不恰好な証明



・大学生静雄×美容師臨也
・帝人と紀田君は新人美容師
・新羅とドタチンも美容師
・美容師さんについての知識は個人的な妄想に近いのでご了承ください









美容師たるもの、指への装飾品を絶対に身に付けるべからず。


こんなことわざわざ言われるほどのことではないと思う。常識。そう、それぐらい常識なのだ。いくら美容師にはおしゃれな人間が多いからと言っても、美容師にとって手は大事な大事な商売道具だからだ。ましてや傷でもつけてみろ。シャンプーやカットをする際にそんな手では満足に仕事をこなすことが出来なくなってしまう。特にその店一番の腕を持つこの俺がそんな失態を犯してしまった日には……


「日には?」

「……………」


あ、駄目だ。泣きそう。

新羅が物凄く良い笑顔を浮かべながら腕組みをしている。俺はその威圧感漂う空気の中(ていうか開店前の店の中)で、カット用の椅子に座らされている。あ、あれ?どうしてこんなことになったんだっけ?

もう一度言う。泣きそうだ。

大体、新羅の笑顔って言ったって気持ち悪いだけなんだよ。怖いんだよ。こっち向くな馬鹿。あと俺をそんなゴミを見るような目で見るな馬鹿。
たしかにその商売道具の指に怪我をした俺が悪いのかもしれない。かもしれない、っていうのはつまり、俺の知りえないところで且つ不可抗力によって生み出された傷なのだ。
俺だって好きだからこそこの仕事をしているわけだし、店のトップとしてのプライドもある。だから俺をあまり責めないで欲しい。ほんっとうに不可抗力なんだから!
新羅が俺の心中を察してくれたのか、溜め息を吐いていつもの表情に戻った。


「…でもまぁ、君はカット専門だから良かったよ。まさに不幸中の幸いだ。見た感じ薬指の傷も浅そうだしね」

「………うん。ありがとう新羅…」

「にしても何で薬指に傷なんてできたんだい?もしかして例の同居人と何か関係があったりして」

「っ!」


思わず目を見開いてしまった。何でこいつはこういう時妙に鋭いのだろうか。実に腹立たしい。ぜひともその眼鏡を中指と人差し指で粉々にしてやりたいよ。(笑)


「………新羅さぁ、例の外人の女の子に夢中だったよね?」

「え?え?え?もしやそれは我が愛しのフェアリー、セルティのことかい!?どうして君が彼女のことを知ってるんだよ!」

「俺の常連がその人の知り合いなんだよ。で、だ。その子の勤めてる店を教えてあげるからこのことは誰にも言うなよ!絶対!!」


少しだけ凄んだ声でそう告げれば、新羅はあっさりと了承してくれた。そのあまりにも早い変わり身にイラついた俺は、中指と人差し指を新羅の眼鏡に向けて勢い良く突き出した。












「いらっしゃいませー」


カラン、と軽いベルの音が店内に鳴り響き客が来たと知らせる。つい先ほどカットを終えて手の空いていた俺は受付を覗いた。


「げ…っ!」

「臨也くぅぅうん?手前ぇ…まぁぁた先に出勤しただろ?ぶっ殺すぞ」


そこにはシズちゃん―――もとい、現役大学生で俺の同居人―――が、青筋を浮かべた笑顔という物凄い矛盾した荒業を織り成していた。新羅にしてもシズちゃんにしても、俺が人間の笑顔恐怖症になったらどうしてくれるんだ全く。


「起こすも何も。寝ぼけて俺を圧死させようとした挙句遅刻までさせようとした張本人がよくもまぁそんな事言えちゃうよね。感動すら覚えるよ」

「知るか。そんなの俺の知ったこっちゃねぇ」


謝るどころか開き直りやがったよこの単細胞野郎www
腰のポーチに入ってるハサミが商売道具じゃなかったら突き刺してたよ。どうせアイアンボディのシズちゃんには刺さらないだろうけど。


「あのね、こっちは君のせいで朝から新羅に説教くらったんだからね?ねぇ、何これ。何で俺の左手の薬指に歯形がついてるの?しかもこんなにくっきりと。そのせいで今日色んなお客さんにからかわれたんだから!『まるで結婚指輪みたいですねぇ』って!恥ずかしすぎて集中出来なかったよ!どうしてくれる!」


ここが受付で、店内には他にもお客さんがいるにもかかわらず思わず大声で叫んでしまった。しまった、と口を手で押さえてもそんなのは後の祭りで。でもシズちゃんはめちゃくちゃ満足そうな顔をしていて。……は?満足そうな顔?


「……ねぇ、ちょっと。笑ってないで何か俺に言うことあるんじゃないの?」

「あ?あぁ、そっか。そうだよな。ちょっとこっち来い」

「シズちゃんがこっちに来い」

「早くしろっつーの。ほら、その指貸せ」


話の意図が掴めない。こっちに来いとか言っておいて、結局シズちゃんは俺の左手を強引に引っ張った。薬指をじっくりと見つめる。なんだか視線がくすぐったい。変な気分になりそうだ。


「臨也」

「!………何?」


シズちゃんが珍しく真面目な声音で俺の名前を呼ぶ。その声に弱い俺は背筋がぞくりと粟立った。何だよ急に。心臓に悪いなもう。


だがしかし、シズちゃんはやっぱりシズちゃんで。俺の予想の斜め上をいくのが得意らしい。ぎゅっと左手を握られたかと思うと、至極真剣な顔で言い放った。






「俺と結婚してください」








「……………え、」




心なしか店内の空気がそわそわしている気がする。目だけを動かせば、新羅やドタチンは仕事の手を止めてニヤニヤとこちらを見守っているし、帝人君や正臣君は今にも笑い出しそうな顔をしていた。
ちょっと待て。これはからかわれているのか?いや、でも、シズちゃんの顔は真剣そのものだし、『はい』以外言わせないっていうオーラが滲み出てるし……え、本当に?まじで?


「手前は指輪とかはめねぇって言うし。でも店ではそこら中に愛想振りまいていやがるし。手前が俺のもんだっていう証拠が欲しかったんだよ。…悪かったな、こんな不恰好な指輪でよ」

しゅん、と眉を下げてしまったシズちゃんにうっかりときめいてしまった。あれ?これってもしかしてもしかしなくともやっぱり



…プロポーズ?



あ、やばい。意識したらめちゃくちゃ緊張してきた。鼻はツンとするし、顔は火が出そうなぐらい熱い。それに何よりも、目の前にいる恋人に惚れ直してしまった。


ここは、そうだな、


「しょうがないから、この指輪は貰っておいてあげる」

「臨也…」

「ただし!」


抱きついてこようとしたシズちゃんを人差し指で牽制する。とてつもなく嫌な顔をされたけど、これはある意味痛み分けだ。


「俺が、い、家でつける分の指輪はプレゼントすること!分かった?」


「……おう、任せとけ!」


目を合わせられなくて下を向いてしまったけど、それでも十分シズちゃんの様子は感じ取れた。基本的に翻弄されるのは好きじゃないけど、この年下の恋人にならいいかもしれないと思ってしまう俺は相当なベタ惚れだと思う。




どうでもいいけど、この時店に来ていた狩沢という女性客を中心に『シズちゃんとイザイザの新婚生活を見守り隊』という謎の組織が後に結成されたという。泣きそうだ。





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深夜のテンションで書いてしまった…

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