馬鹿者同士



・上司と助手




「料理を芸術だと言う料理家はいるけれども、かの有名な芸術家はその芸術を爆発と比喩した。ならば料理は爆発だと言っても同じようなものだと思うんだ」

「…………」

「だからさ、別にこれは失敗したわけじゃないんだよ。…芸術。そう、これは芸術だ」

「…………」


相手に不快感を惜しみなく伝えるような大きな溜め息を吐いて、目の前の暗黒物質を睨み付ける。
隣には自分と一向に目を合わそうとしない上司が一人。相当テンパっているのか意味のわからないことを口走っている。普段の冷静さはどこへ行った、と言ってやりたいところだが、生憎私にはこの男にくれてやるほどの優しさを持ち合わせていない。黙って次の言葉を待っていると、更におかしな方向へと話が進んでいく。


「女の波江さんなら分かってくれると思うけど、やっぱり料理が出来るか出来ないかで判断するような男は駄目だと思う。もっと広い観点で物事を見定められるようにならないといけないよ。そう思わない?」

「…つまり、この黒こげになった元プリンのような物体はあなたの失敗作なのね」

「……………」


質問を無視して逆に問いただす。黙り込まれると余計に信憑性が高まるというのはまさにこのことだろう。よく見ると上司の折原が着用しているエプロンや折原自身にも所々何らかの汚れが付着している。もう一度溜め息を吐いてやると、気まずそうに小さな声で謝罪の声が聞こえた。ほんっとうに小さな声だったため空耳かと疑ったが、このプライドの高くて意地の悪い子供のような男が謝ったのだから、まぁ、よしとしてやろう。


「片付けてあげるから手伝いなさい。…あと一応聞いておいてあげるけど、何故突然焼きプリンなんて作ろうと思い立ったのよ」

「……………」

「平和島静雄ね」


ビクッと肩を跳ねさせた上司に若干の吐き気を覚えながらテキパキと残骸を片付けていく。
一体どういう風に料理をしたらこんなに散らかせるのかしら。
ブツブツと文句を言っていると、折原が小さな声で話しかけてきた。


「…シズちゃんがさ、焼きプリンを作れる奴が好きだって上司に話してるのをたまたま聞いたんだよ」

「あぁ、そう」


相槌の声に他人の色恋沙汰には全くもって興味がないという気持ちが表れたが、逆にそれが功を奏したのか、折原は別に聞いてもいないことをペラペラと語りだした。


「だいたい何で焼きプリンなわけ?普通のプリンでさえ手間がかかりそうなのに何で無駄に焼くの?意味がわからない」


意味がわからないのはアナタの方よ。とは、あえて言わなかった。料理が出来ないくせに手作りの料理しか食べたくないと駄々をこねる上司がその一言で自らこんな行動を起こすとは。


「まるで女子高生ね」

「…は?え、何で女子高生?俺一応カテゴリ的には成人男性なんだけど」

「やってることが女子高生並みにウジウジしてて鬱陶しいのよ」


スパッと言ってやると苦笑いを浮かべた上司が「俺って上司だよね?」と聞いてきたが無視をしてやった。
おそらくこの男はまだ自分を突き動かした感情に気付いていない。私から見ても愛情という感情に触れ慣れていないということが分かる。人間を愛していると言っておきながら、誰からも愛されていない可哀想な男はいつになれば自分の気持ちに気付くのだろうか。


ある意味一途、なのかしら。


まとめたゴミを捨てていると、折原が仕事にとりかかろうと自分のデスクに向かっていた。


違うわね、ただの馬鹿だわ。


「ちょっと、これはどうするのよ」

「あー…もういいよ、流石に仕事もしなきゃいけないし。本は適当に処分しといてもらって構わないから」

「そうじゃなくて。…ほら、手を貸してあげるから続きをやりなさいよ」

「え?」

「どうせなら作って驚かせるぐらいしなさいよ」

「いや、だって…よくよく考えてみれば俺が作る意味ってないんじゃないかな?シズちゃんに会ったってまた殺し合いだろうし」

「私が手を貸してあげるって言ってあげているんだからさっさとしなさい」


言い切ってから自分で自分を疑ったが、馬鹿と一緒にいるうちに私にも馬鹿がうつったようだ。……寒気がするわ。

折角だから誠二にも作ってあげようかしら。材料は折原のことだから良いものを揃えているんだろうし。手伝ってやる代価としては少し安い気もするが、しょうがない。

何だかんだ言いながらも料理をする折原の背中は、まさに恋をする女子高生のようだ。どこか浮かれている様子は気持ちが悪い、と形容するが、見ていて不快ではなかった。




…早く気付いてやりなさいよ、ほんと、もう。







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久々の更新がまたもや料理ネタ…
スランプのリハビリです

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