(繋いだ手は温かくて)
待ちに待った長期休暇。
という訳にもいかない葉蔭サッカー部ではあるが、やはりこのお盆の時期はサッカー部の練習も勿論休みになる。この葉蔭には県外から来て寮に住んでいる者も多い為、長期休暇には実家に帰る者がほとんどだ。
サッカー部の練習があった為に帰郷が遅くなったとはいえ、勿論長野から神奈川へと来ているサッカー部一年の蝦夷巧も例外でなかった。
「飛鳥さんは帰らないんですか?」 「いや、帰る。タクはいつ出るんだ?」 「明日の朝っス」
同じ寮生でサッカー部の先輩である飛鳥(尤も飛鳥は横浜出身であるが)とそんな会話を交わしたのが昨日のこと。
蝦夷は故郷、長野に帰ってきていた。秋になれば赤々と林檎の成る樹が連なる懐かしい景色が眼前に広がった。
(懐かしい…、)
たった五ヶ月、されど五ヶ月。望まれて入った葉蔭。親元を離れ、寮生活をすることは承知の上。 しかし、やはりまだ蝦夷は15歳。寂しく感じることもあるのだろう。
情緒溢れる商店街を抜けようとすれば、見慣れた後ろ姿。
「名前、」
蚊の泣くような小さな声だったように思うが、前を歩く蝦夷の幼なじみである名前には届いていた。振り向いた名前は少し垢抜けたように思える。サラサラと靡く髪は、きちんと手入れされていた。
(うわっ、かっわ…!)
「たくみ、?」
「名前っ」
周りの目など気にすることなどなく、蝦夷は名前に後ろから飛びついて抱き締めた。
「ッ巧!」 「久しぶり!名前!」 「巧、背伸びたねぇ」 「そうかな?」 「うん」
近況、学校とかサッカーとか、を話しながら、歩く。二人、肩を並べて歩くのは久方ぶりである。
「んで、その人が飛鳥さんっていってー」
楽しそうにサッカー部の先輩(主に飛鳥や鬼丸のことである)話す蝦夷を横目に名前は少し悲しげな表情を浮かべた。
「、名前?」
それに気付いたのであろう蝦夷が名前の顔を覗き込む。その瞳に慌てて、名前は首をブンブンッと横に振った。
「なんか、私の知らない人みたい、なんてね」 「あ…、」 「いや、別にそういうんじゃないの。元気でやってるのが分かって嬉しいし!その先輩達にこれからも巧をお願いしますーって言わなきゃね」
「何で、なんで寂しかったとか言わないんだよ!」
痛々しく思える笑顔を浮かべる名前に蝦夷が感情を高ぶらせた。それに名前が声を荒げた。
「寂しいなんか言える訳ないじゃん!」
何が、何で、 そんな想いが蝦夷の中に渦巻いていた。もっと頼ってほしい、もっとオレにいろいろ言ってほしい。
自分の不甲斐なさに拳を爪が食い込む程に握った。
「…オレだって寂しかったよ」 「え、?」
思わず顔を上げると僅かに顔を赤くさせた蝦夷がいた。
「誰一人知ってる奴なんかいなかったし!不安で仕方なかった。会いたかったよ!」 「巧…っ」
ぎゅっと離さないように蝦夷を抱きしめた。
巧、私ね、寂しかったよ。いつも隣にいてくれた巧がいなくなっちゃったから。
昔みたいに手を繋いで帰った。熱い熱い夏。どちらのものかそれが熱さによるものなのかも分からない熱を感じながら。
長野行きたい。 word:a course (120128)
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