あざー | ナノ




「ううわっ」
「…、、、」
「うわうわうわーーっ!」
「………、、、」
「ちょっ一馬今の見た?!やばくね?!なにあのドリブル!」

天気がいい。合宿日和だ。ミニゲーム形式の練習を交代で見ている結人の声が、きれいな青空に吸い込まれた。ような気もする。

肩をバシバシ叩かれている一馬は、たてた両膝の間に頭を入れた。

(くっそお、)

悔しい。

なんなんだ。なんだあれ。目の前で見せられるいやというほど華麗なドリブル、楽しそうな顔、ネットを揺らすたったひとつのボールがあいつのためだけに転がっているようで悔しかった。見なきゃいけない、見て盗むべきだとも分かっているのに、どうしても頭を上げることができない。結人はいいよなあ、単純で。

「一馬みろっ」
「、は」

とはいっても小学5年。単純なのはみんな一緒だという。
スローモーションのようだった。相手の裏に抜け出した圭介がダイレクトにシュートを決める。たった1秒の映像が残像としていつまでもそこに残った。よっしゃあとはりあがった声とガッツポーズのおまけつき。赤いビブスがチラチラ目を浸食して、顔に血が上る感覚がしたときだった。

「一馬おま、顔あっけーよ」
「えっ。ま、まじ?」
「でーじょぶかあ?つか圭介くんすっげえの!あんな抜け出しおれもやりてー!てか、やる!」
「…、おれだって、」
「んん?」
「…や、」
「や?」
「………(む、むりだあ)」

あんなすごいの、一生かかっても、できない気がする。
敵として目の前でシュート決められた英士のがきっとずっとショックだろう。とっくに続きがはじまったゲームのかやのそとで、一馬はまだ心臓をドキドキさせていた。

「つうか、結人、なんだよ。けいすけくんって、」
「ん?ああ、昨日なー!風呂あがってジュース買い行ったときいたからさ、思い切って挨拶してみた!したら、圭介くんでいいよって!」
「…へ、へえ〜」
「なんだよー。あ、もしかしてうらやましい?!」
「べっつに!」
「だあいじょぶだって、圭介くん優しいから、今のプレーすげかったっすって行ってきてみー!」
「ばっ、いいよ!」
「あ、ほら、」

終わった!結人の言葉と長い笛の音が重なる。合宿メニューはこれで全部だ。黄色のビブスを脱ぎながら走って近づいてきた英士に、おつかれと2つの声がかかった。「すごいよ、山口さん」

「だよなあ、外から見てても別格!」
「藤代もまあ相変わらずすごいけど」
「圭介くんは上の学年ってだけでなんかなぁ、かなわないって思っちゃうよなあ」

圭介は東海方面からの選出だった。もう2、3人、そっちから来ている選手と固まって談笑している。視線に気づくと、ミニゲームで英士と同じチームにいた1人を引き連れて駆けてきた。びっくりした一馬は体育座りからいきなり立ち上がり、その辺にあったボールをいじりはじめている。

話したくないわけじゃなかった。いやむしろ話したい。普段どういう練習してんですか、とか。ボールがくるタイミングってどうやって読んでんですか、とか。いろいろ。なんでだろ、結人の言う通り、年上っていうのがいい方にも悪い方にも影響してるんだろうか。藤代に持つ嫉妬の感情とはちょっと違う悔しさが、合宿始まりからずっと付きまとっていた。だからちゃんと話しかけられない。

「一馬、お前なんだよ、せっかく話せるチャンスー!」
「いいよおれは、べつに、」
「よくねえよ、憧れてんだろ!」
「あこっ、がっ?れ、てない、違う!」
「え、そうなの?だってミニゲーム中ずっと圭介くん追っかけてるからてっきり、」

「おれがなにー?」

英士と平馬は砂をいじりながらさっきのゲームについて話している。突然かけられた言葉に結人はニッカリと笑って、一馬の腰の辺りをバシリとたたいた。

「ええっと、」
「、、」
「真田っす、真田一馬!」
「おおさんきゅ、ごめんな、あんま一緒んチームなんないから名前覚えてなくてさ。かずまでいい?」
「あ、え、」



一馬あしっかりしろよー!結人の声は別段高くないのによく響く。ゲーム中は外からの指示にとても助かることがある。

「東海の方は、」
「んー」
「みんなテクニックあるよね」
「あー、そう?」

英士は、そう?じゃないよ、と思った。思っておもわず、固まる一馬とうるさい結人の中で笑う圭介を見た。

東京から出てきた何人かは、なにかひとつ得意なやつが多い。藤代はオールラウンダーだけど細かくてざつなミスもある。さっきミニゲームで一緒になった圭介にはほぼそれがなかったし、平馬は地味にバランスが整いすぎていた。

「あれはさ、」
「あれ?」
「うんあれ。あれは別格」

砂に矢印。平馬が書いたその矢の先には圭介がいた。

「かたまってるのなにくんだっけ?」
「真田一馬」

矢印の反対に漢字を書いた英士に平馬は少しだけ笑う。これじゃ片想いみたい。英士は眉をしかめて一馬の名前の上に砂をかけた。かけてからなんとなくいやな感じになって、名前を書きなおして矢印を消した。

「へんなやつ」

お前に言われたくない、と、英士は思った。



「かずまはさぁ」
「、は、」
「攻めるとき、なんつんだっけ、攻めるときにー、あー、あ、ためらう?ためらう!くせある?」
「え、あ、」
「どんぴしゃってとき多いのにもったいねーよ!おれ、いいプレー見るとテンションあがっからお前のプレーは結構何度もやばかった!」
「う、あ、」
「一馬さっきっからあとかうとかしか言ってねー!いつもの生意気かじゅまはどうした!」
「かじゅまって言うなっつって何度もゆってんだろお前っ」

見ていてくれた、褒められた!と喜びは表に出さないようにする。ありがとうございますとは言えなくてもお辞儀をひとつした一馬に圭介は笑った。悔しい。けどうれしい。あんなすごい人が、おれのプレーを。握った右手の平に爪のあとがついた。下げた頭にまた血が集まる。今日で合宿は最後だ。最後という漢字が2つ脳を占めた。最後、最後!
山口さん!きれいな青空に吸い込まれた。ような気もする。



おれまた一緒にプレーできるように来ます!カッとなるときに出すくらいの大声で一馬が叫んだ。圭介がおうっといい返事をする。圭介でいいよとも付け足した。シンとなったグラウンドの意識は一馬に集中している。結人が爆笑しだしてからは、いつも通りにおさまった。

「さなだくん同い年だっけ?」
「そう」
「なんか年下みたいで助けたくなるなー」

砂に書かれた漢字4文字を四角く囲った平馬は、覚えた覚えたと呟いて立ち上がった。監督が話し合いを終えたのか手をたたいている。これからバスに乗って電車に乗ってうちに着くのは何時だろう。さっさと監督に向かって歩く横山よりはまだ楽だけど、ちょっとだけだるいような気もする。だるい、って言えば一馬だ。どう考えたってあの顔の赤さは熱なのに、真っ赤だ真っ赤だとはやし立てる結人に本気になって言い返していてちょっとかわいそうだった。

さてとと腰を上げる。

一馬が何を思ったのかは分からないけど、おれたちは全国からの合同練習に呼ばれるだけじゃ終わんないだろ。選ばれて、何回も一緒に試合に出て、そうしたら圭介くんって呼べばいい。熱なんか出してる今日が恥ずかしくなるくらい、同じところに立てる日がくる。早く集まれと監督が叫んだ。英士は真っ赤な幼なじみといっぱいに笑う幼なじみを手招きして名前を呼んだ。その声はきれいな青空に吸い込まれた。
ような気もする。



お話はこれで終わりません



fin
thanks akatsukisan!

thanks,泳兵




たかなさまより1万打企画でリクエストして頂いてきてしまいました^^素敵なユース組ありがとうございました!


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