『名前、俺だけど!覚えてっか?』
「…あぁ、菜っぱ君ね。覚えてるよ」
『誰が菜っぱだふざけんな!一馬の姉ちゃんにも言われたんだぜ』
「はいはい。悪かったね。で、何?」
久しぶりの従兄弟からの電話。子犬みたいに騒ぐのが懐かしいんだけれどやっぱり五月蝿い。ベッドに背中を預けて指先で髪を弄る。くるりくるりと巻くようにしては離すを繰り返した。これは癖になってるな。
(あ、枝毛みっけ)
聞いてんのか!なんて携帯越しに響く元気な声からして、いつも通りに調子は良さそうだ。まあ、彼が大人しかったら、次の日は雪が降るね。笑みを零して携帯を持ち変える。生返事をして続きを促しながら、コップを傾けた。ひやりと冷たい紅茶が喉を滑り落ちる。
『今度の休みにそっち遊びに行くわ。つっても練習試合の合間だけど』
「何でも良いけど、怒られないようにね」
『わかってるって……あ、悪い、兄ちゃんが呼んでっから』
「おー咲人さん?よろしく言っといてよ」
『じゃあな!』
ぶつり、と切られて電子音が響く。用の無くなったそれをベッドに放り投げて伸びを一つ。
さっきから気になっていた、目の前で不機嫌そうな雰囲気を醸し出す平馬に視線を向ける。目が合っても直ぐに逸らさてしまった。滅多に見れない拗ねた平馬に笑いが込み上げてきて、思わず噴き出してしまう。それに反応して、睨んでくる彼に肩を竦める。
本当…珍しいな。
「ねえ、平馬。なんで拗ねてんの?」
目の前で手を振ってみれば、それは直ぐに掴まれてしまう。勿論、平馬の手で。そのまま引っ張られて彼の腕の中へ。
少しだけ高い体温が此方にも伝わってくる。
「あのさ、そんな格好するなよ」
「は?」
彼の言葉に間抜けな声を出してしまった。平馬の腕の中、背中を向けて座っているから平馬の顔は見えないけれど、きっと彼はいつもと変わらず無表情だろう。
私はてっきり結人との電話が原因だと思っていたのだけれど、だいぶ的外れな事だったみたいだ。まさか洋服の事だったなんて。キャミソールにミニスカートの何処がいけないんだろうか。夏だからこんな格好している人は沢山いる筈だけれど。首を傾げて考え込んでいたら、平馬の顎が私の頭の上に乗った。
「正直、目のやり場に困る。Tシャツにしろ」
「命令形…。でも暑いから嫌」
ふい、と顔を背ければ、平馬が溜め息を一つ。お腹に回された腕の力が強くなる。溜め息をつかなくても、と思った直後に顎を掴まれて後ろに向かされた。無理に回されて少し、痛かった。鼻先数センチの距離で目を合わせるのにはもう慣れかけている。
何?と言う前に塞がれた唇。誰に、勿論平馬に。2回キスするのも、離れる時に唇を舐めるのも平馬の癖。幾度となく繰り返された行為故に癖はもう覚えてしまった。彼はいつも唐突だから、たまには事前に合図をくれると嬉しいなあ、と思ってみるけどどうせ無視されるだろう。
ぱちり、と瞬いて平馬を見ていたら彼の眉間に皺が寄る。
「もういい。寝る」
「え、平馬?」
数十秒間、彼と睨めっこしていたら、また溜め息をつかれ、私から離れたかと思えば私の膝の上に陣取った。だらし無く寝転がり目を閉じる。
本当に、会話の成立や意思の疎通が出来ない人。
なんで付き合ってるんだろうかと考える時もあるけれど。
「名前」
「なに?」
「好きだよ。いちばん」
だけど、こうやって言ってくれるところとか、何だかんだいって優しいから、嫌いになったり別れたり出来ないんだろうな。
穏やかな寝息を立てながら、安心した様な顔の平馬の頬を突いてやった。
私の彼はマイペース
(あ、ここじゃ紅茶に届かない)(平馬起きてくれないかな…)
にとろさまより相互記念。ありがとうございました!