さぁ、漕ぎ出そう!



ごくり、と喉が鳴った。俺は今までにこんなに緊張したことがあっただろうか。……臨也に告白した時は、まあ、その場の成り行きっつーかなし崩しっつーか…。つまりあれだ、あの時のことはノーカンだ。だから今俺はかつてないぐらい緊張しているわけであって。

…あぁ、くそ!変な汗までかいてきやがった。

カチカチと時計の針の進む音がやけに耳についてイライラする。どうすればいいんだ。もう緊張してるのか焦ってるのかも分からねぇ。あいつが来るまでまだ時間は少しある。…やっぱ買いに行った方が良いよな。でも今家を空けたら入れ違いになりそうだしな…。今日がバレンタインデーだと気付いたのがつい先程のことだったとは言え、流石に何も用意していないじゃ済まされねぇよな。あいつはこういうイベント事は好きそうだし、付き合って初めての事なら尚更だ。…今日俺の家に来るって言い出したのも関係してるんだろうな。迂闊だった。

一番近いコンビニでも往復で15分ぐらいはかかる。せっかくの休日に走らなきゃいけねぇのは不本意だが、この際背に腹は変えられない。…よし、走れば往復10分弱ぐらいにはなりそうだ。
さて出かけよう。と、財布をジーンズのポケットに突っ込んで玄関の扉に手をかけたところでふと立ち止まる。


「……待てよ?たしかついこの間幽が置いていった自転車がまだあったような…」


踵を返して自転車の鍵を探すべくタンスの引き出しを漁る。


「…あった!これで自転車をぶっ飛ばせばなんとか…!」


少しばかり荒らしてしまった引き出しをそのままに、玄関を飛び出してアパートの階段を駆け下りていく。臨也が来る前に早く買いに行かなければ。駐輪所に置いてあった無駄にデザインの良い自転車の鍵を開けていざ漕ぎ出そうとした時だった。


「あれ、シズちゃんどこか出掛けるの?」


……あと少し、あと少しだったんだ。額に汗がダラダラと流れてくる。顔を上げるとそこにはきょとんとした臨也が立っていた。手には小さな紙袋を持っている。……最悪だ。いや、嬉しいけど。タイミングが最悪だ。


「え、あぁ…いや、ちょっとコンビニまで行こうと思ってよ」

「何か買い物?言ってくれたらこっち来るついでに買ってきてあげたのに」

「まぁ…そうなんだけど、よ……」


臨也は俺の歯切れの悪さに疑問を持ったのか、そのままずんずんとこちらに向かって歩いてくる。…あぁ、マズい。非常にマズい。もし問い詰められた時に「チョコを買いに行こうとしてました」なんて素直に言ってみろ。こいつのことだ。からかってくるか、もしくは拗ねるだろう。畜生!俺の馬鹿野郎…っ!
近くまで来た臨也は俺と自転車を交互に見た後、少し不機嫌そうに口を開いた。


「シズちゃん自転車なんて持ってたっけ?」

「………はぁ?」

「だーかーらー!その自転車どうしたのかって聞いてるの!」


予想外の質問に拍子抜けしていると溜め息を吐かれた。何なんだコイツ。何で自転車の話なんかしてるんだ?…意味分かんねぇ。


「この間幽が置いてったんだよ。仕事で出演した何かの番組の景品で貰ったとか何とか言ってよ」

「……ふーん。幽君がねぇ…。まぁ、それならいいけどさ」


何を納得したのか臨也はぐるぐると自転車の周りを観察しだした。


「何してんだよ」

「ん?べっつにー?ただ、この自転車後ろに荷台がないんだなぁって思ってさ」

「…このデザインの自転車で荷台があるのは変だろ」


つーか、何で荷台にこだわるんだよ。と聞けば、再び溜め息を吐かれた。しかも今度のはさっきのよりも盛大に。


「分かってない。分かってないなぁシズちゃんは。これだから年齢=彼女いない暦の奴は困るんだよ」

「はぁ?手前がいるからイコールじゃねぇだろーがよ」

「……っ、そう、だけどさ」


急に黙ってしまった臨也を不思議に思い、自転車を降りる。すると急に臨也が胸に飛び込んできた。ぎゅっと背中にまわされた腕に悪い気はしないので、俺もそのまま臨也の腰に腕をまわす。


「………付き合ってたらやっぱ、二人乗りとか憧れるじゃん…」


ようやく自転車買ったのかなと思って喜んだのに荷台がないとか、ほんとシズちゃんって空気読めないよね。
小さな声でもごもごと言った言葉だったが、至近距離にいた俺の耳にはちゃんと届いた。勿論、後半の悪態もだ。


「あー……んだよ、そんなことかよ」

「そ、そんなことって失礼な!あーもーこの話はやめやめ。早く部屋に入ろ…って、ちょっと!」


離れようとした臨也の腕を引っ張って「ちょっと待ってろ」と言えば、臨也はいたたまれない顔をしながらも渋々従った。それから俺は自転車に乗ってもう一度臨也の腕を引っ張る。


「ちょっとさぁ、あんまり引っ張らないでくれない?逃げないってば」

「そうじゃねぇよ。…ほら、ここのとこに足を引っ掛けて立てば二人乗り出来るだろ」

「……え、」

「やらねぇのか?」


ほんのりと赤くなった臨也に意地悪く問えば、すかさず


「の、乗る!」


と、必死な答えが返ってきた。その珍しく必死な姿に頬が緩む。緊張なんてしていた自分が馬鹿みたいだ。


「ちゃんと肩に掴まっとけよ」

「シズちゃんが安全運転してくれるなら落ちないよ」


しっかりと悪態を吐くことは忘れない臨也に苦笑いをする。…嬉しそうな顔しやがって。こんなことで喜んでくれるなら今度はちゃんと荷台のついた自転車を買おう。自転車を漕いだ時に受ける冷たい風と、ぎゅっと肩を掴む温度は凄く心地が良かった。










「ねぇねぇ、シズちゃーん」

「んだよ」

「俺、別にシズちゃんからのチョコなんて最初っから期待してないから気使わなくていいんだよ?俺があげたいからやってることだし」

「っな、おまっ、知って…っ!?」

「あ、でも、くれるって言うなら勿論喜んでもらうけどねー」

「………来年は、ちゃんとしたもの用意するからよ」

「……じゃあ、来年は期待しとく」








*****



休日もバーテン服っていうのもいいけど、臨也に「休日ぐらい普通の服着てよ」とか「その方がカッコいい」とか言われてジーパンにTシャツとか着るシズちゃんもたぎるなぁ…。という思いをこっそり詰め込んでみました。バレンタイン関係ねぇ^p^

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