右往左往 case1〜岸谷新羅の場合〜 それはそう、ちょうど愛しの愛しのセルティが仕事に出掛けて1時間ほど経った頃だった。今日はセルティが前からやりたがっていたゲームを一緒にやろうと浮き足立っていた僕の携帯が着信を知らせる。 『――あ、もっしもーし!新羅ぁ?今からそっちに行くから鍵開けといてね〜!アハハハハ!』 『え、は、臨也!?』 ――ブツン、ツーツーツー 臨也から治療の依頼以外で電話がかかってくるという珍しい事が起きた。何ということだ。最悪だ。しかも次の瞬間にはガタガタと玄関の方で音がして「まさか!」と駆けつけた時には時既に遅し。 「うわあああ新羅ああああ!!」 案の定、こうして僕がドアを開けるとこれまた珍しく酔っ払った臨也が抱きついてきた。 「げっ!え、ちょっと臨也!?どうしたの!?って、うわっ酒臭っ!」 く…っ!これがセルティだったらどれだけ幸せな事か…っ!少なくとも顔の筋肉がゆるっゆるになることは間違いない。間違っても今みたいに鳥肌が立つことはまずあり得ないだろう。 「シズちゃんの馬鹿あああ!アハハハハ!!」 「ちょっ、痛い!痛いってば!僕は静雄じゃないから!引っ掻かないでよ!痛い痛い!ていうか君泣いてるの?笑ってるの?どっちなの?」 ギリギリと白衣の上から引っ掻いてくる臨也をひっぺがして距離をとる。 「んー?分かんなーい。もうどっちでもいいやぁ。今日はね新羅、特別な日なんだよ!…シズちゃんに彼女が出来たっていう特別な日なんだよ」 「…………静雄に、彼女?またまたぁ!臨也君今日はちょっと飲みすぎなんじゃない?だって静雄は、」 「本当だよ、新羅」 笑っているけど今にも泣き出しそうな臨也の複雑な表情から見て恐らく本当の事なんだろう。さっきまでの酔いはどこへいったのかと思えるほどハッキリとした滑舌には驚いたが、それよりも目の前にいる臨也の初めて見る表情の方が遥かに上回っていた。 臨也は静雄が好きで、静雄は臨也が好きだ。 表面上は仲の悪い二人だが、この事だけは高校時代から全く変わっていない。ただややこしいのは、お互い相手の気持ちには気付かずに片想いだと思い込んでいるところだった。僕は臨也からも静雄からも何となく話を聞いていたから分かるけど、門田君は臨也からひっきりなしに相談を受けてたからなぁ。胃を押さえる彼を何度診療したことか…。なのに2人して絶対に誰にも言うなって言って相変わらずの喧嘩三昧だったし、僕らの平和のためにもそろそろいい加減にくっついてほしい。 …わぁ、また鳥肌が立ってしまったよセルティ。 「君は静雄が実際に彼女といるところを見たのかい?」 「いや、俺の取り巻きの子達が携帯にメールをくれたんだよ。ご丁寧に写真付きでね。……黒髪の女で、悔しいけどお似合いだった」 項垂れる臨也をとりあえずリビングへ案内してコーヒーを淹れる。持久戦になりそうだからね、僕なりの配慮だと思ってくれ。 「静雄は高校時代からずっと好きな人がいるって言ってたからあり得ないと思うんだけど…。はい、コーヒー」 ちらりとコーヒーを見て「酒じゃないの?」なんて言う臨也にキレない僕を褒めてセルティ! 「何それ初耳。あ、もしかしてその黒髪の女が高校時代からのシズちゃんの想い人だったりして」 いやそれ、君だから。 とは口には出さず、臨也の向かい側のソファに座ってコーヒーで流し込む。 「違うよ」 「何で断言できるの?」 「だってそれは、……なんとなく」 「…はぁ。こんなことならドタチンを帰らせるんじゃなかった。朝まで飲み明かそうって思ってたのに、折角の酔いも覚めちゃった」 門田君…君ってば本当に良い奴だね。こんな失礼な奴のうじうじした恋愛話を聞いてあげるなんて、君はまさか仏陀の生まれ変わりか何かなのかい? 「新羅、今失礼な事考えただろ」 「ううん?全然?…ていうか、君はいつまで静雄に片想いするつもりなんだい?いい加減何かしらの行動を起こしてもいい頃だと思うんだけど」 「今更だよ。シズちゃんは今彼女が出来て幸せなんだ。そこへシズちゃんの大嫌いな俺が告白(笑)なんかしたらどうなると思う?今度こそ俺間違いなく死亡フラグだよ?」 「……驚いた。君が相手の気持ちを汲み取るなんて、天変地異の前触れ?」 「殺すよ新羅?……こんなのシズちゃんだけだよ。俺がこんな風にらしくもなくしおらしくなるのはシズちゃんに対してだけ。今までもこれからもね」 あぁ、臨也は本気で静雄が好きなんだ。改めて思い知らされたところで僕の携帯が鳴る。セルティからだった。 「誰から?」 「セルティだよ。今家の近くにいるんだけど、仕事の帰りに犬を拾ったから何か飲み物を用意しおいてくれだってさ」 手早く返信をして臨也に向き直る。 「…ふーん。新羅はいいねぇ、幸せそうで。人が失恋して落ち込んでるって時にさ」 「おや?ひがみかい?何てったって僕とセルティは運命さえも凌駕するほどの赤い糸で結ばれているからね!僕はセルティが僕の事を嫌っていたとしても好きでいられる自信があるよ。そこは君も一緒だ。そうだろ?」 「……何、急に」 「いいからいいから。君は今まで静雄に嫌われていても好きでいられた。その気持ちは凄く大事だ。それこそ、今までもこれからもね。僕に言わせてみれば恋は粘り強く想い続けた者勝ちだと思う。だからまだ諦めちゃ駄目だ」 「諦めるも何も、これ以上は無理でしょ。俺がいくらシズちゃんの事を好きでいても所詮女には敵わない。男は孕むことが出来ないからね。俺が女ならとっくに既成事実のひとつやふたつ作って無理矢理にでも責任取らせてるよ。…それぐらい、好きだったんだから」 自嘲気味に笑ってコーヒーの入ったマグカップを握りしめる臨也は見ていて正直辛かった。 「まっすぐだねぇ。今日の君には驚かされてばかりだよ。そんなに静雄の事が好きならもっと早く気持ちを伝えるべきだったんじゃないの?」 自分のマグカップを置いてキッチンへと移動する。臨也がクスリと笑った。 「ハッ、冗談!そんな事してどうなるっていうわけ?俺達の関係が変わっていたかもしれないって言いたいの?だとしたらそれは俺にとってひどく残酷な関係なんだろうね」 「決めつけなくてもいいじゃないか。必ずしも悪い方向へ転がるとは限らないんだし」 「あのね、新羅。俺はシズちゃんに出会った時からずっとずっとずーっと馬鹿みたいにシズちゃんに一途だったんだからそれぐらい分かるんだよ。そんな俺がシズちゃんとのそういったシチュエーションを脳内シュミレートした結果、見事に全滅」 「だから今まで黙っていた、と」 「そ。…で、その結果がこうだ。笑えるだろ?」 「笑えないよ。少なくとも僕は笑えない」 「あぁ、俺も笑えねぇな」 振り返るとぜぇぜぇと息を切らした静雄とセルティがリビングの入り口に立っていた。臨也の顔が見たこともないぐらいに混乱していたのがちょっと可笑しかった。 [*前] | [次#] ← |