今日も今日とて佐隈・ベルゼブブペアで依頼の片付け。
いつもと少し違うのは、今回の仕事の便宜上ベルゼブブが人型であるという点。

普段の姿や振る舞いのために忘れられがちだが、この姿のベルゼブブは自他共に認める美青年である。自らが『某国の王子』と形容していたことも決して大袈裟では無いように思われる程だ。
そのため、ただ街中を歩くだけでも中々に目立つ。すれ違う女性達のきゃいきゃいと囃す声が意図せずともベルゼブブの耳に届いてくる。
しかし、そんな状況に全く気付いてない鈍感女がひとり。

「ベルゼブブさーん、こっちですよー」
「ちょっとベルゼブブさん!」
「どうしました?ベルゼブブさん」

佐隈はいつものノリで、遠慮なく大声でベルゼブブを呼ぶ。
ただでさえ目立っている状況だというのに、こちらの世界では耳慣れない珍しい名前を容赦無くぽんぽん呼びまくるものだから、それが更に人目を引きまくる。

「……あのですね、さくまさん」
「何ですか?ベルゼブブさん」
「いい加減にしてくれませんかね」
「は?何がですか?」
「私達、今非常に目立っているんですよ」
「はぁ…」
「『はぁ…』じゃありませんよ」
「いや、だってそれってベルゼブブさんの見た目が無駄に整ってるせいじゃないんですか?私関係ないですよ」

自分も一因を買っているということに微塵も気付いていない佐隈に、ベルゼブブは呆れの篭った深い溜息を落として思わず声を荒げる。

「だーかーらー、ただでさえそれで目立ってる上で、テメェがそう阿呆みたいにその名前を連呼するからより一層悪目立ちしてるっつってんだよ!」
「はぁぁ!?何ソレ、知りませんよそんなこと!もう、いいじゃないですか目立ったって!」
「ちっともよくねぇよバカ女がっ!これで万が一天使にでも見付かったらどうする気だ!」
「あっ……」

ここまで言われ佐隈はようやく事の重要さに気付く。モロクの件やベルゼブブ消滅未遂事件を思い出しているのだろう、沈んだ顔でしゅんと俯いている。その心底辛そうな表情に、ベルゼブブは感情のままにきつく責め立ててしまったことを若干後悔した。

「……そうですね……迂闊でした、ごめんなさい」
「……いえ、分かって頂ければ良いのですよ。ベルゼブブの名は天使達の間においてもメジャーな存在、この姿と併せて目立つのは危険なのです」
「それじゃあ、外ではあまり名前は呼ばないようにしたほうがいいですよね」
「そうですね……それに越したことはないでしょう」

名前を呼ばれる事自体が嫌な訳ではない、寧ろ呼ばれる事を嬉しく感じていたベルゼブブにとって、その案は喜ばしいものではなかったが止む無く同意する。

「……うーんでもやっぱり名前呼べないのは不便だなぁ……何か代わりの、あだ名とか何か……」

代わりの、何か。
それを聞いてベルゼブブの頭にハッと名案が浮かんだ。予期せぬ好機の訪れに、無意識に口元が緩む。

「ふむ、それでは。この姿の時には、下の名前でお呼びなさい」
「……したの、なまえ?」
「そうです、それなら必要以上に目立つこともないでしょう」

名前で呼ばせるなど、一生そんな機会は有り得ないと思っていた。こんな又と無いチャンス、決して逃すわけにはいかない。必死な思いを悟られないよう、余裕ありげな表情を崩さぬよう提言する。
しかし佐隈は何だか気の進まなさそうな様子で視線を泳がせている。流石に強引だったか、無理があっただろうか、とベルゼブブの胸中に不安が渦巻く。

「……下の名前…ですか……」
「何ですか、嫌なんですか?」
「いえ、そうじゃなくてですね!えっと…その……」

ベルゼブブと目を合わせずに、しどろもどろと言葉を濁し続ける佐隈。嫌でないのなら何が不満なのだろうか、恥ずかしがっているような気配でも無いし……と頭を捻るうちに、ひとつ、あまり考えたくない可能性に思い当たった。

「……まさか、覚えてないだなんて言いませんよね?」
「……というか、下の名前なんてあったんですか…?」
「最初に喚ばれた時にちゃんと自己紹介したでしょうがこのボケ女!」

名前を忘れられていたどころか、あったことすら認知されていなかったとは。予想の斜め上を行く残念な結果に、本日二度目の深い溜息が漏れる。

「……全く。もう一度しか言ってやりませんから、しっかりそのちっぽけな脳に刻み込みなさい」

コホン、と咳払いをして。仕切り直すように、ベルゼブブは二度目の自己紹介を始める。

「私、ベルゼブブ931世ことベルゼブブ優一と申します。以後お見知り置きを」

「…931世、ベルゼブブ優一……。うん、言われてみれば聞いたような気がしますね」
「気がします、じゃありませんよトリ頭が。今度こそちゃんと覚えたでしょうね?」
「覚えましたよ!931世さんでしょ」
「何でそっち取るんですかこのクソバカ女!それじゃあ全然目立たなくなってねぇだろうが寧ろより一層目立つわ!」
「あー、それじゃあ……えっと、優一、さん?」

慣れない呼び方が不安なのか、それとも恥ずかしいのか、怖ず怖ずと正解を探るような様子で佐隈は問い掛ける。自然と上目遣いとなったその構図に、ベルゼブブは図らずも二重に美味しい思いを味わうことができた。

「……うむ、宜しい」
「……うーん、やっぱり何か落ち着きませんよ」
「直ぐに慣れますよ。では、さっさと仕事に戻りましょうか。誰かさんのおかげで予想外に時間を取られましたからね」
「なっ!元はといえば優一さんのせいじゃないですか!?」
「黙らっしゃいこの無神経女が!ほら早くしないとまたアクタベ氏に怒られますよ!」

ぎゃいぎゃいと悪態を吐き合いながら、依頼人の元へと走る二人。『さくまさんが』『優一さんが』と交わされる口論の中、ベルゼブブは、少しでも油断すると表に溢れてしまいそうな感情の高ぶりを必死に内に押さえ込んでいた。


(我が生涯で唯一、天使に感謝しよう。)
(これ程までに素晴らしい口実を与えてくれるとは。)

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