なんでもない日の贈り物





「…あ、忘れてた。おーい、静雄ー」

「何スか?」


珍しいことに陽が落ちる前に仕事が終わり、そろそろ帰ろうとしていたところをトムさんに呼び止められた。


「これ、貰ったんだけどよ。俺はこういうのあんまり飲まねぇからお前にやるべ」

「…これって、紅茶ッスか」


小さな紙袋に入った黒い缶を手にとってしげしげと見る。正直言って俺も紅茶はあまり飲まねぇし、生憎うちには洒落たティーカップも無ぇ。見た感じ高そうな代物だが、俺が持っていても宝の持ち腐れになりそうだ。いや、なる。


「あの俺、ティーポットとか持ってねぇッスよ」

「え?あ、あぁ、そうか…。じゃぁ、お前から誰かに渡してくれねぇか?俺今から用事があるんだよ」

「はぁ…」


ほんと悪ぃ、じゃあな!と、急に焦って走って行ってしまった上司を俺はただぽかんと見送ることしか出来なかった。俺から渡せって言ったって、一体誰に渡せばいいのやら。
携帯の通話履歴を開いて今すぐ会えそうな奴を探していく。俺の知り合いで紅茶とか飲みそうな奴は……。ピッピッと小さな電子音を鳴らしながらスクロールしていく。


「新羅か…」


新羅はコーヒーを飲むのはよく見るが、紅茶はどうだったっけか。あー…まぁ、セルティが淹れれば何でも飲むだろう。
よし、じゃぁ今からそっちに行くって連絡するか。と、通話ボタンを押しかけたところで紅茶の缶が視界に入った。黒い色をしたそれは、夕日の光を反射してキラキラと光っている。
その黒にふと、臨也が思い浮かんだ。


「……そういえばあいつ紅茶好きだったよな」


以前臨也の家で朝を迎えた時、あいつが淹れてくれた紅茶を飲んだことを思い出した。紅茶のことに詳しくない俺でも分かるような、高そうな紅茶だった。


(貰いモンでも、いいよな…)


俺は短縮番号に登録されている臨也の携帯に電話をかけた。


………言っとくが、これは勝手に登録されたんだからな。











「やぁ、シズちゃん。いらっしゃい」

「…おう」


夕飯でも作っていたのか、臨也が玄関の戸を開けるといい匂いがした。…エプロンとか付けねぇのかな、こいつ。
どうでもいい考えを頭の隅に追いやって、とりあえず促されるまま部屋へと足を踏み入れた。


「今日はもう仕事終わったんだ。珍しいね、いつもは11時過ぎぐらいなのに」

「…あぁ」

「あ、そうそう。シズちゃんが来るっていうから、有り合わせで鍋を作ったんだ。食べていくでしょ?」

「…おう」


……どうしよう、何故か気まずい。別に悪い事してるわけじゃねぇけど。実を言うと、俺がこいつに誕生日以外で何かをプレゼントするのは初めてだ。そのことを改めて意識しまえばますます言葉数が減ってしまう。


「―――ちゃん。ねぇ、シズちゃん。……ちょっと、聞いてる?」

「っ!?え、あ…聞いてる聞いてる。鍋作ったっていう話だろ?」

「…ざんねーん。ハズレでーす」


俺の態度にむすっとした臨也は台所へと姿を消してしまった。…やってしまった。だがしかし俺は、背中に隠した紙袋をいつどのタイミングで何と言って渡せばいいのかという難問で頭がいっぱいなんだ。やっぱり食後か…?いやでもその前に見つかってしまわないか心配だ。じゃぁ、食う前か?…って、それってつまり今じゃねぇか。え、今渡すのか?今渡していいのか?


「ちょっとシズちゃんも座ってないで手伝ってよ」


台所から臨也の声がする。……よ、よし、今だ。さり気なさを装って渡せば問題ないはずだ。その問題とは何なのかはもうよく分からなくなってきたが、とりあえず今行くしかねぇ。


「い、臨也っ!」

「ぅえ!?な、何?急に大きな声なんか出して」


鍋つかみを使って鍋を持ち上げようとしていた臨也が目を丸くしてこちらを見る。…やべぇ、変な汗かいてきやがった。


「…え、ちょっと…ほんと何なのシズちゃん。さっきから変だよ?」

「……ちょっと、こっち来い」

「でも鍋が「いいから!こっち来いって言ってんだろーが」


渋々、といった表情で鍋つかみを手から外した臨也が近くまでやって来る。ふ、普通に渡すだけだろ。ただの紅茶だぞ。指輪とかならまだしも、本当にただの紅茶だぞ。



何で、こんなに緊張するんだ?



「…ほら来たよ。で?さっきから様子がおかしい理由は何なわけ?」

「……これ、やる」


気の利いた言葉なんて出てこなかった。普段から使わなかったら誰だってそうだろ。特にこういう場面では。
紙袋を半ば押し付けるような形で臨也に差し出せば、臨也はきょとんとした顔で俺と紙袋を交互に見た。


「これ…俺に?くれるの?」

「………ん」


何だろ、と首をかしげて紙袋の中身を取り出す。その様子になんだか気恥ずかしくなって目を逸らす。やっぱ慣れないことってのはするもんじゃねぇな。


「わぁ、茶葉だ。シズちゃんが選んでくれたの?」

「それはトムさんからの貰いモンだ。…俺のはそっちじゃなくて、」

「え、じゃぁこのティーカップって…シズちゃんが?」


臨也は黄色の花が描かれたシンプルなティーカップを取り出した。これは臨也のマンションに向かう途中にあった店で急いで買ったものだった。急いで、とは言っても選ぶのに少々手間取ったのだが。


「流石に初めてこ…こ、恋人にプレゼントするものが人からの貰いモンっていうのは気がひけるしよ。良い茶葉みてぇだし、せめてカップは俺が選んだやつにしようと思っ、て!?」


勢いよく胸に飛び込んできた臨也によって言葉を遮られてしまった。こころなしか臨也の耳が赤い気がする。


「…っ、うっ……あ、…っ…ありが、とぉ…っ!」

「な、ちょっ、おま、泣くなよ!」

「だっ、てぇ…っ、う、嬉しくっ、て!シズちゃん、ック、が、選んでくれただけで、俺、もう…っ」

「だからって泣くなよな…」


ぎゅぅっと俺の背中にまわされた手に力が篭る。お返しとばかりに抱きしめる力を少しだけ強めたら、更に泣かれてしまった。ど、どうしろと…?渡すことに必死でその後臨也がどんな反応をするかなんて……そりゃ、まぁ、少しは自分に都合の良い想像はしたけれども。まさかこんな風に泣かれるとは思わなかった。


「シズちゃん…ねぇ、一旦離して」

「お、おう…」


腕の力を緩めると、臨也は涙を拭きながら寝室の階段を上っていってしまった。…かと思えば、何やら綺麗にラッピングされた箱を持ってすぐに降りてきた。


「これ、俺からシズちゃんに」

「…開けていいか?」


こくん、と頷いたのを見てリボンを解いていく。グスッと臨也が鼻をすする音を聞きながら箱を開くと、中には綺麗な黄色のマグカップが入っていた。


「それ、街でたまたま見つけたんだけど、シズちゃんの髪の色に似てるなぁって思ったら買わずにはいられなくて…」


まさかカップで被っちゃうとは思わなかったけどね。と、ほんのり目尻を赤くして笑う臨也に心臓がありえないぐらい脈打つ。あと、顔も焼けそうなぐらい熱い。死ぬんじゃねぇか?俺。


「なんでもない日に渡すのは変かなって思ってたんだけど…良かった。シズちゃん話聞いてなかったし、渡すのやめようかなって思ったぐらいだったからさ」

「……大事にする。ありがとな、臨也」

「うん、こちらこそ。…あ、そのマグカップここに置いていってね」

「…?何でだ?」

「そしたら、シズちゃんが俺の家に泊まっても使えるでしょ?」

「…っ!」


伏せ目で照れたように笑う臨也を思わず押し倒してしまいたくなった。ここでそういう流れに持っていくのは違うだろ。折角の恋人っぽい雰囲気なのに、よ。


「さてと。とりあえず鍋食べよっか」


……切り替えが早いというかなんというか。俺の心の中の葛藤なんて知りもしない臨也はすっくと立ち上がって再び鍋つかみを手にはめた。


「…それからさ、明日の朝は2人でシズちゃんのくれた紅茶を飲もうよ」


だから、今晩は泊まっていってね。と、少し色を含んだ笑顔で言われてしまえば、もう理性なんて紙くずのようにふっ飛んでいってしまった。…くそっ、今のは反則だろ…っ!


「早く来ないとあげないからねー」


リビングから臨也の呼ぶ声がするが、俺はその場でうなだれるように座り込んで髪の毛をガシガシとかいた。










こういうのを、幸せって言うんだろうな。





********



一日中紅茶飲んでたら浮かんだので書いてみました。
紅茶大好きです^p^飲みすぎるとトイレに行きたくなるけどww
トムさんの話し方分かりません…ごめんなさいorz

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