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音を立てないように小指をクッションにしてグラスをカウンターテーブルに置く。
今日も何と酒の旨いことか。日中上司にぶちぶちと自分の触れてもいない仕事で因縁を付けられ、お昼御飯のお弁当は鞄の中でひっくり返ってすっかり萎えていた身と心に染み渡る。
目線を上げると黒い靄状のマスターとちょうど目があった。


「どうですか?」


尋ねられた内容に溶けた笑顔で返すと彼もその心境を悟ったように揺らめく。この酒場のマスターは異形種だが、表情を分かりやすいように変えて見せてくれるところが気に入っていた。
そして彼としては感情が伝わるよう表現してみせるくらいには黎を気に入っていた。
黎がこのバーに通い詰めるようになった切っ掛けは単純なものである。『知り合いのヴィランに連れてこられたから』というシンプルでいてさらりと彼女がヴィランに関係する人間であることを表すこの理由だが、その連れてきた相手は既にこの世にいない。縄張り争いで暴れていたところをあっさりぐっさり刺されたと黎は聞いている。
黎自身はヴィランではないのだが身の回りにそれらが集まってくるのは良くあることだった。黎は「この時代、身近に潜むヴィランってのは良く居るんだよね」と楽観的にそんなご近所さんが良く居るなんて嫌だと思うような世間を脳裏に描いているが、案の定それは彼女の人柄故。
決してヒーローがサボっているからではない。


「マスターってば、私の気分を良く分かっていらっしゃる! 私の疲れを癒してくれるのは貴方だけですよ……」

「こらこら、机上で蕩けないで下さい。そのまま寝てしまって悪い人に連れていかれそうになったことをお忘れですか?」

「その節は誠に申し訳御座いませんでした!」


黒霧の遠回しな忠告にその内容よりも彼に迷惑を掛けてしまったことを思い返し、高い椅子から投げ出していた足を思わず揃えて頭を下げる。
酒気とはまた違った頬の熱さは黎の心境を如実に表しているが、酒を飲んで赤くなっていたがために黒霧には伝わらない。
黎は誤魔化すように視線を反らすと唇を尖らせ下手な口笛を吹く。その過程で時計を見つめたところで既にバーが閉店の時間を越えていることに漸く気付いたのであった。


「……重ね重ね申し訳ない!!」

「おや、何の事です? 私は店仕舞いの最中一人は退屈なので話し相手を確保していただけですが」


この気遣いっぷり、正に紳士だ……!
黎の心は再び暖かい火を灯す。


「黒霧さんって絶対モテますよね」


マスター、いや既に営業時間は終わっているので名前で呼ぶとしよう。閉店後にしか呼べない名前をくすぐったく思いつつ、吐き出す言葉には何処か嫉妬の情念が含まれている。
その気持ちを知ってか知らずか、黒霧は黎の真似をするように微笑みで返答した。
尚、これまでの会話の間ずっと彼の手は洗い物をしたりグラスを磨いたりと働きっぱなしだ。
彼が気遣う誰かへの嫉妬心を自覚しているがこれ以上彼に負担を掛けるわけにはいかないので、財布から札を取り出しテーブルに置きながら立ち上がる。


「それじゃ、黒霧さん。またそのうちに」

「ええ、出来れば近いうちに訪ねて頂けると私としても嬉しいのですが……黎さんが来るまで次のおすすめを考えながら待ってますね」


尚も掛けられる優しいかからかっているのか微妙な言葉に目を逸らし、口を尖らせる。
負けっぱなしな自分に呆れ、次に来る日を予定より早めることと手土産を持ってくることを誓いながらバーの重い扉を押せば……


「ああ〜、これだからもう! 惚れてしまいそうだって……」


既に目の前は彼女の玄関前だ。
外の暗闇と同化したワープゲートがあったようだが黎が振り返る頃にはとうに閉じられていたのであった。





彼女の驚く顔を想像しつつ黒霧は光る目を細める。

さて、あの子に自分がヴィランだとどう伝えよう。驚き怯えてしまうのだろうな。
その瞬間が楽しみだが、恐ろしい。

黎がヴィランの知り合い繋がりで此処を知ったことを聞くことになるであろう黒霧。
さて、驚くのはどちらだろうか。










あとがき
リハビリです。
話の流れが今まで以上にしっちゃかめっちゃか…。

180204(執筆)
190428(アップ)

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