奇奇怪怪 …………信じられない。 「臨也……ほら、早く来いよ………ヒック」 ぽんぽん、と自分の足の間を叩いて手招きをするシズちゃん。 ……誰だお前。 「……予想外すぎるんだけど」 「だからやめた方がいいって言ったじゃないか!」 「これ以上は無理だ見てられん……胃が痛い…」 事の始まりは『シズちゃんにお酒を飲ませたらどうなるのか』というほんのちょっとの好奇心とイタズラ心だった。放課後にシズちゃんを他の2人共々カラオケに連行して、シズちゃんにこっそりジュースとお酒を入れ替えたものを飲ませた結果がこれだ。 たしかに『泣き上戸だったら面白いかも』とか『もし酒乱だったら無敵になっちゃうなぁ』とか色々バイオレンスな予想もしたし、心の準備もしてきたけどさ?だからって、だからって… 何でよりによってこんなにデレッデレになっちゃったのっ!? 新羅はこの世の終わりを見るような目でシズちゃんを見てるし、ドタチンは胃を押さえてテーブルに突っ伏してしまっている。当の本人であるシズちゃんなんか俺がいつまで経っても足の間に座らないからって(この時点で怪奇現象が起きているということを理解してほしい)ものすごく機嫌が悪そうな顔をしている。俺シズちゃんがここまでお酒に弱いだなんて聞いてないよ!?…いや、まあ、聞いてないから試したんだけどさぁ、そこは、ほら……ね? 「おい臨也!早くこっち来いって行ってんだろーがぶっ殺すぞ!」 「理不尽すぎる!シズちゃん自分の発言をよく考えてみて!間違いに気づくはずだから!」 青筋を浮かべてはいないものの、これ以上怒らせてしまったら危ないというオーラが滲み出ている。いくら少し広い部屋だからといってもここは密室であるのに変わりはないし、ここにあるものはどれもシズちゃんの武器になりうる重い物だらけなのだ。 …こうなったら大人しく少しだけ近付いてみるか………って、待て折原臨也!相手はあのシズちゃんだぞ!?何が起きるか分かんないし、今のシズちゃんなら尚更何をしでかすか分からない。近付いた途端拳がマッハで飛んでくるなんてこともあるかもしれない。ここは冷静に策を練るべきだ。 と、俺が腕組みをした瞬間、 「臨也……ごめん!」 「うぇ!はっ、ちょっ!?」 ドン、と後ろから新羅に思い切り背中を押されて俺はシズちゃんに正面から思いっきりダイブしてしまった。動揺で油断していたとはいえ、何しやがんだあの野郎…っ!新羅殺す新羅殺す新羅殺す新羅ころ――― 「…あー……お前やっぱ気持ちいー…」 耳元でシズちゃんの掠れた低い声が響く。思わず反射的にびくりと体を強張らせた俺を今度はそっと抱きしめてきた。 …ハハッ……嘘でしょ? 「シ、シズちゃん!?俺だよ!折原臨也だよ!分かってんの!?」 「あ゛ぁ?何言ってやがんだ、んなの知ってるっつーの」 余計にどうかと思う!聞いたのは俺だけど、聞きたくなかった! 「あ、あのさ、臨也。門田が胃薬を所望してるから僕達はこれで退散させてもらうよ。――御武運を」 「すまねぇ…臨也」 「ドタチンはともかく新羅はさっきからいい加減にしろよ!?」 俺の叫びは空しくもバタンと閉められた扉によって遮られてしまった。新羅…ほんと、明日絶対に殺す…っ!その眼鏡ごと能天を叩き割ってやる……っ! 「臨也」 不意打ちでまたもや耳元で囁かれる。本人は自覚ないのかもしれないけど、この声かなりエロいんだよ。…どれくらいエロいかって言うと、この俺が不覚にも腰砕けになってしまうぐらいエロい。……もう、やめてくれ…。 「俺の前で他の奴の事なんか気にかけんな」 「………ねぇ、君誰?本当にシズちゃん?それともシズちゃんの姿をした色欲魔?」 「俺は正真正銘本物の平和島静雄だ。ていうか、話を逸らすんじゃねぇよ」 ぐらりと世界が反転したかと思ったのはつかの間。 俺は、あろう事かシズちゃんに押し倒されてしまった。 実に情けない事に俺は既に涙目だ。考えてもみろ、今シズちゃんは酔っ払ってるんだ。だからこんな奇奇怪怪な現象が起こってるんだ。そうだ、こいつは平和島静雄であって平和島静雄ではない。 「仕掛けておいて今更言うのも何だけど本当にごめん。心の底から謝るからさ、どいてくんない?」 「………………断る」 「何でだよ!マジでどいてくんないと実力行使に出るか…っん、む!?」 ……信じられない。 この数時間の間で一体何度繰り返したか分からない言葉を頭の中でもう一度繰り返す。 あの平和島静雄が、俺、折原臨也にキ、キ、キスをした。 しかも、どこで覚えたのか俺が呆けている間に舌まで入れてきやがった。 なんか…上手いんですけど、この人。 ………じゃないだろ!!何でよりによって俺なんかにキスしてんだよ!これってもしかして俗に言うキス魔!?…じゃあ誰にでもこんなことしちゃうんだ!? いくら意識あるのかないのか分からない状況下だとしてもこれはナイ!ありえない! 「んん…っ!……ぷはっ、何すんだよ!この酔っ払い!!」 やっと解放されたのは俺が酸欠になりかけていた時だった。うっかり気持ちいいとか自分でもわけの分からない事を思っちゃったりして、同時にこれまたよく分からないもやもやが腹の中で暴れまわってたりして。とにかく俺はその他諸々の理由で混乱していた。 でもシズちゃんは至極余裕の顔で俺の顔をまじまじと見ている。……カラオケのライトって何でこうもエロく作られてるのかな、ってどうでもいい事を考えてしまうぐらいシズちゃんはフェロモン(やばい吐き気してきた)垂れ流しだった。 「…なぁ、お前って、何でそんなに可愛いんだ…?」 「……はぁあぁああ!?ちょっ、シズちゃんそろそろ本当に頭大丈夫!?たしかに俺は自他共に認めるイケメンだけど、可愛いなんて表現は似合わないよ!正真正銘男だからね!」 「…うっせぇ。もっかい口塞ぐぞ」 「ごめんなさい黙ります」 もうこれ以上混乱するのはごめんだ。ついでにシズちゃんにキスされるのもごめんだ。とにかくこの状況全てがごめんだ! あぁ、もう!この際新羅でもドタチンでも誰でもいいから帰ってきて! 「……そんなに、俺といるのは嫌なのか?」 しゅんと犬が耳を垂らしてしょぼくれているような顔をしたシズちゃんが目を伏せる。 うわ、新鮮すぎて言葉が出ない。絶句だよ、絶句。 「……一緒にいたら、大抵喧嘩してるじゃん」 「そう、だけどよ……本当はそうじゃなくて…」 「……本当は、何?」 「………本当は……俺は、……お前が好きだから…あんまりいがみ合う様な事はしたくねぇ」 …………危うく全ての呼吸器官が停止するところだった。 ……どうしよう。こういう時にどんな顔したらいいのか分からない。 「……え、な、何て?シズちゃん俺の事好きだったの…?あ、あはは…お酒回りすぎ」 「…悪ぃかよ。俺はお前が好きで好きで、どうしようもねぇぐらい好きで……本当は、お前の綺麗な肌に傷なんかつけたくねぇぐらい大切にしたい」 今のシズちゃんを目の前にしたら少女漫画も真っ青だろうなあ…。 うっそだー!と、いつものように笑い飛ばせたらどんなに楽か。空気がそれを許してくれないという事は重々承知だし、何より目の前にいるシズちゃんの顔が真剣そのもので、俺は言葉に詰まってしまった。 ……ライトが暗くて良かった。今の俺……多分、顔赤い…。 「お前が俺の事嫌いなのは知ってるし、これから先もそれが変わる事はねぇって分かってる。…だから、今だけでいいから……俺だけを見ていてくれ………臨也」 「シ、シズちゃっ……うぁっ!」 シズちゃんがぐらりと俺の方へ倒れこんできた。直後またもや抱きしめられたかと思っていると、すぐに耳元からすやすやと規則正しい寝息が聞こえてきた。 ………え…えぇぇええぇぇえぇええ!!? 「寝オチかよぉおぉおおお!!!」 どけようと思っても体格差がはっきりと出ていて身動きが取れない。力が入らない。もうやだこの人!平和島静雄は大切なものを盗んでいきましたってか!?どこの怪盗だっつーの!俺のドキドキ返せよこの野郎!あーやだやだやだ! 「……何で俺、こんな奴にときめいてんの…」 しばらく起きそうにない体をぎゅっと抱きしめてみると、腹の中にあった黒いもやもやがすっと消えていく気がした。 …………あぁ、そうか。 俺、シズちゃんが他の人にも俺と同じ事したらって考えたのが嫌だったんだ。 「この俺がシズちゃんに嫉妬紛いな感情を持つなんてね…。人生何が起きるかわからないっていうのはこういう事か」 頭に顔を埋めると、痛んでるくせに綺麗な金色の髪からシズちゃんの匂いがした。 『あー…お前やっぱ気持ちいー…』 最初に抱きしめられた時の言葉を思い出す。 「…ねぇ、シズちゃん。俺今気づいたことがあるんだけどさ、それは君が目を覚ました時に教えてあげるから………だから、俺の気が変わらないうちに早く起きろ」 ―――シズちゃんが好きだと言ったら、君はどんな顔をする? ******** 無自覚に臨也の方が先に好きになってたらいいな、という無駄な設定があります。 [*前] | [次#] ← |