大事にするよ



・静(→)←臨ぐらいです





パソコンの小さな機械音と波江の紅茶を淹れる音だけが支配する新宿の事務所で、折原臨也は一人退屈そうに窓の外を眺める。

退屈だ。
実に退屈だ。

何か面白いことでも起きないかなあ、と半分本気半分冗談の意味合いを込めて呟けば、波江から刺々しい仕事の催促を受ける。この意味のないやり取りを今まで一体何度繰り返したことか。


「波江さんさぁ、何か楽しいこと知ってたりしないかなぁ」

「それこそあなたの専門分野じゃない。あなたが欲しがれば情報は好きなだけ入ってくるんじゃないの」

「そういうのじゃなくてさ、何ていうかもっとこう…庶民的な面白さが良いんだよねぇ」

「あなたが人間に愛されない理由の一端を垣間見た気がしたわ」


ふざけないでちょうだい。と、ピシャリと言い放つ波江に全く気圧されることなく臨也は続ける。


「あーあ、何かないかなぁ」

「あなたが何かをしでかそうとする度に私に迷惑をかけるのだということを覚えていてほしいものだわ。それに、今日は誠二の浴衣姿を見れる折角の機会なのだから邪魔したらただじゃ済まないわよ」


それじゃ、私はこれで帰るから。秒針単位でピッタリと仕事を終えた波江が長い髪をなびかせて事務所をあとにする。その背中を見つめていた臨也の口元に笑みが浮かんだ。


つまるところ、彼女も人間なのだ。













「さっすがドタチン!浴衣似合うねぇ」

「そういうお前も良く似合ってるじゃねぇか」


ハハハ!と、楽しげに笑い合う浴衣姿の臨也と門田の隣で絶対零度の殺気を押し込めている静雄もまた、浴衣を着ていた。

何故このようなことになったのか。

考えれば考えるほど情けなさでいっぱいになる。今日は珍しく休みで、数時間前まで自分は確かに自宅でセルティから貰ったプリンを食べていたはずなのだが…何がどうしてこうなったのか、気が付けば浴衣を着てこの二人と祭りの会場で合流していた。勿論、その間の記憶はない。文字通り気が付けばここにいたのだ。


「シズちゃんも似合うよねぇ。頭が軽い分身長が高いから浴衣が映えるよ!」

「どういう意味だコルァァァア!!」

「落ち着け静雄!こんな人混みの中で暴れたら大変なことになるぞ」


すぐさま三人の中で最も常識を持ち合わせている門田が静雄を止めに入る。何だか来神時代に戻ったみたいだと他人事のように臨也は思った。


「…っ!………いいか、絶っ対ぇに俺の半径5メートル以内には入んなよ!」

「無理だよシズちゃん場所を考えて。それだとまるで君が一人で行動しているみたいじゃないか。今日は久しぶりに来神の面子で集まろうっていう企画なんだから空気読んでよまったく」

「なら新羅はどこ行った。来てねぇじゃねぇか」


旧友の変態闇医者が居ないことに疑問をもった静雄が不機嫌そうに辺りを見回す。来神時代の面子と言うぐらいなら、当然新羅のことも誘っているはずだ。


「新羅は…かなり不本意だけど取り引きをしたからしょうがないんだよ」

「は?」


何だよそれ、と口を開きかけた静雄に覆い被さるように臨也は屋台へと駆け出した。


「ドタチン、林檎飴買ってよ!」

「お前の方が金持ってるだろうが」


グイグイと門田の浴衣の袖を引っ張り、きゃいきゃいと楽しそうにはしゃぐ臨也を見て静雄はムッとした。
……待てよ、この隙に離れれば変にキレたりせずに家に帰れるのではないだろうか。
そう頭では考えるものの、何故か臨也から目を離せずに一定の距離を保って二人の後ろを歩く。その間も門田は臨也にたかられて焼きそばやトウモロコシを買わされていた。


「ていうか、何で祭りなんだよ…」


今思えば浴衣なんて着たのは小学生以来だし、祭りに来たのは家族以外では初めてだ。いくら臨也が目の前にいようともほんの少しだけ気持ちが高揚する。通りかかった店でお面を見つけ、プリンのお礼にセルティに買っていくかと手にとる。するとすかさず臨也が横から顔を覗かせて可愛らしい某白猫のキャラクターのお面をまじまじと見つめる。


「へぇ…随分と可愛いものを選ぶんだねぇ」

「う、うるせぇな!手前には関係無ぇ!」

「まぁ、そうだけどさ…。何、幽君へのお土産のつもり?流石にこれはないんじゃないかなぁ」

「違ぇよ!これはセルティへの土産だ。プリン美味かったし、これだとヘルメットの上からつけられるかと思ってよ」

「ふーん…俺ならこっちのひょっとこのお面にするけどな」


臨也は興味無さげにひょっとこのお面を手にとって、それを顔の前にかざした。いくら臨也とはいえ、売り物を勝手につけるのは憚られたのか「なんてね」と言ってすぐにお面を元の位置に戻す。
しかしその手は急に伸びてきた静雄の手に捕まれてしまい、戻すことは叶わなかった。


「……え、ちょっ、何?」

「親父、このふたつのお面を頼む」


静雄は財布から代金を取り出して支払いを済ませ、呆けている臨也にひょっとこのお面を渡した。


「手前にやる」

「は?いや、いらないし」

「言っとくが、別に手前の為じゃねぇからな。勘違いするなよ。それをつけてると手前の顔が見えねぇ分、俺のイライラが少しだけマシになんだよ」


眉間に皺を寄せた静雄とお面を交互に見て、その対照的な表情に笑いが込み上げる。


「やっぱり、新羅の睡眠薬を使ってでも君を連れてきた甲斐があったよ」

「あ?何か言ったか?」

「別に?」


ドタチンに花火の場所取り頼んじゃったから追いかけなきゃね。
と、ひょっとこのお面を頭につけて臨也は走り出した。その後ろ姿を見てどことなく満足感に包まれた静雄は、小走りでその後を追った。




赤く染まった臨也の耳はお面では隠しきれていなかった。





(よし、後で酒でも持って新羅の家に行こうか)

(岸谷か…セルティとの時間を邪魔されてキレなきゃ良いけどな)

(あぁ、ついでにセルティへの土産も渡そう)







********



お友達にネタ提供をせがんだところ、現代来神組で夏祭りという素敵なネタをいただきました!
あまり夏祭りを生かしきれていないような…スランプェ…
新羅がログアウトしていますが、ここの新羅の扱いなんてこんなものです

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