綺麗だね





・静←臨です






「月が綺麗だね」


卒業も間近に迫ったとある夜のこと。

そう言ったあいつの表情は月明かりの逆光でわからなかった。














「…っとにさ、シズちゃんも飽きないよねぇ。毎回毎回ご丁寧に出迎えてくれるのは嬉しいけど、たまには自販機じゃなくてジュースで歓迎してくれてもいいんじゃない?」

「うるっっっせえええええええ!!!!!」


自販機をはじめ、追いかけながらも俺は手近にあったガードレールや標識を引っこ抜いては投げつける。それを目の前にいる奴はそれこそノミ蟲のようにぴょんぴょんと避けながら走っていく。この繰り返しを一体何時間続けたのやら。
臨也に遭遇したのはトムさんとヴァローナと別れて帰っている時だった。折角今日は珍しく仕事が早く終わって気分良くコンビニで何か甘いものでも買って帰ろうかとしていたのに、だ。こいつは俺の目の前にふらっと現れて「追いかけっこをしようか」などと言い出した。何が楽しいのか、俺は全く楽しくないのだが、臨也は笑いながらひょいひょいと逃げていく。


「あはは!シズちゃんって、今も昔も変わらずにノーコンなんだねぇ!そんなんじゃ当たんないよ、っと」


ガシャァァアン!とすっかり聞き慣れた、けたたましい破壊音が響く。
すばしっこい臨也はまるで目的地でもあるかのように真っ直ぐ走っていく。なんとなく嫌な予感をしながらも俺はひたすらに臨也を追いかけた。


「おいコラ手前…いい加減にしろよ…!」

「俺さえ現れなかったら今日は早く帰れたんだよね?知ってるよ。あーあ、俺のことなんて放っといて帰れば良かったのにさ。幽君の出てるドラマに間に合ったかもしれないのに。そういうところも変わってないよねぇ…嫌になるよ」


立ち止まった臨也は振り返って空を指差した。気付けば俺達は人気のない公園に立っていて、時計は夜中の2時を指そうとしていた。


「ほら見てよシズちゃん。俺ばかり見てる君は気付いてないかもしれないけど、月が綺麗だ」

「……はぁ?」

「月がー、綺麗ですねー」


馬鹿にしたような口調で繰り返す臨也に手近にあったゴミ箱を投げる。それを当たり前のように避けた臨也は、そのまま素早く一気に俺との間合いを詰めた。


「ほら、シズちゃんも見てみなよ。綺麗な満月だ」

「ふざけんな。その隙に逃げるつもりだろ」

「逃げないよ。だから早く見て」


手を伸ばされて一瞬体が強張る。臨也の手は俺の両頬を包んで、そのままグイッと上に向かせた。

たしかに、そこにはおぼろげな明かりを放つ満月があった。ぽつん、と小さな存在に見えるが、とても綺麗な月だ。


「…ね、綺麗でしょ?」

「…………あぁ」

「……ちゃんと言ってよ。何が綺麗なのか」


ふざけんな、と言えば良かったのか。手を振り払って臨也を見れば、想像以上に真面目な顔をしてこちらを見ていた。


「…月が、綺麗だ」

「……うん、月が綺麗だよね」


スッと目を細めた臨也は、満足したような顔で俺の耳元に口を近づけた。


「それじゃ、俺はこれで帰るよ」

「は、」


するりと猫のように逃げ出した臨也を暫く呆けた顔で見ていた俺は、公園から奴の姿が消えてからようやく気付いた。


「逃げんなコルァァァァア!!!!!!」















「あれ?ドタチン何読んでるの?」

「電撃の新刊ッスか?言ってくれれば貸してあげましたのに〜」

「違ぇよ!夏目漱石だ」

「えー!吾輩は猫である?ハッ!猫耳少年!?でも、吾輩だからおじさんかな!?キャー!猫耳サイッコー!」

「だから違ぇって言ってんだろ!月が綺麗だからよ、なんか読みたくなったんだ」

「『I love you』を『月が綺麗ですね』って訳したあれか?」

「あぁ、そうだ」

「何それ!ロマンチックだねぇ!」

「情緒ある控え目なところがたまらないッスねぇ!萌えを感じるッス!」

「……はぁ…そうだな」








********



つまり臨也はシズちゃんに好きと言ってほしかっただけの話^p^



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