case2〜セルティ・ストゥルルソンの場合〜






それはいつものように簡単な運び屋の仕事を終えて帰ろうとしていた時だった。ガードレールに見慣れた顔の人間が座り込んでいたのだ。すぐさまコシュタバワーを道の脇に止めてPDAを取り出す。


『どうした静雄。何か悩み事か?』


見えるように突き出せばようやく私に気づいたかのような顔で「あぁ、セルティか。悪ぃ、何でもねぇんだ」と言われた。


『そう言われたら余計に気になる。何かあったのか?私で良ければ聞くぞ』


だいたい、こんな風に項垂れている静雄を放っておけるはずがない。


「お前は本当に良い奴だよな。……ノミ蟲野郎とは大違いだ」

『臨也絡みなのか?』


見せてからしまったと思った。静雄の顔が更に沈んでいったからだ。……ア、アレ?でも今まで青筋が立ったり声が怒りで低くなったりすることはあったけど、このパターンは初めてなんじゃないのか?


「笑わねぇで聞いてくれるか?」

『笑わない笑わない。というより臨也絡みの話で笑える気がしない』

「…俺が臨也を好きだと言ってもか?」


道路を走る車の音が一瞬消えた気がした。

……静雄、それは笑おうと思っても笑えないぞ。だってお前ら顔を合わせれば即刻殺し合いの仲じゃないか。好きな子を苛めたくなるっていうのはよく聞くけど、好きな子を殺したくなるっていう話は聞いたことがないぞ。…そういえば前に狩沢が教えてくれたヤンデレというのに似ているような気が…いやいや、待て私。静雄に限ってそんなことあるわけがないじゃないか。臨也が静雄を好きなのは新羅から聞いていて知っていたが、まさか両片想いだとは思わなかった。

うわ、どうしよう、ここは応援するべきなのか?友達として応援するべきなのか!?

と、とりあえず、


『笑わなかったぞ』

「みてぇだな」


はぁ、と溜め息を吐いた静雄を見て私は相談を受けることを決意した。この際静雄が臨也を好きだとしても気にしない。それが友達というものだろう。大丈夫、私なら出来るはずだ。


『静雄、酔っているのか?』

「さぁな。さっきまで久々に幽と飲んでたんだが、自分が酔っているのかすらよくわかんねぇ。…昨日臨也に彼女が出来たっていう噂を聞いてから自分がどうしたいのかがよくわかんねぇんだ」

『……え?臨也に、彼女!?』


あれだけ静雄の事を好きだといっておいてそれはないんじゃ…。

とは口には出さない。兎にも角にもまずは話を聞いてみないことには分からないしな。下手にアドバイスをして静雄を傷つけるわけにもいかないし。


『見たのか?実際に』

「…いや、ただ、トムさんから噂を聞いただけなんだけどよ。スラリとした黒髪の美人だったっていう話を聞いた。2人で歩いているところを何人か目撃したらしい」


それってもしかしてこの間臨也が言っていた秘書の女じゃないのか?…うん、やっぱりこれは静雄の勘違いなんだ。諸々の理由から考えて臨也が彼女を作るはずがないし、心変わりをする事もないだろう。あぁ、どうしよう新羅。こういう時私はどうすればいい?


『ここではなんだし、私の家に場所を移して話さないか?幸いにもここからすぐだし、今から新羅に連絡を入れるからちょっと待っててくれ』

「あ、あぁ…」


返事を聞くや否や、すぐに新羅へ『静雄が臨也に彼女が出来たって勘違いしているんだが、この場合正直に話すべきなのか!?今から家に静雄を連れて行くから準備しておいてくれ』

と、メールを送る。早く返信してくれと焦る思いが通じたのかすぐに

『いいよ。でもこちらへ向かうまでの間、静雄と僕の携帯を通話常態にしておいてくれないかい?こっちも今ちょっと取り込み中だから急いでくれ』

という返事が返ってきた。取り込み中という文字が気になったが、考える前に静雄の携帯が鳴り出したので素直に新羅の指示に従う事にした。


『静雄、新羅からの電話を切らずに通話状態にしたままにしておいてくれ。そのまま私の家に向かうから』

「……?分かった」


静雄が困惑した顔でピッと通話ボタンを押したのを確認してから影で作ったメットを渡して後ろに乗るように促す。ついでに携帯からの声が聞きやすいように、メットの外側からでも影を伝って電話の声を聞き取れるようにしてからバイクを走らせた。


「…あ?おいこれ、臨也の声じゃねぇか?何であいつの声が新羅の携帯から聞こえてくんだよ」


臨也…?なるほど、取り込み中とは臨也の事か。だったら尚更急がなければ。


「新羅としゃべってる声が聞こえる。恋は粘り強くとか、わけわかんねぇ事言ってんぞ…」

『静雄、しっかり掴まっていてくれ!』


PDAには打ち込めなかったが、そう強く念じてコシュタバワーを更に加速させた。電話の声がメットの影を通じて私にも聞こえてくる。もうすぐ、もうすぐ家に着くから頑張ってくれコシュタバワー!



―――諦めるも何も、これ以上は無理でしょ。俺がいくらシズちゃんの事を好きでいても所詮女には敵わない。男は孕むことが出来ないからね。俺が女ならとっくに既成事実のひとつやふたつ作って無理矢理にでも責任取らせてるよ。…それぐらい、好きだったんだから。



「………はぁあぁああっ!?誰が誰を好きだって!?」


静雄が後ろで素っ頓狂な声を上げる。やっぱり気付いていなかったんだな…。



―――まっすぐだねぇ。今日の君には驚かされてばかりだよ。そんなに静雄の事が好きならもっと早く気持ちを伝えるべきだったんじゃないの?

―――ハッ、冗談!そんな事してどうなるっていうわけ?俺達の関係が変わっていたかもしれないって言いたいの?だとしたらそれは俺にとってひどく残酷な関係なんだろうね。



「ざっけんな!勝手に決め付けやがってあの野郎…っ!!」


キキィっとマンションの前で止めたバイクから弾ける様に静雄が飛び出す。続いて私も走り出して静雄に渡していたメットの影を元に戻す。



―――決めつけなくてもいいじゃないか。必ずしも悪い方向へ転がるとは限らないんだし。


―――あのね、新羅。俺はシズちゃんに出会った時からずっとずっとずーっと馬鹿みたいにシズちゃんに一途だったんだからそれぐらい分かるんだよ。そんな俺がシズちゃんとのそういったシチュエーションを脳内シュミレートした結果、見事に全滅。



階段を駆け上がって部屋へと急ぐ静雄よりも先に延ばした影で玄関の鍵を開けると、静雄は意外にもそのまま突っ込まずに少し呼吸を整えてからゆっくりと扉に手をかけた。



―――だから今まで黙っていた、と。


―――そ。…で、その結果がこうだ。笑えるだろ?


「笑えないよ。少なくとも僕は笑えない」

「あぁ、俺も笑えねぇな」


整えたはずの息がまた乱れてきたのかぜえぜえと息をする静雄の次に部屋へ入ると、臨也が全くの予想外だといった顔でこちらを見ていた。


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