「嫌、無理ですよ…許してくださいっ」
「大丈夫ですよ、大人しくなさい」

賑やかな街中から少し離れた、薄暗い路地裏。緊迫した空気の男女のやり取りが聞こえてくる。

「大丈夫なわけないですよそんなのっ!酷いですよ、こんな、無理矢理…!」

きゃんきゃんと涙混じりの声で佐隈は叫ぶ。

「五月蝿いですよ。誰のせいでこんな事態になってると思ってるんですか」

若干煽るような口調でベルゼブブは佐隈に詰め寄る。その表情には、いかにも悪魔らしい、厭らしい笑みが浮かんでいた。

「…そ、そんなこと、言われても…」
「ぜーんぶ、さくまさんがいけないんですよ?」
「だから、そんな」
「ほら、こんなに顔を赤くして。とぉーっても可愛らしいですねぇ?」

佐隈のせいであることを余程強調したいのか、皮肉混じりのような口調でベルゼブブは耳元で囁く。佐隈は返す言葉が見付からずにただ狼狽える。

「もう、我慢の限界なんですよ」
「……べ、ベルゼブブ、さん……あの」
「ほら。そのはしたないお口をしっかり拡げてご覧なさい」

佐隈は眼鏡の下にたっぷりと涙を溜めて、ふるふると首を振って拒絶する。

「――仕方ない。自分で出来ないのなら、私が手伝ってさしあげますよ」

そう言ってベルゼブブはそこに指を突っ込んだ。佐隈が必死に抗おうとしても、それも虚しく、強引に形を変え拡げられてしまう。

「…っ、やっ、いや、れすぅ……!」

上手く回らない舌で吐息混じりに必死に抵抗を続ける佐隈。言葉だけでなく体でも、ベルゼブブの両腕を掴んで押し戻そうとはしているが、相手は成人男子の体格。この様子では押し負けるのは時間の問題のように見える。

「大丈夫ですよさくまさん。未知の体験で怖いでしょうが、すぐに慣れますよ。きっと病み付きになりますよ」
「……やっ…らから……そんなの!有り得ませんよっ!」

家事場の馬鹿力というやつか。佐隈はありったけの力を振り絞って、どうにか間一髪、口に突っ込まれていたベルゼブブの手を引っこ抜いて叫んだ。

「そんなモノ口に入れるなんて!食べるだなんて!!絶対嫌ですからぁぁぁ!!!」


――どうしてこんなことになったのか、それは至って単純な理由である。
二人で依頼人の元に向かい、話を聞いていた。はずだった。
全ての問題は依頼人との待ち合わせがバーだったということ。ベルゼブブが席を外した隙に、佐隈は酒を勧められてしまった。そして勿論ぐいぐいと飲んでしまった。その後の展開は言わずもがな。依頼破棄とお高い請求書という結末である。
そんな散々な状態に堪忍袋の緒が切れたベルゼブブの、佐隈へのお仕置き内容が、彼愛用のタッパーの中身を喰わせること。

……要するに、失態の罰としてウ○コ喰うか否かの押し問答中である。

「――ああもう!いい加減腹を括ったらどうです!?」
「いや本当それだけは無理ですって!ごめんなさい許してくださいベルゼブブさんっ」
「五月蝿い!自分の発言と酒量も管理できねぇようなだらしないお口とアタマにゃ、こんぐらいしなきゃ効きゃしねぇんだよっ!」
「だから反省してますから!物凄く!もうしませんから!」
「んな事言って何度バカデカいチョンボかましてると思ってんだよテメェはよぉ!!付き合わされるこっちはもう我慢の限界なんだよ!」

痛いところを突かれ、またしても反撃の言葉を失う佐隈。しかしベルゼブブが隙あらばタッパーを捩込もうと構えているので、それを抑える手の力だけは決して緩めない。

「本当に、ごめんなさい…っ!」
「そう思ってんなら、言葉だけじゃなくキッチリ行動で誠意見せて貰わないとねぇ!?」
「わかってます、けど……っ!それだけは勘弁してください…っ!」

「他の事なら、何でもしますから―――っ!」

ピタリ、と。空気が止まった。必死に攻め寄っていたベルゼブブの腕の力がすっと弱まる。

「……ほう?言いましたね」
「え?」
「では、心優しいこの私が、選択肢を差し上げましょう」
「せんたくし?」
「直接と間接。どちらかお選びなさい」
「…かんせ……えっ、何言ってるですかベルゼブブさん?」
「罰の方法ですよ。直接は解りますね?コレをあなたの口に直に捩込みます」

右手に掴んだ白いタッパーを掲げてベルゼブブは説明する。「だからそれだけは無理だって――」と反論する佐隈の言葉を遮り、もう一方の説明を始めた。

「間接は、普段コレを食している私を通してコレを味わって頂きます」
「……ベルゼブブさんを、通して、ってつまり」
「要するに。直にウ○コ頬張るか、私と口付けを交わすかどちらか選びなさい、と言うことです」

あぁ、後者の場合はあくまで口付けであって口移しではないのでご安心を。と、ベルゼブブは飄々とした態度で付け加える。

「はぁぁっ!?なっ何言ってるんですか!?」
「おや。あなたが余りにもごねるから、情けをかけて譲歩案を出してあげたというのに……ご不満でしたか?」
「不満っていうか、何で譲歩でそんな案に……!?」
「直に口にするのでなくても、それなりの屈辱を与えるにはこれで充分効果的かと思いましてね」
「屈辱っていうか、その、それだと色々と問題が…!」

わたわたと解りやすく動揺する佐隈、酔いで紅潮した顔に更に赤みが増している。私初めてなのに、などと呟きつつ葛藤する様が、ベルゼブブの嗜虐心を煽る。

「ほら、さっさと決断なさい。早くしないと問答無用でタッパー押し付けますよ」
「わっちょ…っ!待ってください!」
「待てませんよ。さ、どちらをご所望ですか?」
「……か、間接で…お願いします……」

もじもじと、俯いて不本意ながらも要求をを伝える佐隈。これだけでもベルゼブブにとっては充分満足だった、はずなのだが。余りにも美味しい状況を前に、ついつい欲が出てしまう。

「……それじゃあ解りませんねぇ」
「は?」
「私に、何をして欲しいのか。ちゃんとあなたの言葉で説明してご覧なさい」
「なっ……!何で!?」
「おや、嫌ならいいんですよ、別に」

それならば―――と言いつつ、ちらりと手元のタッパーを見遣る。

「……っ、……ス……てください…」
「聞こえませんねぇ?もっとハッキリと仰い」

更に羞恥に晒されるのかと。かあぁっと佐隈の顔が真っ赤になる。あれ程赤かった頬があれ以上に赤くなれるのかと思うほどに。ベルゼブブは先程と同様に「嫌ならいいんですよ?」とニヤニヤとタッパーを掲げている。

「……ベルゼブブさんの、悪魔っ」
「えぇそうですね。さて、如何なさるんです?さくまさん」

「……きす、してください。」

搾り出した言葉と耳まで染まった佐隈の顔。ベルゼブブは満足げに、そっとタッパーに蓋をして微笑む。

「――大変、よく言えました。」



 * * *



「こんなこと言うのもあれですが…」
「何です?」
「なんか、意外と変な味とかしませんでしたね……」
「失礼ですね、当然でしょう。食事の後にはちゃんと歯磨きしていますから」
「うーん……いやでもだってあんな……」
「――まぁ、つまりは」

「あなたの気持ち次第、ということですよ」


二重の意味で、ね。

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