(躍動する僕の左半分が証)
終わりましたよ。
そんな声にゆっくりと目を開ける。 鏡を覗き込むと化粧という魔法で飾られた私がそこにいた。そこにいるのは確かに自分ではあるけども、何だか自身じゃないような気がして、呆気に取られて鏡の中の別人をじっと見つめていた。 お綺麗ですよ、なんていうその言葉ではっと我に帰る。
女の子は皆お姫様だとか良く言うけど、なるほど綺麗に化けるもんだなと苦笑する。自分がこんな風に変わるなんて思わなかった。
そのとき、コンコンと控室のドアを叩く音が聞こえた。
「準備終わったか?」
愛しい人の声が聞こえて彼が新婦控室に足を踏み入れる。ぱっと振り返ると白いタキシードをその身に纏った亮介が立っていた。 散々皆(主に幹也くんとかU-16のメンバーだ。)に彼には似合わないだろうと言われていた服装だったのに、そんなことはなく、亮介の赤茶の髪の毛が白に良く映える。
私の姿を捉えた彼の瞳にまじまじと見つめられる。 恥ずかしくて擽ったい気がして、手で顔を覆うようにして隠した。
突然腕を掴まれる感触。覆っていた手が剥がされて視界が暗闇からクリアになる。 亮介を見ると化粧崩れるだろーと笑っていた。
「だって、恥ずかしい」 「恥ずかしいって今更じゃ「良い、良い!言わなくて良いから!」
私の都合が悪いときにとことんからかう彼の性癖は健在だ。こんなときまで性が悪い。
穴が開くほどまじまじと見られたら、そりゃ羞恥心でいっぱいになるのは一般的に至極当然なことだと思う。見られることに慣れている亮介には分からないだろうけど。
同世代の選手には整った容姿の人が多いにも関わらず、それに埋もれないのが亮介だ。 プロのサッカー選手でこのルックス、目立たない訳がない。
注目を浴びるのは小学生時代からだった。 そう言っていたと思う。 それ故に見られることには慣れているとも。
そんな彼と私の距離が遠く感じてどうしようもなく焦燥感に駆られることが今まで多々あった。 プロポーズを受けたときは本当に私で良いのかとか一緒にいても良いのかとか悩んだけど、そんな心配はどうやら杞憂だったようで。そんなこと考えんなって言われ、吹っ切れてこうやって一緒になることになった訳だ。
その後は悩んでたのが馬鹿みたいに吹っ飛んでいつも通りだ。あぁ、私ってば単純。
「大丈夫だって。超可愛いから。綺麗、綺麗」 「なにそれ、めっちゃ軽いんだけど」
いつもと同じ軽い物言い。 それ故に良くいい加減だとか思われて反感を買うことも多い亮介。 しかし本音をまるで冗談のように言うのは彼の性分なのだということは、これまで付き合ってきた6年間で学んだことだった。そして私に対するそれは彼の愛情の形だということも。
それでもやはり、
「緊張感ないなぁ…」
私だって今日になるまで全然緊張感なんてものとは無縁だったはずなのに今になってピンと張り詰めたようなそんな気分なのだ。
そうやって笑うと無言でパッと亮介が私の手首を取った。それから、その手は亮介の左胸へスーッと流れるように移動していく。トンと辿り着いたそこは、
ドクン、ドクン、ドクン、
私と同じ速さで早鐘する心臓。 私はあっと声を漏らした。
「俺も一緒だって。W杯の試合の前よりも緊張してんの」
試合をしているときと同じ目をした亮介がぐいっと顔を近付けて覗き込んだ。 焦げ茶の瞳に私の姿が映る。瞳がかち合って引き込まれていく。
しかしすぐに亮介は顔を遠ざけ、背を向けた。振り向き様に絶対幸せにするからと残して。
今日、私は永遠の幸せを掴んだ。前を向けば、ほら。愛しい貴方が手を差し延べていた。ふわり、と春の風で純白が揺れる。遠くからカランカランと祝福の鐘が聴こえた気がした。
ガーデニアさまへ提出しました。 (120213)
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