射的にシズちゃんに捕まえられてしまった。しかもあろうことか、抱きしめられるというこの男に似合いもしない形で。


「逃がすか」

「無理無理無理無理!!お願いだから死なせて!!」

「やっとテメェの気持ちが分かったっていうのにそう簡単に死なせるわけにはいかねぇだろーが!!」

「そうやって俺を精神的に追い詰めるなんてホンット最低だね!!でもそれめちゃくちゃ効果覿面だよ!お願いだから放してくれないかなぁ!この格好だと俺がシズちゃんに抱きしめられてるようにしか見えなくて鳥肌が立つんだよね!」

「抱きしめてんだよ!!……それから、一度しか言わねぇからよく聞けよ」


ぎゅっとほんの少しだけ俺を抱きしめている両腕に力が篭る。シズちゃんの煙草のにおいがして少し泣きそうになった。



「俺もお前が好きだ」



ぼろりと何か生暖かいものが頬を伝って、それがシズちゃんのバーテン服に染みを作っていく。


「な、何で泣いてんだよ!」

「だ、だって、ありえないから…!シズちゃんがこんな風に人を殺さないように抱きしめられる事とか、俺を好きだって言った事とか、全部全部信じられなくて…!ていうか泣いてるの、俺?」

「はぁ!?泣いてんだろーがよ!頼むから泣きやんでくれ、なんかテメェの泣き顔見ると…困る」

「泣かせた張本人が何言ってんの!?」

「お、俺は泣かしてねぇだろーが!むしろ泣きてぇのはこっちの方だっつーの!何なんだよテメェ、俺の8年間返しやがれ!」

「無茶言うなよ!それこそ俺の8年間も返してもらいたいね!こっちは8年間ずっとずっとずーっとシズちゃんを好きでいてやったんだから!感謝してもらってもいいぐらいなんだけど!」

「だぁあぁあぁあああ!!もういい!ちょっと黙れ!」


ぐいっと顔を固定されて唇に柔らかいものが押し当てられたかと思えばすぐに離れた。


「………え、何?今の…」

「聞くな!言わなくても分かるだろ!………俺も、ずっと好きだった。臨也」

「………あ、え、っと……下手くそなキスをありがとう…?」


ゴツン、と頭に衝撃が走ってチカチカと星が見えた。ちょっと、今このタイミングで殴るとか本当に色気がないというかKYだよシズちゃん。


「嘘だよ、嘘。俺もシズちゃんが好きだから、嬉しいよ。……ありがとう」

「…………おう」


こうして俺とシズちゃんの8年間という長い長い両片想いは幕を閉じたのでした。ちゃんちゃん。(笑)






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5000ヒット企画
リクエストありがとうございます
『両片想いから両想い』です
遅い上に長くなってしまいすみません…
琴様のみお持ち帰り可です

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