そんな馬鹿な!



・静雄と新羅は同じクラス
・臨也とドタチンは同じクラス
・静(→)←臨













それは、珍しく静かな午後だった。





昼休みはいつものように俺と臨也の喧嘩から始まり、新羅のセルティお手製弁当の自慢話や門田の盛大なため息を聞いたりと、何ら変わりのない騒がしい時間を過ごしていた。
いつもならこの後の午後の授業中に臨也がわざわざ喧嘩を吹っ掛けに来て、俺は臨也をメラッと始末するべく追いかける。そのせいで学校がいつの間にか終わっていたなんてことはそうそう珍しくはなかった。思い出しただけでも腹が立つ。



それなのに、今日は昼休みを境に臨也が姿を見せない。



とても喜ばしいことじゃないか。と、自分に言い聞かせてはみたが、非常に残念なことに俺の中で臨也の奇襲は日常化してしまったようで、俺にとっての平和は言い知れない違和感を与えただけだった。
もうすぐ5限目が終わる。あと1限受ければ今日の学校は終りだ。



つんつん



何かに背中を突っつかれて振り向くと、後ろの席の女子が「ひっ!」と小さく声を漏らした。
自分を突っついたのは恐らく…いや間違いなくこの女子なのだろうが、こうも怯えられると果たしてそうなのかと一瞬疑ってしまう。

が、その疑いを晴らすかのようにその女子はメモ帳のような紙切れを渡してきた。


「……あ、あの、これ…岸谷君から…」

「……あぁ、サンキュ」


なるべく先程までの臨也に対する苛々を顔に出さないように、それだけを手早く言って紙切れを受け取った。受け取ってみて初めて気付いたが、明らかに女子向けの可愛らしいメモ帳で妙にイラッとした。


『薬を持って行ってあげなくちゃいけない患者がいるんだけど、他に急患が入っちゃったからそっちに行かなきゃいけないんだ。悪いけど、僕の代わりに薬を届けてくれないかな。患者には屋上で待っておくように言ってあるからさ』



つんつん



またもや背中を突っつかれて振り替えると、今度は慣れたのか、女子は恐る恐る薬の入った小さな目薬のようなボトルを渡してきた。そのボトルを受け取ってちらりと新羅の席の方を見ると、「この通り!」と言いたげな顔で両手を顔の前で合わせて頭を下げている。

手の中でボトルが小さくみしりと軋んだのと、新羅が教師に保健室へ行くと言って逃げるように教室から出ていったのはほぼ同時だった。




*****





5限目の終わりのチャイムが鳴り、休み時間が始まると俺は薬のボトルを持って屋上へと足を運んだ。
午後の暖かい光が欠伸を促してくる。今日はたまたま日差しが暖かいだけであって、もう11月だ。流石に屋上は寒く、階を上る毎に人の数は減っていった。

ギギギ、と錆び付いた重い音を響かせて屋上の扉を開けると、上から声が降ってきた。


「新羅遅い!俺5限の間中ずっと待ってたんだからね!ていうか、何で屋上?寒いんだけ…ど………は?」



どきり



「……………は?」


見上げればそこには臨也の間抜けな顔があった。
ただし、いつもと少し違う。


「何で手前、眼鏡なんてかけてんだ?」


ひくり、と顔をひきつらせて臨也がこちらを睨んできた。心なしか焦っているように見える。


「…別に、ただの気まぐれ。イメチェンだよ」

「あぁ、そうかよ。…ったく、残念だよなぁ。午後は手前の顔を見ずに済むと思ってたのによぉ…!」


思わずボトルを持っていることを忘れた右手に力が入り、再びみしみしと軋んだ。


「あ…っ、駄目だって!」


それを見た臨也は表情を一変させて立ち上がったが、足をもつれさせたのかそのまま俺の方へ倒れ込んできやがった。



………倒れ込んできた?




「っ、臨也!危ねぇ!」


気が付けば体が勝手に動いており、俺は臨也を抱き締めるかのように受け止めていた。眼鏡がカシャンと落ちた音がやけに響いた。


「……………」

「……………」


暫ししんとした空気の中、先に動いたのは臨也だった。


「離してくれない?あと、早くそれを渡してよ」

「…お、おぉ」


腕の力を抜くと、若干ふらついた臨也がボトルを奪い素早く俺から離れた。俺はと言うと、見た目以上に細っこい腰や腕や首といったものに、うっかり抱き締めた瞬間に触れてしまっていたたまれない思いや驚きで固まっていた。
こいつ、今まで俺と喧嘩しててよく死ななかったな。と思わざるぐらいには驚いていた。

落ちた眼鏡を拾い上げてポケットに突っ込む臨也をぼうっと眺めていたら、突然こちらを向かれて心臓が跳ねた。


「何でシズちゃんがこれを持ってるわけ?」

「は?」

「…だから、何で新羅に頼んだこれをシズちゃんが持ってるのかって聞いてるの」

「頼まれたんだよ。他に急患が入ったから代わりにってよぉ」


臨也の眉間に皺が寄った。


「……あの眼鏡野郎、後でシメる」


わけが分からない、と思っていたら苦々しい顔で溜め息を吐かれた。


「あの闇医者が手当てするのってこの学校では俺とシズちゃんとドタチンぐらいでしょ。屋上から見てた限り外には出てないみたいだし、ドタチンはシズちゃん程ではないけど頑丈だからそうそう新羅の世話になることなんて今までなかったじゃん。どう考えても騙されてるよシズちゃん」

「………………」


…たしかに、よくよく考えてみれば変だ。何でわざわざ俺に、よりによって臨也の野郎宛の頼み事なんてしやがったんだ。しかもこんな回りくどいやり方で。


「……まぁいいや。とりあえず君の役割は終わったんだから帰っていいよ。むしろ帰れ」


しっしっ、と追い払うような仕草をする臨也に怒りよりも純粋に疑問が沸いた。


「言われなくても帰るっつーの。…つか、それ何の薬なんだ?」


まさか聞かれるとは思っていなかったのか、少し狼狽えている臨也は見ていて新鮮で見ていて気分が良かった。


「なぁ、おい、聞いてんのか」


返事がないことにムッとした俺が近寄ろうとすると、臨也は慌てて後ずさった。それが気に入らなかった俺は足を目一杯使って一気に距離を縮めた。


「っ、わ、」

「…手前、ひょっとしてめちゃくちゃ目悪いんじゃねぇか?」


一気に距離を詰めた俺を見上げた臨也の目は焦点が定まっていなかった。目が悪いなら眼鏡をかけていたことにも納得はいく。しかし、もしそうだとすると別の疑問が浮かんでくる。何故昼休みの時は軽々と俺の攻撃を避けていたのか、だ。


「………だからシズちゃんにバレるのだけは嫌だったんだよ…ホント、最悪だ…。あぁ、もう!あの時コンタクトがズレたりしなかったら…!」

「コンタクト…」


そうか、なるほど、普段はコンタクトなのか。と呟くと、臨也はしまったという顔をした。


「へぇ、そうかそうか。じゃあ手前には今俺の顔はぼやけて見えてるってわけか」

「眼鏡をかけたら見えるっつーの!あんま調子に乗るなよ!」


ごそごそと眼鏡を取り出して手早くかけた臨也はもう一度俺と視線を合わせた。



どきり



「…ひっ、近っ!」


と思ったら物凄く素早い動きで俺から離れていった。その反応に、後ろの席の女子を思い出してなんとなくムカついた。何なんだこいつ、意味わかんねぇ。


「これで分かったでしょ!分かったら早く帰れよ!じゃないと次の授業始まるよ!」

「あー…、次の授業はサボるから気にすんな」

「はぁ!?…じゃあせめてここから出ていってよ。眼鏡かけた姿をこれ以上見られるとか、あり得ないし」

「何でだよ、別に変じゃねぇしむしろ似合ってんじゃねぇか」

「…っ!…分かった、俺が出ていくよ。これで文句ないだろ?じゃあね」

「あ、おい、待てよ!」


スタスタと俺の横を通りすぎようとする臨也の腕を掴むと、真っ赤な顔をした臨也と目が合った。




…………ちょっと、ほんのちょっとだけだが、良いかもしれないと思った俺は馬鹿なのだろうか。いや、馬鹿だ。



「…離してよ」

「…手前、今度からそれかけるのは俺の前だけにしろ」

「はぁ?だから、俺はシズちゃんに眼鏡をかけた姿を見られたくないんだってば。嫌に決まってるだろ」

「それかけてたら少しは殴るの我慢してやるからよ」

「…………」

「その代わり、他の奴の前でかけたら思いっきり殴る」

「え、何その理不尽!………分かった、分かったからとりあえず離して。早く目薬ささないと限界、」

「っ!」


ボロ、っと大粒の涙が臨也の目から零れてくるのを見て俺の中で何かがどきりと音を立てた。













(可愛いなんて、そんな、あり得ねぇ!!)





********



急患って、誰だろう←
眼鏡臨也にときめく静雄さんって可愛いと思ったんです!


- 10 -


[*前] | [次#]






( prev : top : next )

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -