▼ 泥
「…というわけだ」
そこは煙の屋敷。
心と能井、煙の三人は一つのテーブルについて話していた。キノコについてだったり今後の仕事だったりと重要なのか重要じゃないのかよくわからない会話を繰り広げる。
能井は関心も持たずひたすら食べ、心は時折仕事の話が混じる故に聞かざるを得ない。煙は能井が無視するのに少しムッとしていたが、諦めもあってか何も言わず延々と語る。
一瞬、豪華な装飾の施された扉の奥に影が動いた気がした。
心は胡乱げに見遣り、何者も居ない事を確認して視線を戻す。そして煙の真後ろに立つそれに対し瞬時に武器を振り上げた。
それは驚きつつ右腕で防御する。心はその事実に動揺しながらも再度金槌を奮う。華麗な足捌きで躱すそれに苛立ち、心は指先を向けた。
魔法だ。
「止せ空!」
「先輩!」
「え、」
煙は魔法を使う心ではなく、空と呼んだ。影の名前だ。
知り合いだったのかと今更気付いてもケムリは止められない。まあ鳥太に解いて貰えるからいいか、と心は考える。
心のケムリが#名前#に届く。
だが魔法は発動しなかった。
「トカゲ野郎と同じ…!?」
動揺する心。
そしてその横を足音を立てず平然と空が通る。
「……」
「空、お前……今あんな事があったのに……」
呆気に取られる能井と心を余所に、煙は溜め息をついた。
そして礼をする空から紙束を受け取る。パラパラとめくり中身を確認したようだ。
「ご苦労だったな。暫くは体を休めておけ」
「……」
煙の言葉に頷くと、空は来たときと同様にするりと姿を消した。
一瞬で荒れてしまった室内を確認して、煙は部屋を変えるよう指示した。
「煙さん。今のはいったい…」
説明を求める心。冷静を装っていたが未だ金槌を持つ辺りに動揺が見受けられる。
そんな心を見て煙が落ち着け、と声をかける。
「お前らと同じ掃除屋の空だ。優秀な部下でな。諜報やら何やらも任せているんだ……裏方に徹する奴だから今まで知らなかったのも無理はない」
「空? オレ、会ったことあるぜ」
煙がその人物について語ると素っ頓狂な声が上がる。能井だ。
心の隣で腕を組んでいたが、それを止めて好戦的な笑みを表し大袈裟に手を振り回す。とても強い人物であり腕が鳴るぜと伝えたかったらしく、心は理解出来たが煙には意味が分からなかった。
心に冷たい嫉妬の目を向けた煙が足元に来たキクラゲを抱き上げる。
「能井とだと? 意外だな…ひたすら隠れていると思っていたが」
「ちょ、知らなかったのは俺だけかよ。てゆーか煙さん、ファミリーの幹部格くらい顔合わせしよーぜ…」
「まあそのうちな」
とりあえず正体を知った事で話題は戻り、空の名前は出なくなった。
心の頭に強烈な印象を残し。
俯き、考え事をしながら歩く心。うーん、うーんと唸りながら歩く彼を、周りは遠巻きに見つめて何を悩んでいるのだろうかとヒソヒソ思案を巡らせる。
不審に思われてる事にも気付かない程に心は目の前を見ていなかったためそこに居た人物にぶつかってしまった。
ぶつかられた人物の視界にも入っていなかったらしく、およ、と間の抜けた声が上がった。能井だった。
心はぶつかった事に対し反射的に悪い、と謝ってまたふらふらと歩きだそうとする、その行動は能井が話し掛けた事で遮られる。
「先輩!…セーンパイ?どうかしたんで?」
「能井…いや、空とかいったっけ。あいつが頭から離れなくてよ」
「あー。確か中身は細っこい女でしたよ」
「そうか…」
先輩どうしてそんな顔をするんですか?
野井はそう聞いてみたくて仕方がなかった。
2012.05/02(22:10)