焦げそうだ



いつからだろうか、金髪の彼を見かける度にちょっかいをかけたいと思うようになったのは。















「ドタチン、いつものやつ頂戴」

「…また静雄と喧嘩したのか?」

「………昨日、ちょっとね。それから口きいてない」


黙り込んだ俺を見たドタチンは溜め息を吐いて小さな袋を取り出した。


「ほら、今日はチョコクッキーだ」

「ん、ありがと」


袋を机の上に広げてひとつつまみ上げる。多少不格好なそれだが、俺にとっては欠かせないものになりつつある。
いつだったか、俺がシズちゃんと喧嘩して落ち込んでいた時にドタチンがくれたお菓子がきっかけだった。一口食べた今とあまり変わりのない不格好なクッキーは、沈んでいた俺の気持ちを不思議と落ち着かせた。

サクサクと軽い音が俺とドタチンだけの教室に響く。


「……別に、さ」

「ん?」

「別に、俺はシズちゃんと喧嘩したい訳じゃないんだよ」

「…あぁ」

「俺は今まで特定の人間に構ってほしいとか思ったことがなかったから、どうやって接したらいいかわからないんだよ」


変だよね、と自嘲気味に笑ってもうひとつ手を伸ばす。


「これでも話術には自信があるんだよ」

「知ってる」

「でも、いざシズちゃんを前にしたら意味ないんだよなぁ。…何で、よりによってシズちゃんなんだろ」


またひとつクッキーに手を伸ばす。夕焼けの光がクッキーを照らして、さらに不格好さを際立たせた。ふと気になったことを口に出す。


「…話変わるけどさ、ドタチンって何で味は美味しいのに形にはこだわらないわけ?」

「今さらそこかよ」

「逆に今だからこそだよ。俺、ドタチンのお菓子は好きだよ?食べるとなんか安心するし、美味しいしさ」

「じゃあいいじゃねぇか、男の料理って大体そんなもんだろ」

「…まぁ、そうだろうけどさ。ドタチンの性格からしたらちょっと意外かなって思ってね」

「……そうか?」

「うん、そう」


手にしていたクッキーを口に放り込む。一口サイズのそれはココアの苦味を残して消えた。


「シズちゃんだったらこの不格好さもあり得るんだけどね」


まぁシズちゃんの場合、お菓子を作ることがまずあり得ないんだけど。


「…なぁ臨也それ、」

「何で、シズちゃんなんだろうね」


伸ばしかけていた手を止めて窓の外を見る。ドタチンが驚いた顔をしているのが薄ら暗くなった窓に映っている。


「ドタチンは優しいし、男らしいし、聞き上手だし、お菓子作りも上手いし」

「……………」

「ドタチンを好きになっとけばよかったなぁ…」

「…おい、臨也」

「アハハ、冗談だよ。もうそんなこと言えないとこまできちゃったから。俺が好きなのはシズちゃんだけだよ」


立ち上がって鞄を手にとる。ドタチンはなんとも微妙な顔をしていた。


「これ、今日で最後にするよ。このままだと依存症みたいになっちゃいそうだし」

「………」

「今まで美味しいお菓子をありがとね。じゃ、また明日」

「あ、おい臨也!」




ドアを開くと、しかめっ面のシズちゃんが立っていた。




「…………は、何?君いつからここにいたわけ?」


口の中がカラカラになって上手く声が出ない。あと心臓がうるさい。耳に心臓があるみたいだ。本当にうるさい。


「帰るぞ」

「……人の話聞いてた?シズちゃんはいつからここにいたのかって聞いて、」

「うだうだ言ってんじゃねぇよ。それ以上何か言ったらまじ殴んぞ」

「シズちゃんと帰るぐらいなら一人で帰るし」



あ、また。



いつも言ってしまってから後悔する。これで何度目だ、俺の馬鹿。




「帰るぞ」


驚いてシズちゃんを見る。いつもなら絶対に怒っている場面なのに、何で、


何で、そんな優しい目をしてるの?



「静雄」


ドタチンが近付いてくるのが気配でわかる。


「いい加減自分で渡せ」


俺の後ろからシズちゃんに手渡されたものは、さっきまで俺が食べていたクッキーの残りだった。





頭の中で何かがカチリとはまった。





「……これ、シズちゃんが作ったの?」

「………不格好で悪かったな」


かぁっと顔が熱くなる。

え、わ、どうしよう、今の俺絶対顔赤い。



……アレ、ちょっと待てよ。それを知っているということは、結構前からここにいたっていうことだよね。ということは、だ。さっき俺が口走った「俺が好きなのはシズちゃんだけだ」っていう恥ずかしすぎる発言も聞かれてたってこと?







………逃げよう。そうだ、もう色々と無理だ。とにかくこの場から逃げて一旦落ち着こう。


……まぁ、そう簡単に逃げれるとは思ってなかったけどね。思ってなかったけど、こうもあっさりと捕まえられたら流石に…ねぇ。



「手前、なに逃げようとしてんだ」

「あー…やっぱ無理だったか」


捕まれた腕が熱い。熱くていつもみたいに口はまわらないし、思考回路もぐちゃぐちゃだ。


「んじゃ、臨也のこと頼んだぞ」

「…あぁ、今まで手間かけさせて悪かったな」

「気にすんなよ。その代わり、お前らはお互いもう少し素直になれ」

「………努力する」


じゃ、また明日な。シズちゃんとドタチンが何かしゃべってるけどもう耳に入ってこない。ていうか、そんな余裕ない。

シズちゃんに腕を引かれて冷えきった廊下を歩き出す。すっかり黙り込んでしまった俺はただただシズちゃんの後ろを歩くだけだ。


「おい」

「……何」

「もうこれ、食わねぇんだろ?」

「………」

「俺ももう作らねぇからよ、」

「だから、」

「今まで手前が食った分、今度は手前が俺に作れ」

「………はい?」

「そしたら、昨日の喧嘩のことも許してやるから、よ」


シズちゃんは立ち止まることも振り返ることもせずに歩き続ける。歩き出してから初めて顔を上げた俺は、シズちゃんが照れていることに気づいた。


だって、俺の気のせいじゃなかったら、シズちゃんの耳が赤い、気がする。暗くてよく見えないけど、そんな気がする。



「あの、さ」

「んだよ」

「不公平だ」

「………あ?」


ようやく立ち止まった頃には既に下駄箱まで歩いてきてからだった。
わけがわからんといった顔をしているシズちゃんを見て、ほんの少し調子が戻った俺は思い切って口を開いた。


「俺は今にも死にそうなぐらい恥ずかしい思いをしてるのに、シズちゃんだけ余裕とかズルい」

「あ、もしかして無かったことにしようとか考えてる?」

「そんなの本当に不公平だから許さな、」





「好きだ」





「…………」

「………黙んなよ」

「………うん」

「…………」

「……明日、お菓子作ってくるからさ」

「……あ、あぁ」

「朝、迎えに来てよ。そしたら立ち聞きしてたこと許してあげるから」

「…わかった」


シズちゃんが少し笑って俺の腕から手を離す。捕まれていたそこが急に寒くなって、俺は反射的にシズちゃんの袖を引っ張っていた。


「あのさ……その、………やっぱり、いいや」


いざ素直になろうとしたら言葉が見つからないってどうなの俺。あああシズちゃんの視線が痛い、痛いってばあああ!


「臨也、」

「な、何、……っ」


俺はシズちゃんに抱き締められた。ふわりとうっすら煙草の匂いがする。


「門田に言われた通り、俺らは互いに素直になった方が良い」

「…え?…あぁ、うん…そうだね」

「だからよ、手前も言え」

「……何を?」

「直接俺に好きって言え」


…やっぱりシズちゃんはズルい。素直に謝れないからってドタチンにお菓子を渡すのを頼んだり、あっさり俺の気持ちを立ち聞きしたり、こんな風に俺の心臓を簡単に爆発させようとしたり、本当に、本当に、







「大好き」








******



当初はもっと短い話だったんですが…何故こうなった。
静雄さんはやっぱり料理上手いと思うんです。
臨也も上手いんですけど、お互いにお互いの方が美味しいと思ってたら良いなあって´ω`
完全なる俺得ですみません

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