Your voice



・モブの女の子が出てきます





俺は耳が良い。

物凄く良い。

あえてこう言うのだから勿論その辺の人間の言う『良い』とは違う。皮肉な言い方をすれば地獄耳とでも言うべきか。俺の耳は普通の人間では聞こえるはずのない小さな音でもひょいひょいと拾ってくる。
とにかく、俺と双子の妹以外は誰も知らないこの特別で異常な聴覚は仕事柄とても役に立つものだ。


(あ、シズちゃんの声がする)


中でもシズちゃんの声は特別だ。2キロ程離れていてもすぐに分かるぐらい特別だ。
シズちゃんは失礼なことに俺が『ノミ蟲臭い』から居場所が分かると言っていたけど、それは違う。この耳を持っている俺が会いたくないと思えばシズちゃんに巡り会うことはまずないからね。


(この感覚だと恐らく……300メートルぐらいってとこかな)


何が言いたいのかと言うと、彼が俺を見つけるのではなく、俺が彼にわざと見つかるようにしているのだ。…分かるかなぁ、この複雑且つ繊細な心境。

つまるところ俺はシズちゃんが大好きだ、愛してる。高校で出会った瞬間まず俺は君のその並々ならぬ力に惹かれて、それからはシズちゃんという一人間に惹かれていった。俺がシズちゃんに恋をするのはあっという間だった。同時にシズちゃんに嫌われるのもあっという間だった。


(近い、かな。多分2つ先の路地裏だ)


俺は別に男が好きっていうわけではないし、妹達みたいに両刀遣いっていうわけでもない。だったら女が好きなのかというのも少し違う。だって俺の愛は人間という有機生命体に対して平等なのだから。とすると結局俺はシズちゃんという人間が好きなんだ。
あ、これ凄く分かりやすい説明かもしれない。


(今日はどうやって会おうかな?やっぱいつも通りシズちゃんに見つけてもらおうかな………アレ?)


シズちゃんとの遭遇シュチュエーションを考える俺の横を1人の女が通り過ぎて、シズちゃんがいるだろうと思われる路地裏に駆け込んで行った。


…嫌な予感がする。


俺はその場に立ち止まり、携帯で電話をするふりをして路地裏の声に意識を集中させた。集中する程に周りの騒音が掻き消されて、だんだんとクリアな音になってくる。


「――――さん。―……お待たせし――…の間…―…助けていただいて―――」


はぁはぁと息切れしているところからして、この声は多分さっきの女だ。


「あぁ、――――…だから、俺は………――でいい」


こっちはシズちゃんの声だ。間違いない。もう一人分遠ざかって行く足音が聞こえるけど、それはあのトムとかいうシズちゃんの上司のものだろう。何回か聞いたことのある足音だ。
もう少し、もう少し集中すればもっとちゃんと聞こえるはず…。


「私、何もお礼なんてできませんが、その……もしよければ、お、お付き合いしていただいてもよろしいでしょうか?」

「……………はあ?」


シズちゃんが素っ頓狂な声を上げた。


「……………はあ!?」


シズちゃんの声と重なるようにして俺は驚愕の声を上げた。
今この女、何て言いやがった?お礼は出来ないけど付き合えだぁ!?…ちょっと待てよ、それじゃあまるで『お礼の代わりに私を貰ってください』みたいなニュアンスじゃないか!図々しいにも程があるだろ!
何のお礼なのかとかそういうのは今はどうだっていい。とりあえず俺は2人の会話を聞くことに集中しなければならなくなった。

まったく…シズちゃんに会うだけだったつもりが、とんだ番狂わせだ。


「え、えっと、私、静雄さんに助けられたあの日から静雄さんの事が好きになってしまって……静雄さんは女性とのそういった噂を聞かないから、彼女さんいないのかと思ったんですけど………駄目、でしたか?」


わぁ、この女さらっと失礼な事言ったよ。シズちゃんは純情で童貞なんだから、そんな噂たつわけないじゃん。馬鹿?…第一、仮にあったとしてもそんなの俺が揉み消すし。
ていうか、静雄さんって名前呼びかよ。元々ない好感度が一気に底辺だよ。

あーやだやだ。何やってんだろ俺。


「いや……俺は……」


ほらほらシズちゃん困ってるじゃん。さっさと諦めて帰りなよ。


「じゃ、じゃあ、彼女じゃなくてもいいです!一度だけ、一度だけデートしていただけるだけでもいいんです!」


…うっわー…さっきまでの謙虚さはどこにいったの?ハッキリ言ってこれはウザい。いくら人ラブな俺でもこの女だけはさすがにいただけないよ。ほら、シズちゃんも黙り込んじゃったじゃん。

…しょうがないなぁ、本当にしょうがないから俺が助けてあげよう。

俺は携帯電話をポケットにしまってそ知らぬ顔で路地裏に入ろうとした。


「………悪ぃが俺、好きな奴いるから」


思わず貼り付けかけていた笑顔が消える。



………え、シズちゃん今何て言ったの?


「……好きな人、いるんですか…?」

「あぁ。……だから、気持ちは嬉しいが受け取れねぇ」

「……そうですか、そうですよね。押し付けがましくてごめんなさい…。お話に付き合っていただいてありがとうございました」


声が途絶えるのとほぼ同時に飛び出してきた女が俺とぶつかりそうになった。思わず出た俺の声にシズちゃんが気付いたのを目の端で捕らえて、たまらなくなって逃げ出した。



俺は、産まれて初めて自分の耳の良さを呪った。




(君の声が聞こえなければよかったと、初めて思った)





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お友達に捧げた(押し付けた)ものです
続くことはないです
言わずもがなシズちゃんの好きな相手は臨也です
そこは譲りません←

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